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日本は舐められている――生成AI「Sora 2」のアニメ「ただ乗り」(Weeklyアニメビジネス)

まつもとあつしジャーナリスト・研究者
Sora 2 公式サイトより https://openai.com/index/sora-2/

 9月30日にOpenAIが動画生成AI「Sora 2」を発表すると、その直後からユーザーが生成した動画がSNS上で次々と拡散されました。『ドラゴンボール』などの人気キャラクター同士の格闘シーン、『進撃の巨人』のような立体的なカメラワーク、『千と千尋の神隠し』や『君の名は。』を彷彿とさせる繊細な情景描写など、日本の著名なアニメ作品がほぼそのままの精度で再現されたものもあり、業界内外に衝撃が走っています。

 単にキャラクターデザインが似ているだけではなく、爆発のエフェクト、キャラクターの表情の作り方、緩急のついたアクションの組み立て方といった、アニメーターたちが長年かけて培ってきた「動き」の技術までもが、巧みに模倣されていました。

 多くの人がまず注目したのは、個別のキャラクターが巧妙に再現されている点です。しかし、問題はキャラクターの意匠(デザイン)だけではありません。日本のクリエイターたちが築き上げてきた表現のノウハウ、いわば日本アニメの「遺伝子」そのものが、私たちの知らないところで海外のAIに解析され、利用されようとしていることがあからさまになった、とも言えます。

ディズニーはOpenAIの提案を「蹴って」いた

 Sora 2の発表後、「ディズニーはOpenAIと話してオプトアウトした」といった報道もありましたが、事実は異なっていたようです。10月4日、日本経済新聞の中藤玲記者がX(旧Twitter)で報じた業界関係者への取材によれば、その対応は以下のようなものだったといいます。

 「無許諾での著作物の複製・公開は一切認めない」という大前提を相手に確認させ、OpenAIが設定した「オプトアウトするか否か」という交渉の土俵にすら乗らないという、極めて毅然とした、交渉の初手のお手本のような対応です。

 一方で、日本のアニメスタジオや放送局、配給会社といったコンテンツ権利者に打診があったという情報は筆者の周囲でもいまのところ皆無です。

 その背景には、日本の著作権法がAIの「学習」段階においては、権利者の許諾を不要とするなど、世界的に見ても開発者に有利な環境であることが挙げられます。しかし問題なのは、Sona2がその法的な優位性に基づいて学習を行ったとみられるだけでなく、ユーザー自身にコンテンツを生成・投稿させ一義的な責任を回避しているように見える点です。

 OpenAI側が日本のコンテンツ業界を軽視し、「日本のコンテンツは自由に使っても当面は問題ない」と判断していたと評価せざるを得ず、はっきり言えば「舐められている」状態にあると言えます。

日本アニメの「遺伝子」を守るためには?

 アニメ業界では人手不足も背景に、生成AIの研究や実証がはじまっています。そんな中、Sora2をはじめとした生成AIサービスから、「何を守るべきなのか」いまいちど確認が必要となっています。

 個別のキャラクターだけではなく、守るべきは、日本の「アニメ」が持つ技術の蓄積、すなわち「どう絵を動かせば人の感情が動かせられるのか」という、先人たちの努力の積み重ねによって培われた表現のノウハウ、いわば日本アニメの「遺伝子」だと筆者は考えます。この資産がAIによって無尽蔵に模倣され、価値が毀損されることが大きな問題です。
 ところが、この「遺伝子」を業界全体として守るには大きな壁があります。これがOpenAIが日本のアニメコンテンツの許諾を軽視した一因とも考えられるのですが、日本のアニメ業界の構造上、迅速かつ一致したアクションを取るのに時間が掛かる、という点です。多くのアニメは製作委員会方式で作成されており複数社に権利が分散しています。また、アニメスタジオは「作品は原作あっての賜物」という意識が強く「自分たちの権利を守る」という主張を主体的に発しにくいのも実情です。

 それでも行動は必要になってきます。一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)は公開したパブリックコメントの中で、AI事業者に対してと「オプトアウトの権利(自らの著作物を学習対象から外すように申請し、それが受理された場合には学習済みモデルからの削除を義務付ける権利)が認められるべき」と提言しています。このような具体的な要求を、業界全体の声として発信していくことが不可欠となります。

◆AI時代における知的財産権に関する意見 | NAFCA 一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟 https://nafca.jp/public-comment01/ (2024年11月24日)

 まずは、製作委員会では幹事を務め、海外も含めた広報と販路を担うことが多いメーカーや配給会社が、問題に対して迅速に対応することが求められます。そして、個々の企業の動きと並行し、国としての行動も不可欠です。自民党の塩崎彰久衆院議員は、Sora 2の発表があった翌日の9月26日、「看過できない状況」とし、「日本のクリエイターと知財、コンテンツ産業を守るため、早急に対応します」とX(旧Twitter)で表明しています。政府も業界の声を聞き、文化資産保護の観点からAI事業者との交渉を後押しするような、明確な姿勢を示すことが必要です。

 なお、残念ながら米国政府の仲裁に期待することは困難です。米国土安全保障省(DHS)が、人気ゲーム『ポケットモンスター』の映像やテーマ曲を、米移民関税執行局(ICE)による強制送還の様子を映した動画に無許諾で使用し、権利者である株式会社ポケモンが明確に否定する声明を出す事態となりました。「アメリカファースト」を標榜し、他国の映画に100%の関税を掛けると宣言しながら、自ら無許諾動画を投稿している政府に対して、日本のコンテンツ保護を働きかけるのは極めて困難と言わざるを得ません。

◆ポケモンのアニメ映像で「移民の取り締まり」を宣伝。米国土安全保障省のSNSに批判相次ぐ | ハフポスト WORLD https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_68d363b2e4b0da7d3de279a6 (2025年09月24日)

先例としてのYouTube ― 「訴訟」が有効な交渉カードに

 Sora2の投稿動画が個々のユーザーによって生成・公開されているという点もOpenAIの巧妙さをよく示しています。プラットフォーム側が直接的な法的リスクを回避しつつ、ユーザーを矢面に立たせる「人間の盾」とも言える構造になっているのです。このようにしたたかな巨大ITプラットフォームと、資本力では到底叶わない日本のアニメ業界は、対等な交渉のテーブルに着くことができるのでしょうか?

 先行事例としてはYouTubeが挙げられます。2000年代中頃に登場した当初、YouTubeはアニメを含むあらゆるコンテンツが無断でアップロードされる「無法地帯」であり、権利者にとっては収益を奪う存在でした。この状況を大きく変えたのが、権利者による訴訟アクションです。特に2007年、米メディア大手バイアコムがYouTubeに対し10億ドルの損害賠償を求めた訴訟は象徴的なものです。

◆米Viacom、GoogleとYouTubeに対して10億ドルの損害賠償訴訟 https://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/03/14/15067.html (2007年03月14日)

 法廷闘争は、賠償金を得るだけが目的ではありません。相手を交渉のテーブルに着かせ、新たなルールを構築させるための極めて有効な戦略です。

 厳しい追及に直面したYouTube(および親会社のGoogle)は、巨額の投資を行い権利者が自らの著作物を管理できる「Content ID」というシステムを開発しました。これにより、現在では権利者は無断アップロードされた動画を「ブロックする」だけでなく、「広告を掲載して収益化する」という選択も可能になりました。

 結果として、かつての「無法地帯」は、プラットフォーム、権利者、そして(公式コンテンツを視聴できる)ユーザーのそれぞれにメリットがある、世界最大の収益分配プラットフォームへと変貌しています。Sora 2のような生成AIの場合は、より問題は複雑になりますが、日本のアニメ業界や国も、このYouTubeの事例に学ぶべき点は非常に多いと言えます。

 また既に生成AIを巡っては、音楽や新聞の分野で訴訟が進んでおり、権利者側に有利な判断も生まれています。こういった動きも注目しておく必要があるでしょう。

◆音楽生成AIのSunoとUdioを全米レコード協会が著作権侵害で提訴 - ITmedia NEWS https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2406/25/news101.html (2024年06月25日)

◆読売新聞、生成AIめぐり米企業提訴 記事無断利用は「著作権侵害」:朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/AST871W57T87UTIL00LM.html (2025年8月7日※要登録)

OpenAIの行いは違法性が強く疑われ、リスペクトを欠いている

奇しくも、OpenAIがSora 2を発表した今週、サム・アルトマンCEOは日本を訪れ、日立製作所との提携強化や、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長と生成AIをめぐる協議を行うなど、その動向が華々しく報じられました。

しかし、それらのニュースの裏側で、OpenAIは日本のクリエイターたちが長年かけて築き上げてきた文化資産を無断で学習し、誰でも容易に模倣できるサービスを平然とリリースしていたことになります。オプトアウトの打診すらなく、ユーザーを「人間の盾」として利用するその手法は、著作権法や不正競争防止法に抵触する可能性が強く疑われるだけでなく、何よりも日本のアニメと、それを支えるクリエイターたちへのリスペクトを著しく欠いています。批判を受けアルトマン氏は「個人BLOG」に著作権への配慮を行うことを表明し一部フィルタリングも開始されましたが、「著作権所有者もキャラクター使ってファンが楽しむのを歓迎している(We’ve heard from a lot of rightsholders who are very excited for this new kind of “interactive fan fiction” and believe it will bring them a lot of value.)」といった旨も記されており、問題を十分に認識しているか不透明です。また本稿執筆時点でOpenAIとしての表明は行われていません。一連の問題の経緯や対応からも巨大AI企業との向き合い方を今一度見直すべきタイミングになっていると感じます。

◆OpenAIのアルトマンCEO、渦中の動画生成AI「Sora」の改善方針を明かす 日本のコンテンツにも言及 - ITmedia AI+ https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2510/04/news033.html (2025年10月04日)

今週の注目ニュース(2025/9/29~2025/10/05)

今週のアニメビジネス関連の主要な動きやコラムなどを紹介します。

◆U-NEXT HD、動画配信の伸びに注目 最高値更新なるか - 日経ヴェリタス https://www.nikkei.com/prime/veritas/article/DGXZQOUC02AK90S5A900C2000000 (2025年10月4日※要登録)

→アニメ視聴ではAmazon Prime Videoと並ぶ2頭体制になりつつあります。Netflixの調達規模縮小の一方、U-NEXTとの競争を意識してか、Amazonの投資が旺盛になっているようにも見受けられます。

◆北欧の若者を魅了する日本のポップカルチャー、その受容の形から見えてくる「ポリローカリゼーション」|icn-crrd(文化資源研究開発☆地域間ネットワーク) https://note.com/icn_crrd/n/n0b22e3580cab (2025年10月4日※要登録)

→筆者が所属する研究団体からのリポート。「日本には行ったことがないし、行く必要も感じない。なぜなら、アニメはもうここで自分たちの文化になっているから」という北欧の若者のコメントも紹介されており、日本のポップカルチャーの現地化が進んでいることが窺えます。

◆AI俳優にハリウッドの労組が反発、人間の芸術性脅かすと批判 - Bloomberg https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-10-01/T3FHM9GOYMTC00 (2025年10月1日)

→今回のコラムとあわせて読んでいただきたい内容。実在の俳優のAIへの置き換えには既にハリウッドで大きな反発が起っています。アニメキャラクターやその表現のノウハウをどう守るのか、というテーマとも通じるものがあります。

◆推し活にも節約の波 チケットやグッズ高額に「ついていけない」 - 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB0965W0Z00C25A9000000/ (2025年10月1日※要登録)

→学生を見ていても物価高も重なって国内消費の喚起は限界を迎えつつあると感じます。

◆『サイレントヒルf』、発売翌日に全世界累計出荷本数100万本を突破。『サイレントヒル2』よりも早いペースでの達成 | ゲーム・エンタメ最新情報のファミ通.com https://www.famitsu.com/article/202509/54021 (2025年09月29日)

→アニメではありませんが、日本の地方が舞台、女子高生が主人公とローカルな世界観がそのまま世界に受け入れられていることを象徴するニュース。シナリオを『ひぐらしのなく頃に』で知られる竜騎士07氏が務めていることも注目です。

◆アニメ・マンガ ― 物語がブランドを越境させる https://www.advertimes.com/20250929/article515798/ (2025年9月29日)

→コンテンツツーリズム学会会長も務める増淵氏による連載コラム。「受け手に委ねるストーリーテリング」「共創文化」といったキーワードも登場します。

ジャーナリスト・研究者

専修大学文学部ジャーナリズム学科特任教授。IT系スタートアップ・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て現職。実務経験を活かしながら、IT・アニメなどのトレンドや社会・経済との関係をビジネスの視点から解き明かす。ITmediaにて「アニメのミライ」連載中。デジタルコンテンツ関連の著書多数。デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士(プロデューサーコース)・東京大学大学院情報学環社会情報学修士 http://atsushi-matsumoto.jp/

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