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厚労省も異例の改善要請! 個別指導塾はブラックバイト業界か

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

「就活でもシフト変更禁止」「辞めたら損害賠償請求」

6月4日、個別指導塾で働いている学生と、学生アルバイトの労働相談を受け付けるブラックバイトユニオンのスタッフにより「個別指導塾ユニオン」が発足された。発足当日、個別指導塾業界の最大手「明光義塾」を運営する明光ネットワークジャパンなど3社にたいして団体交渉の申し入れを行っている。

個別指導塾ユニオン

ブラックバイトというと、居酒屋やファストフード、コンビニエンスストアなどを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかしブラックバイトユニオンが2014年8月の発足から2015年6月までに受けてきた約350件の相談中、約3割が塾や家庭教師などの教育産業であり、そのほとんどが個別指導塾であるという。

個別指導塾とは、一人の講師が広い教室で数十人の生徒に講義をするような集団指導型と異なり、一人の講師が1〜3人程度の生徒にプリントなどを解かせ、一人一人に向き合って教えるタイプの塾である。代表的な個別指導塾には、今回申し入れが行われた「明光義塾」をはじめ、「東京個別指導学院」「TOMAS」「スクールIE」などがあるが、集団指導型を展開してきた大手が参入した「栄光ビザビ」、「早稲田アカデミー個別進学館」「個別指導MYSTA」、「城南コベッツ」、家庭教師業界から参入した「個別教室のトライ」「トライプラス」など、この20年ほどで新規参入が相次ぎ、急成長を続けてきた。2013年度では学習塾市場9360億円のうち44%にあたる4130億円(矢野経済研究所「教育産業白書」より)を占めている。

ではいったい、個別指導塾で何が起きているのだろうか。個別指導塾ユニオンが団体交渉を申し入れた塾の一つは、首都圏で50教室を展開する「代々木個別指導学院」(株式会社日本教育協会)だ。まずはこの塾で学生講師アルバイトたちが結ばされていた契約書と、勤務規定に記されていた文面を紹介しよう。

「年度末に至らずに自己の都合により退職する場合は、少なくとも30日前までに退職届を提出し、後任者が決定するまでは責任を持って勤務しなければ、甲は乙に対する損害賠償の請求権ほか法的措置をとるものとする」(契約書)

「期間内での勤務曜日・回数の変更は認められない。就職活動などによる変更も例外ではない」(勤務規定)

「季節講習会、特別授業の出勤に協力的でない場合、出勤日を削減するか、解雇することがある」(勤務規定)

代わりの講師が見つからないうちに辞めると、損害賠償を請求する。曜日のシフトを一旦決めたら、半年間は就活があろうとも変更することはできない。通常授業以外に行われる夏期講習・冬期講習・春期講習などに積極的に参加しないと、通常のシフトを減らすか解雇する。

いずれも法的には無効となる内容だが、法律の知識のない学生たちを萎縮させて、職場に拘束するには「効果的」だといえる。この個別指導塾で、これらの書類に縛られた学生たちが大学よりも、アルバイトを優先する実態が起きているだろうことは、想像に難くない。これはまさに、学業に支障をきたすブラックバイトの一種である。だが、塾ブラックバイトの本当の恐ろしさは、「自発的に辞められなくなる」ことにある。

生徒が「人質」で辞められない

個別指導塾ユニオンは、「明光義塾」を展開する株式会社明光ネットワークジャパンと、そのフランチャイズで「明光義塾」を50教室経営する株式会社ワールドオーエーにも団体交渉の申し入れを行っている。

今回問題となった「明光義塾」の教室で働いている学生のAさんは以前、教室長に辞めたいという意思を伝えたところ、判断を一カ月以上保留された末に、人手不足を理由にバイトに残るように諭されたという。実際、彼が担当している生徒は塾に残っていたため、もし自分がいなくなってしまえば、面倒を見る講師がいなくなってしまう。

「責任感」から残ることを決めた彼は、自分の環境を「生徒を人質にとられているような感じ」だったと表現している(Aさんたちは、現在は辞めるのではなく、働きながら改善を求めることを選び、団体交渉申し入れを行っている)。

個別指導塾ユニオンの母体となっているブラックバイトユニオンには、飲食・小売などのアルバイトで「責任感」を煽られて辞められないというケースが、多く寄せられている。学生アルバイトの多いサービス産業では、人手不足を常態化させたまま、低賃金の学生アルバイト一人一人に過剰に依存して運営が成り立っている。

店舗のカギの開け閉め、金銭管理、品物の発注の管理まで行う学生も珍しくはない。職場から呼び出しがあれば、授業やゼミの間でも抜け出して対応する。語学や理系の実験の授業でさえ、「仕事」を優先せざるを得なくなることもある。それだけ、職場から戦力として求められれているのだ。

もちろん、彼ら自身、職場に実際に必要とされることで、「やりがい」を感じているのだが、責任があまりに過剰になることで、学生生活との齟齬をきたしてしまう場合もある。個別指導に関して言えば、学生生活と両立しながら、生徒指導に全面的な責任を負うことには無理もある。あくまでも社員のサポートとしての位置づけが限度であろう。

しかも、個別指導塾では次に見る違法な低賃金が蔓延している。責任は重いばかりで給料が低いことも「ブラックバイト」が問題になる背景である。

厚労省も異例の改善要請! 業界問題としての違法「コマ給」

少なくない個別指導塾で共通しているのが、違法な「コマ給」の問題だ。

Aさんが疑問を覚えたのは、授業時間(90分)以外に賃金が支払われていないことだった。授業前の準備の業務に約20分かかり、授業後にも生徒の見送り・報告書の記入・報告書を講師どうしで交換してミスをチェックする業務があるのだが、それに60分以上かかることもあるという。1時間半も毎日ただ働きをしており、その時間も含めた実際の賃金は最低賃金を切っていた。こうした最低賃金違反や1日あたり1700円にも及ぶこともある賃金未払いに納得いかなかったことが、彼がユニオンに参加するきっかけの一つだったということだ。

こうした問題を深刻視した厚生労働省が、学習塾業界に適正に賃金を支払うよう異例の要請をしていたことが6月7日の朝日新聞で報道されている。厚労省は2015年3月末、労働基準法や最低賃金法の違反事例も目立ち、塾業界で不適切な労務管理が広まっている可能性があるとして、労働基準局長からの改善の要請文を、全国学習塾協会や私塾協同組合連合会など関係7団体にに送っていた。

朝日新聞

この背景には、今年2月にブラックバイトユニオンが厚労省労働基準局監督課に個別指導塾バイトの実態を伝え、改善を求めたといういきさつがある。

とくに個別指導塾では、集団指導型の塾に比べても、こうした違法性が非常に分かりやすい。準備も報告も教室内の仕事であるため、労働時間が明らかだからだ。この違法な「コマ給」が、多くの個別指導塾で蔓延する「業界問題」であることを厚労省も問題視しているわけだ。

生徒たちの教育にも悪影響

今回、個別指導塾ユニオンを発足させた学生たちが団体交渉に踏み切った理由は、自分自身のためだけではないという。申し入れをした組合員の学生の一人が危機感を募らせたのは、自分が教えた塾の生徒の「この塾で働きたい」という言葉だった。自分も生徒を一生懸命教えたので、塾を好きになってくれたのは嬉しかったが、違法がまかり通る教室で生徒たちを働かせたくないという思いから、改善に向けた思いを強くしていたというのだ。

また、準備や報告などの時間は、個別指導塾において生徒たちを教えるのに必要な時間だ。それが軽視されるのではなく、ちゃんと賃金が払われることによって、安心して働くことができる。コマ給を改善することで、授業以外の時間の労働も、意味のある仕事として認めてほしいと語っている。

また、ある大手個別指導塾では、一人の講師で教えるのは3人までと宣伝しておきながら、一度に生徒を多く詰め込んで授業料を稼ぐため、90分間に6人の生徒を一度に教えさせている実態などもあるという。もちろん講師アルバイトたちのコマ給の額は変わらず、負担が増え、教育内容にも無理が出る。個別指導塾ユニオンは消費者問題としても、塾講師の労働問題に取り組んでいく予定だ。

6/7(日)に「塾ブラックバイト無料相談」実施

個別指導塾ユニオンでは、以下の日程で塾・教育業界からの労働相談を受けるための無料ホットラインを実施する。相談料・通話料無料だ。

【日時】6月7日(日)の20〜24時

【電話番号】0120-222-737(相談料・通話料無料)

また、上記のホットライン以外にも、個別指導塾ユニオンでは日常的に労働相談を受け付けている。

なお相談は学生に限らず、教室長の正社員、アルバイトの両親などからも受け付けているということだ。

【電話番号】03−6804ー7245

【メール】[email protected]

【twitter】@kobetsu_union

(相談料無料)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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