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米軍に「国境なき医師団」病院が狙い撃ち誤爆されたワケ?

木村正人在英国際ジャーナリスト
米軍の誤爆で炎上する国境なき医師団の病院(MSF提供)

「ぞっとする悲劇」

反政府勢力タリバンとの戦闘が激化しているアフガニスタン北部クンドゥズ州で10月3日未明、政府軍を支援する米軍の空爆によって国際的緊急医療団体「国境なき医師団(MSF)」のスタッフ12人、子供3人を含む患者7人の計19人が少なくとも死亡し、37人が負傷した。

米軍のドローン攻撃で破壊された国境なき医師団の病院(MSF提供)
米軍のドローン攻撃で破壊された国境なき医師団の病院(MSF提供)

タリバンは昨年8月からクンドゥズ州で攻勢を強め、先月28日、同州の州都を制圧。タリバンが州都を制圧するのはアフガン戦争が始まった2001年以来初めてのことだ。危機感を強めた米軍がタリバン掃討作戦を支援していた。

アフガン駐留米軍は声明で「アフガン軍に脅威を与える複数の個人をターゲットに空爆は行われた。近くにある医療施設に巻き添え被害を与えた可能性がある」と誤爆を認めた。医療施設や医療従事者への攻撃は国際人道法で禁じられている。

国連アフガン特別代表や赤十字国際委員会は「ぞっとする悲劇だ。医療従事者や医療施設への攻撃は、アフガンの人々を支援する人道組織の能力を損なうものだ」「人道に対する破壊だ。国際人道法に違反している」と空爆を激しく非難した。

炎上する国境なき医師団の病院(MSF提供)
炎上する国境なき医師団の病院(MSF提供)

国境なき医師団によると、死傷したスタッフは計31人。アフガン現地時間の3日午前2時8分から同3時15分にかけ、クンドゥズ州にある国境なき医師団の外傷病院が約15分間隔で空爆を受けた。病院の主要ビルのほか、集中治療室、救急処置室、物理療法病棟の入った建物が繰り返し、正確に爆撃された。

同

アフガン政府や米政府に対し、国境なき医師団が「病院が空爆されている」と連絡した後も、30分以上、爆撃は続けられた。

「上空で航空機が旋回」

病院の周囲にある建物はほとんど無傷で、米軍が病院に狙いを定めて空爆が行われたことをうかがわせる。国境なき医師団のアフガン北部地域責任者は空爆の状況をこう振り返る。

「空爆が行われたとき、航空機が上空で旋回している音が聞こえた。間を置いてから、その後、空爆は激しくなった。それが何度も何度も繰り返された」

爆撃を受けた後、建物の中に残る国境なき医師団のスタッフ(MSF提供)
爆撃を受けた後、建物の中に残る国境なき医師団のスタッフ(MSF提供)

「事務所から逃げ出したとき、病院の主要ビルが炎に飲み込まれていた。患者やスタッフは素早く2つの防空壕に逃れることができた可能性があるが、患者はベッドで寝ており、逃げることができずに焼死した」

爆撃後、負傷者に手術を施す国境なき医師団のスタッフ(MSF提供)
爆撃後、負傷者に手術を施す国境なき医師団のスタッフ(MSF提供)

空爆後、スタッフは負傷した患者や同僚を必死で助けだした。ダメージを受けなかった部屋に間に合わせの手術室を設けて治療を施し、重体の患者は車で2時間ほどの病院に移送された。

国境なき医師団ベルギー支部のメイニー・ニコライ会長は怒りを抑えきれないように言う。「私たちは、多くのスタッフや患者の命を奪った今回の事件を単なる『付帯的損害』として片付けられてしまうことを許しません」

「同僚や患者の死に加え、この空爆はクンドゥズ州の人たちが今、最も必要な緊急の外傷治療を受けるアクセスを破壊するものです。もう一度、要求します。紛争のあらゆる当事者は国際人道法に基づき、市民と医療施設、医療従事者に敬意を払いなさい」

事前にGPS情報を通知

国境なき医師団は誤爆を避けるため、常にすべての紛争当事者に医療施設の正確な位置を通知している。今回の事件でも先月29日にはすでに、外傷病院など関係施設について全地球測位システム(GPS)の位置情報を駐アフガン国際部隊や政府軍に知らせていた。

国境なき医師団は駐アフガン国際部隊に説明を求めるとともに、誤爆に対する独立調査を要求している。

戦闘が本格化した先月28日以降、国境なき医師団は外傷を負った計394人を治療した。空爆を受けた際、クンドゥズ州の外傷病院には患者105人と付き添いの家族がおり、80人以上の国境なき医師団の国際スタッフが働いていた。

国境なき医師団がアフガンで活動を始めたのは1980年。2011年8月にクンドゥズ州の外傷病院を開設した。この病院だけでも、400人のアフガン人スタッフと10人の国際スタッフが勤務している。

この外傷病院はアフガン北東部にある、戦闘やそれに巻き込まれて負傷した人たちの唯一の治療施設だ。昨年、2万2千人の患者が治療を受け、5900件の手術が行われた。女性や子供などの一般市民だけでなく、病院のドアの前で武器を置きさえすれば、民族や宗教、政治的志向には関係なく、無料で治療を行っている。

先月28日から戦闘が激化

国境なき医師団のアフガン代表は先月28日以降のクンドゥズ州の状況についてこう語っていた。

「市街地で激しい戦闘が起きたあと、クンドゥズ州のスタッフは数十人の負傷者を手当しています。早朝から102人の負傷者を収容しており、もう手一杯です。うち36人が頭や腹を負傷しており、重体です。外科医は銃撃された患者をノンストップで治療しています。ベッドを増設して前例のない状況に対応しています。2日間で171人を治療しましたが、うち46人が子供でした」

クンドゥズ州の外傷病院を率いる医師は「月曜日(28日)の朝、叫び声や砲撃の音が増える中、クンドゥズ州の病院に来た。昼までに私たちの病院は最前線になった。砲撃やロケット、飛行機の音が聞こえる。銃弾が病院の中に飛び込んでくる。集中治療室の屋根を突き抜けてくる銃弾もある。それでも普段通り、治療を継続した」とブログに綴っている。

外傷病院では92床のベッドを150床に増やした。事務所や試験室の床にマットレスが敷かれ、患者で埋め尽くされた。28、29日の2日間で90件の外科手術が施された。スタッフは不眠不休で働いた。医療品が底をつき、首都カブールからトラックや空路で運ばれた。

出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:グーグルマイマップで筆者作成

タリバンは昨年8月から、クンドゥズ州の村落や地元警察の出先機関を攻撃するようになり、今年4月に初めて同州の市街地を攻撃、先月28日に同州の中心部を制圧した。北大西洋条約機構(NATO)特殊部隊と米軍による空爆の支援を受けた政府軍が民家を虱潰しに調べてタリバンをクンドゥズ州から一掃する作戦を展開していた。

なぜ誤爆されたのか

国境なき医師団はすべての紛争当事者にGPSの位置情報を通知していたのに、なぜ米軍に誤爆されたのか。

無人航空機(ドローン)の場合、米本土から遠隔操作されるため、米軍の人的被害はまったく発生しない。上空にとどまりながら、地上の電波を収集する中継基地局や望遠カメラを通じて攻撃目標を確認できるため、巻き添え被害を最小限に抑えられると、米国はドローン使用の正当性を強調してきた。

しかし、米軍のドローン攻撃は第1撃で負傷した人たちを助けようと集まった人たちに第2撃を加える非情な例もあった。ドローンや軍用機による誤爆の実態は英国の調査報道団体「ビューロー・オブ・インベスティゲイティブ・ジャーナリズム」によって暴かれている。

「ビューロー・オブ・インベスティゲイティブ・ジャーナリズム」の若手記者たちは地元メディアの報道を手掛かりに現場で活動する人権団体や弁護士に片っ端から裏を取った。発生日時、場所、攻撃対象、死傷者の名前、性別、年齢、部族、そして何が起きたのかを丹念に記録し、データベースを作った。

その結果、パキスタンでは2004~15年の間、米中央情報局(CIA)のドローンなどの攻撃を421回も受け、2476~3989人が死亡。このうち一般市民423~965人、子供172~207人が巻き添えで亡くなっていることが分かった。

イエメンでは02年~15年にかけ、203~296回の攻撃が行われ、986~1580人が死亡、うち一般市民159~261人、子供40~46人が巻き添えで死亡。ソマリアでは07~15年、23~30件の攻撃で、65~249人が死亡、うち一般市民7~52人、子供0~2人の巻き添え被害が出たとみられている。

アフガンでは15年だけで115回の攻撃が行われていた。667~940人が死亡。このうち巻き添え被害は一般市民14~75人、子供が0~20人にのぼっている。

空爆に活用されるシギント

米国家安全保障局(NSA)の市民監視プログラムを暴いたスノーデン・ファイルを真っ先に報じたグレン・グリーンウォルド記者は、インターネット・オークションのeBay創業者に2億5千万ドルを出資してもらって、14年2月、ニュースサイト「ザ//インターセプト」を立ち上げ、渾身のスクープを放つ。

グリーンウォルドらはドローンなどの攻撃を担当する米統合特殊作戦軍(JSOC)の内部告発者の証言を得て、NSAのシギントが空爆にフル活用されている実態を詳らかに報じた。

09年以降、NSAのメタデータ・コレクションを使ったドローン攻撃が急増。携帯電話や利用者を識別するSIMカードのデータから標的のイスラム過激派を発見すると、ドローンに搭載された中継基地局を通じて盗聴し、音声を確認したあと、ミサイルを発射していた。

空爆を実行する地域の大半は、タリバンなどイスラム過激派が支配する。地上で活動する工作員や部隊が得た情報(ヒューミント)は期待できない。

米国家安全保障会議(NSC)の報道官は「一つの情報だけで作戦は実行しない」と説明するが、シギントの情報が2つクロスすれば、空爆を実行していたのが実情だ。

イスラム過激派は携帯電話やSIMカードを仲間同士で入れ替えたり、中には複数のメンバーが集ってSIMカードを袋に入れてかき混ぜ、無作為に取り出したりする「シギント対策」を講じていた。こうした攪乱作戦が市民の巻き添え被害を拡大させていた。

対地専用攻撃機AC-130(米空軍HP)
対地専用攻撃機AC-130(米空軍HP)

米紙ニューヨーク・タイムズによると、今回の誤爆事件では、4基のプロペラを備えた対地専用攻撃機AC-130 が地上部隊の支援で空爆を行った可能性があるとの情報もあるが、まだ詳細は分からない。タリバンの攻撃を受けた地上部隊からの情報で国境なき医師団の外傷病院がタリバンの拠点とみなされ、集中的に攻撃された可能性もある。

いずれにせよ、タリバンの掃討作戦が優先され、国境なき医師団の位置情報はなおざりにされたのは間違いない。

国境なき医師団

中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体。フランス赤十字社の対外救護活動に参加した青年医師たちによって1971年に設立された。92年には日本事務局も発足。紛争や自然災害の被害者や、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人々に緊急医療を提供している。99年にノーベル平和賞受賞。昨年は3万8千人以上の海外派遣スタッフ・現地スタッフが約60の国と地域で活動した。日本も87人を派遣した。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。[email protected]

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