【PC遠隔操作事件】犯行に使われたのは誰のPCなのか?
「確かに、犯行に被告人(=片山祐輔氏)のパソコンが使用された証拠はない。検察官もそういう主張はしていない」
9月24日に行われた公判前整理手続の中で、東京地検の平光公判部副部長がそのように明言した、と片山氏の弁護団が明らかにした。
起訴されたほとんどのケースで、片山氏は犯行時刻に東京都港区南青山の派遣先会社にいたことが確認されている。なので、片山氏が犯人であるとするなら、犯行場所は派遣会社の住所に限定されるはずだ。ところが起訴事実では、遠隔操作の指令を掲示板に書き込んだのは「東京都内又はその周辺」とあり、場所が特定されていない。
そのことを弁護側が追及したところ、平光副部長は、片山PCには犯人のメールに使われた用語の検索履歴や関連サイトの閲覧履歴はあるが、そのPCを犯行に使ったという証拠はないことを認めた、という。
ウイルスの痕跡や様々な履歴が残っているのに、そのPCから書き込みをした跡だけが皆無、というのは、いささか不自然ではないのか。となると、犯行に使われたのは、片山氏以外のPCということにならないか。それは、誰のPCなのか…。
こんな風に新たな疑問が次々に湧いてくる。
問題の行為は「いつ」「どこで」行われたのか
誰が(who)、いつ(when)、どこで(where)、なぜ(why)、何を(what)、どのように(how)したのかーー文章を書く時の基本要素である5W1Hは、裁判などで事件の真相を明らかにする際にも、大事な基本情報であろう。
この事件ではっきりしているのは、いつ(when)、何(what)が起きたか、という点だけ。すなわち、書き込みがなされた時期と書き込み内容は、客観証拠による裏付けがある。しかし、犯行場所(where)は分からず、犯行の態様(how)も、遠隔操作をしたことは分かっていても、それをどのパソコンを使って行ったのかが、全く明らかにされないまま、検察官は有罪立証を進めることになる。
事件と片山氏を直接結びつける証拠はなく、検察は間接事実を積み重ねることで有罪を立証する、としているが、争点によっては、行為の時期(when)すら明確にできていない。
たとえば、雲取山山頂にウィルスのソースコードなどを入れたUSBメモリを埋めた時期についても、検察側は昨年の「12月1日頃」と日付を曖昧にしている。片山氏は12月1日に雲取山に登ったことは早くから認めていた。この時山頂には複数の登山客がいたが、片山氏が何かを埋める様子を目撃した証言などはなく、この時に彼が埋めた証拠は示されていない。
弁護側によれば、この点について、平光副部長は「被告人が埋めた人物でないとしても、情を知らない第三者が埋めた可能性がある」と述べたという。
そうすると、この行為については誰(who)すら曖昧なのかということになる。
しかも、何の事情も知らないまま、片山氏からUSBメモリを山の頂上に埋めるという奇妙な行為を頼まれた人がいて、これだけ事件が報じられている中、誰にも言わずに黙って身を隠している、ということが、果たしてありうるのだろうか。仮にあるとすれば、それを証明する責任は、検察側にある。
公判前整理手続が進むほどに、新たな疑問が湧いてきて、事件の真相はむしろ混沌としてきた感がある。
片山PCが遠隔操作された可能性は?
また、この日の公判前整理手続では、片山氏が自らの主張を書いた自筆の書面を読み上げた。書面では、無実を繰り返し訴え、保釈を求めている。この中で、自分が使った複数のパソコンから何らかの「痕跡」が出ていることについて、USBメモリに入れていたポータブルアプリケーションが原因ではないか、と述べ、次のように書いている(全文は、本稿の最後に掲載)。
〈それら、よく使っていたポータブルアプリケーションの中のどれかがウイルス感染していたとしたら、複数のPCが感染してしまった可能性が高いです。iesysそのものなのか、もっと別のウイルスなのかは分かりませんが、遠隔操作および画面監視を受けていたのだと思います〉
弁護人は、この「遠隔操作」について、こう説明している。
「犯人が片山さんのPCを使って他の人のPCを操作する『二重の遠隔操作』という意味ではなく、本件の犯人は自分のPCで掲示板に書き込み、片山さんを犯人にするために、片山さんのPCを覗き、閲覧履歴やウイルスの痕跡などを残した、ということだ。だからこそ、片山さんのPCから書き込みがなされたという証拠がないのだ」
片山氏宅からは、10個以上のUSBメモリが押収されている、という。その解析結果は、未だ弁護人に開示されていない。弁護側は、今後、これらの証拠開示を求めていくことにしている。
2chの書き込みを検察は「知らなかった」
前回の公判前整理手続で、ドコモショップに対する犯行予告メール事件に関し、弁護側は、片山氏と同店との間でトラブルは、片山氏本人がその当日に2chにグチを書き込んでいたことを明らかにした。検察側は、このトラブルが犯行の動機であり、これをきっかけに足が付くのをおそれて「犯行声明メール」では伏せて隠していた、と見ている。しかし、片山氏本人が事実を公表しており、トラブルを隠していないのに、と弁護側は反論している。
この弁護側が指摘した2chの書き込みについて、検察側は24日の公判前整理手続で、「検察としては、書き込みの存在を知らなかった」と述べた、という。
「これを片山さんの書き込みと認めるか」との弁護側の問いには、検察側は「現段階では何も言えない」と言うにとどめた。
弁護側は、「警視庁のサイバー犯罪対策課という、この道のプロが捜査をしていたのに、トラブル当日になされた2chの書き込みを知らないなんて考えられない。知っていてそれを警視庁が検察に送っていないとしたら、とんでもないことだ。今月末に出される検察側の主張では、事情を明らかにしてもらいたい」と注文をつけた。
公判前整理手続は10月、11月にも行われ、12月20日には裁判の期日を指定したいという意向が、裁判所から示された、とのこと。この通りに進めば、来春には初公判が行われることが予想される。
【片山氏の意見書全文】
この機会に、私の現在の率直な心境を、裁判官・検察官の方に聞いていただきたいです。私が2月10日に自宅から拉致され、監禁され続ける生活が、すでに227日目になります。家族と会うこともできません。私は絶対、犯罪になど関わっていません。227日。無実の人間を拘束することを許せる日数ではありません。この失った時間を誰が返してくれるのでしょうか?
東京拘置所での毎日の暮らしは、「生活」とは言えません。1日の大半を部屋に閉じこめられ、ただ待たされているだけの毎日です。1ヶ月にたった1回のこの公判前整理手続も、あまり進展しているように思えません。1ヶ月、また次の1ヶ月、出口の見えないトンネルの中で前進すらしていない、そんな気分です。毎日が無為に過ぎていくこと、苦痛というより痛みそのものです。拷問と同じです。
健康上、必要な診察も、東京拘置所では満足に受けられません。歯科は申し込んで2ヶ月待たされました。また、私は斜視が進行中のため、半年に一度眼科で検査を受け、矯正用のプリズム入りメガネを処方してもらわないといけないのですが、東京拘置所の眼科では、そういった特別な検査はできないと言われました。
一体いつ「日常」に帰ることができるのか。父が死んでから4年、母と2人で生活してきました。その平穏な生活がこのような形で破壊されるなど想像もしていませんでした。現在私がいる立ち位置から見れば、これまでの平凡で平穏な生活が何より貴重で幸せなものだったのだと感じています。母は私の無実を信じてくれていて、帰りを待ってくれています。母のためにも、1日でも1秒でも早く帰りたい、帰らないといけないと、いつも強く思っています。
人生という観点から見ても、私は現在31才です。30代という時期、将来のために、キャリアを積み重ねなくてはなりません。その貴重な時間を、なぜ自分はこんなところで浪費させられているのか?という焦りでいっぱいです。
本当に、監禁された毎日が、ガマンできないレベルに達しています。
この裁判の争点は、「犯人性」の部分だということは、理解しています。雲取山や江ノ島に関する矛盾については、弁護人が主張してくれているとおりなので、ここでは触れません。私の使用したPCに、断片的ながらも何らかの痕跡があるとされていることについて、私から補足的にコメントしたいです。
まず、検察の証明予定事実には、全く覚えのない検索履歴や、ダウンロード・起動した覚えのないソフトウェアの記録について言及されています。それが1ヶ所1台のみのPCからではなく、私の職場、自宅から出ていて、またネットカフェからの通信記録もあるとのこと。片山が触ったPC複数がそう都合よく同じ犯人に利用されるわけがない、だから片山が犯人だ、というニュアンスが、検察主張からは読み取れます。
これについて、ひとつ心当たりがあります。私は、USBメモリによく使うポータブルアプリケーションをいくつも入れて持ち歩いていました。ポータブルアプリケーションとは、PCにインストールすることなく、USBメモリから起動できるソフトです。Webブラウザやメールソフト、圧縮解凍ソフト等です。自宅では複数のPCを使っていて、またネットカフェ等で使う際も、各ソフトの環境設定をそのまま使い回せるので重宝していました。職場ではUSBメモリの使用が禁止されているので、USBメモリの中身と同一のコピーを、オンラインストレージを利用するなどして職場PCに転送し、同様に使っていました。それら、よく使っていたポータブルアプリケーションの中のどれかがウイルス感染していたとしたら、複数のPCが感染してしまった可能性が高いです。iesysそのものなのか、もっと別のウイルスなのかは分かりませんが、遠隔操作および画面監視を受けていたのだと思います。私が雲取山や江ノ島に行こうとしていた、また行ったことを、犯人は把握できていたと思います。
私は無実です。無実である以上、証拠には、現時点で弁護人が指的〈ママ〉してくれている部分以外にも、多数の矛盾が隠れているはずです。私は自分自身でそれら大量の証拠に全部目を通し、矛盾点を指的していきたいです。しかし囚われの身である現在、それは困難です。限られた面会時間に、フォークリフトでも無いと運べない量の証拠書類を全て打ち合わせすることは不可能に近いです。
保釈が認められ自由の身となれば、そういう積極的な活動をして無実を証明したいです。それをさせないために、「罪証隠滅の怖れ〈ママ〉が」などと理屈を付けて、保釈を妨害する検察に対しては強い怒りを感じます。隠滅できる証拠など無いということを検察も分かってはいるのでしょう。既存の証拠の矛盾を見つける活動まで、検察の論理では「罪証隠滅」と言うのでしょうか?
初公判が始まれば保釈を認めていただけると思っていますが、それでは遅いのです。争点整理が行われていて主張を固めなくてはならない現時点で自由に動けるようにならなければ、フェアな戦いができません。ここに来て「人質司法」という言葉の意味をよく理解できました。権力側が、無実を主張して戦おうとする人を鎖でしばりつけて一方的に殴り続けるのと同じ行為だと理解しました。
私のシンプルな今の願いは、早く解放されたい、家に帰りたい、日常に戻りたい、それだけです。
大野裁判長、北村裁判官、大西裁判官には、最終的には公正で完全な無罪判決を出していただけることを確信しています。どのような妨害があれど、私が無実である以上、無罪という決論〈ママ〉に収束するものと確信しています。