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「声とかでないし、逃げられないと思った」 男性痴漢被害者の声を聞く

小川たまかライター
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今年1月に、自分のブログで「女子高生という子どもが、電車内という社会で、痴漢という性被害に遭うことについて」という記事を書いた。私のブログ記事にしては反響が大きく、たくさんのコメントやダイレクトメッセージをいただいた。中には「私も被害に遭った」という人からのメッセージも複数あった。その後、月に1~3本のペースで性犯罪について取材記事を書くようになり、そのたびに被害経験のある方からメッセージをいただく。その中には、「私も電車内で痴漢に遭ったことがある」という男性からの声も少なくない。

男性の性犯罪被害は、まるで存在しないかのように扱われていることが多い。女性に対する性犯罪被害であってもまだ誤解や偏見が少なくないが、男性や男児の被害に関しては、未だに「笑い話」かのように語られたりする。しかし被害を笑い話にすることは、被害をなかったことにするのと同じことだ。

本稿では、電車内で痴漢被害に遭ったことがある男性のうち、私からのコンタクトが可能だった6人の方に被害経験について聞いたものをまとめた。6人という少ない人数で、統計を取ろうという意図ではもちろんない。性犯罪被害について記事を書けば書くほど思い知るのは、「性犯罪被害」の中でも特に「痴漢」という言葉は、受け取る人によってイメージするものがかなり違うということだ。そして「痴漢」がどんな行為であり、被害者にどんな感情を抱かせるかが明確にされないまま議論が行われることがたびたびある。それは「痴漢」という言葉が何を指すのかがそもそも曖昧であることが一因だし、痴漢被害に遭った人が、その内容が深刻であればあるほど語りたがらないからということもあるだろう。男性被害者のリアルな声を聞くことで、実際に被害がそこにあることを知ってもらいたいし、それぞれのケースを紹介することで、「痴漢」とひと言で言っても、被害内容はさまざまであるということを明らかにしたい。なかには「あんな思いをする人が一人でも減るのなら」と回答に協力してくれた男性もいる。

ちなみに、女性に比べ男性の痴漢被害は調査自体が少ないが、1974年から6年ごとに行われている「青少年の性行動全国調査報告」(日本性教育協会)の2011年調査では、男子中学生では1.2%、男子高校生では2.5%、男子大学生では6.4%が痴漢被害(電車の中などで身体を触られる行為)に遭ったことがあると答えている(調査対象は、順に1260人、1289人、1443人)。

対象者への質問は下記の通り。対面で聞き取りした場合と、アンケートを送り記入してもらった場合がある。

(1)現在の年齢

(2)被害に遭ったときの年齢

(3)被害に遭った場所(路線)

(4)被害に遭った時間帯

(5)加害者の年齢・性別・特徴など

(6)被害内容 ※「お答えいただける範囲内で」という注釈付きで聞いた。

(7)加害者はあなたを男性と認識していたと思うか

(8)被害に遭ったときの気持ち

(9)駅員や警察に連絡したか

(10)(9)で連絡しなかった場合はその理由、連絡した場合はその際の駅員・警察の対応

(11)これまでに被害経験を家族や友人に話したことはあるか。ある場合はその際の反応

【CASE1】

(1)40代前半

(2)17歳か18歳。高校時代。

(3)山手線だったと思う。

(4)朝のラッシュの時間帯。

(5)細かくは分かりませんが、男性です。年齢は若くはなかったと思います。

(6) 腰、臀部を手でさわられたのちに、性器をしばらくの間押し付けられ、動かれました。

(7)認識していないと思います。

(8)うわあ……というのがまず最初で、声とかでないし、逃げられないもんだなあ、と。 高校時代は時々女性に間違われることもあったので、その延長線だと思ったのですが、相手が男性同性愛者かどうかは分かりません。ただ、女性と間違えられているのだとしたら、早く気付いてくれというのと、逆にバレたら逆ギレされるかもというのでフクザツでした。

(9)していません。

(10)駅で降りて、とにかく現場を離脱したいというのが先に来てましたし、あとは別に男性同士だから、まあ……ってのもありました。

(11)自分の中では気持ち悪いってのもありましたが、最終的に服を汚されたわけでもなく無難に切り抜けられた以上は、不謹慎な話ですが「すべらないオモシロネタができた」という気持ちがかなり多くを占めていた。土産話としての痴漢体験談を教室や部室などで話しました。反応としては、まあ意図通り、オモシロバナシとして受けとられて、卒業文集の「他己紹介」に「痴漢にあった経験を持つ」という記述をされました。 決していい思い出ではないけれど、その後の反応も含めて、むちゃくちゃイヤな思い出というわけではないといったところでしょうか。

【CASE2】

(1)20代前半

(2) 高校2年生、17歳

(3)東海道線、大磯~二宮駅区間の5分間で。

(4)7時30分頃。通勤通学ラッシュ時で、満員とはいかないまでも人が多かった。

(5)注視したわけではないが、窓に映る姿から推測すると、50代のサラリーマン。

(6)短い距離なので座らずにドアの前に立っていました。尻に何か(おそらく手)が何度も当たるので、邪魔なのかと思い、体の向きを少しずらしました。そのすぐ後に、長い時間ではありませんが、右の臀部を鷲掴みされました。

(7)僕が乗り込んだときには、加害者はもう乗っていたように思います。たぶん目が合っていたのでは。

(8)被害時の気持ちは、少々口汚くなってしまいますが、「おいおい、マジかよ。朝から男のケツ触んなよ。痴漢こわっっっっ」が正直な気持ちです。加害者に対しては、なぜに男の尻を触るのか、疑問でいっぱいでした。

(9)していません。

(10)男が男に痴漢された、などと言っても信じてもらえないと思いましたし、騒ぎになるのも面倒でした。

(11)笑い話として、友人にも知人にも家族にも話しました。僕自身、深刻なものに考えていなかったので、話を聞いた一部の人たちは「最低だ!」と憤慨していましたが、大半は「そんなこともあるんだねぇ」とむしろ、感心したようでした。

【CASE3】

(1)40代前半

(2)18歳

(3)大阪の地下鉄御堂筋線

(4)16時くらい? ラッシュではありませんでした。座席は全部埋まっていて、立っている人がチラホラくらい。

(5)30代後半。身長165センチくらい。がっちり。顔やファッションは完全に大阪のチンピラ。グラサン。

(6)ドアの近くにもたれかかって本を読んでいて、気づいたら至近距離にオッサンが。ファッションが完全に極道。電車内はそんなに混んでいないので、因縁つけて絡まれるのかと思っていました(カツアゲとか)。そうしたら、おもむろに内ももをさすり始め、大胆に下半身を押し付けてきました。何が起こっているのかまるでわからず、数秒なされるがまま。ふと我に返って、自分より背も小さいし、腕力で勝てそうだと判断して、押し返して相手の足に蹴りを入れました。わりとガッツリ。そうしたらたじろいて後ずさりしたので、「ああ、よかった」と思ったら、またジリジリ近づいてきたので、これはガチでやばい人だ……と理解。ちょうど駅についてドアが開いたので、ダッシュで逃げました。マジで怖かったです。

(7)性器も触られたので完全に認識していたと思う。

(8)とにかく怖かったです。時間にすれば短かったはずですが、恐怖でした。カツアゲなら過去に経験があり、まだ対処のしようがあるのですが、痴漢は初めてだったのでどうして良いかわからず……。加害者に対する気持ちは「気色悪いわ、ボケ」でしょうか。もうちょっと弱そうな外見だったら、怒りに任せて力で反撃していたかもしれません。そうされないために、わざわざヤクザ系ファッションしていたとしたら、男痴漢のプロですね。

(9)連絡していません。

(10)逃げたられたので連絡する必要もないと思いました。

(11)飲み会などで痴漢の話になったとき、わりと話しています。反応は……だいたい笑われますね。「俺も痴漢にあったことあるんだよ!」と話し出せば、そりゃまあかなりレアケースなので。ただ、一部始終を詳しく話すと、笑いではなくかなり興味を持たれます。最後は、やっぱり痴漢被害は嫌だよね(恐怖だよね)と共感されますね。痴漢被害を少なくするためにも、さっさとホームや電車内に防犯カメラをつけるべきだと思います。監視社会とかそういうこと言ってる場合じゃないですから。

【CASE4】

(1)30代後半

(2)昨年

(3)中央線、中野から吉祥寺のあたり

(4)23時〜24時くらい

(5)175センチくらいのスーツのサラリーマン。40代だと思う。酔っぱらい風だった。

(6)空いている車両なのに酔っぱらった感じで隣に座ってきて、相手のズボンのポケットに入れた手で、私の臀部を、触ってきた 。

(7)男性とわかっていたと思う。

(8)気持ち悪い。どっか行ってほしい。捕まったらいいのに。殴りたいとも思った。 じっと顔をのぞきこんだが、酔ったような感じを出していて、目は合わなかった。

(9)しなかった。

(10)時間かかりそうだし、面倒に巻き込まれそうなのでやめた。勇気もなかった。

(11) 数人にはある。「男でもされるんだね。きもいね」くらいの反応だったと思う。あまりない体験に興味は引いていた気もする。

【CASE5】

(1)40代前半

(2)20代後半

(3)埼京線

(4)通勤時間(朝)

(5)覚えてない。

(6)お尻を触られた。

(7)不明だが、女性ではないかと思っている。

(8)「びっくりした」「物好きな人もいるな」だけだったなあ。

(9)いいえ

(10)めんどくさかった。

(11)ネタとして話す。深刻というよりそういうことがあったエピソードに近い。

【CASE6】

(1)40代前半

(2)20代後半

(3)井の頭線

(4)朝の通勤ラッシュ時。

(5)160センチぐらいの中年男性。スーツを着ていたが手ぶらでサラリーマンではなさそうだった。常習犯という気がした。

(6)終点の渋谷まで、かなり長い時間触られたが、こちらも急いでいたので電車から降りられなかった。股間を触られ、最初は満員電車なので勘違いかと思っていたが、次第にリズミカルに触ってきた。捕獲するつもりで手をつかんだら、勘違いしたのか手を握り返してきた。

(7)股間を触ってきたので女性と間違えられたということはないと思うが、当時自分は長髪だった。

(8)怒りを感じ、つかまえようと思った。ただ、車内は満員で「痴漢だ!」と声を上げることはできなかった。

(9)電車を降りたと同時に相手がさっと逃げようとしたので、逃がさずに駅員を呼んだ。

(10)ホームで相手をつかまえて騒いでいたら駅員が走ってきた。背の低い相手に比べ、自分は178センチだったからなのか、自分の方が取り押さえられそうになった。事情を話して駅長室に行ったが、「うちでは何もできないので、警察に通報したければそうしてください」「マニュアルとして何もできない」と言われた。自分は男だからかもしれないが、味方してくれる人はいなかった。警察に行っても徒労になる(大した処罰にはならないだろう)と感じたので通報していない。相手はそのまま解放されたと思う。

(11)飲み会などで話すことがある。珍しいのか、興味を持たれる。

女性被害者でも同じだが、人によって被害体験やそれにどう対応するかは異なっている。一方で、【CASE1】や【CASE3】のように、被害を周囲に話した際に「笑われた」というケースは、やはり男性に多いのではないだろうか。「男性は性被害に遭わない」という思い込みからくる笑いなのだろうし、本人たちも「ネタ」として話しているからこそ周囲が笑ったのかもしれないが、痴漢が「他人から不当に侵害される犯罪」という認識があれば、被害者を笑うことはないはずだ。

また、「声とかでないし、逃げられないもんだなあ」【CASE1】「痴漢こわっっっっ」【CASE2】「何が起こっているのかまるでわからず、数秒なされるがまま」「とにかく怖かった」【CASE3】などの証言からは、男性であっても、突然の性的な加害行為に恐怖を覚えることがわかる。女性が痴漢被害に遭ったとき、「なぜ声を上げないのか」「反撃しないのか」という疑問が上がることがあるが、男性であっても恐怖から声を上げられないケースがある。また、【CASE3】や【CASE6】のように、体格的に明らかに不利であることも関係なく同性間で性的な加害行為に及ぼうとするケースを実際に聞いたのは初めてだった。

最もこれから考えていかなくてはならないと感じるのは、【CASE6】のように、被害を訴えても「味方」がいないケース。電車内で男性が「痴漢だ!」と叫んでも、「被害者はどこだろう?」と思う人の方が多いだろう。私でもそうだと思う。男性被害者が実際にいるということが広く認知されなければ、彼らが声を上げづらい今の状況は続く。(ちなみに女性でも、「痴漢被害に遭っても警察に通報・相談していない」と答えた人は304人中、271人(89.1%)/「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(2011年/警察庁))。

冒頭に上げた「青少年の性行動全国調査報告」のうち、性被害についての統計をまとめたものが下記の表だ。これは性被害調査のほんの一例だが、性被害に遭うことは決して稀ではないという状況が分かるのではないか。性別に関係なく、他人の身体を侵害すること、性的な嫌がらせをすることはあってはならない。それは多くの人が同意するはずだ(と思いたい)。しかし、被害実態は知られているようで知られていない。実態が知られることが、性犯罪被害者への誤解や偏見を解く一助になると考えたい。

「青少年の性行動全国調査」(日本性教育協会)より
「青少年の性行動全国調査」(日本性教育協会)より

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ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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