ノーベル文学賞が機能停止の危機「疑惑の男」女性18人セクハラ、受賞者漏洩、情実運営の果てに
アカデミーの会員3人「辞任」
[ロンドン発]ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーの会員(選考委員)の夫で、自身もアカデミーと深くかかわっていた男性のセクハラ・スキャンダルへの甘い対応に抗議して、前事務局長を含む会員3人が6日、アカデミーの「辞任」を表明。9日にはこの男性が長年にわたって文学賞受賞者名を事前に漏洩していた疑惑まで浮上し、アカデミーの存続が危ぶまれる事態に陥っています。
アカデミーの会員(定員18人)は終身制なので制度上、自らの意思で辞任することはできず、死去するまで会員の補充もされません。アカデミーとしての意思決定を行うには最低でも12人の出席が必要です。数年前から会員のうち2人が活動を停止しており、今回3人が「辞任」表明したことで活動している人数が13人になってしまいました。
今の規約のままだと、あと2人「辞任」すればアカデミーは機能停止に陥る恐れがあります。
発端は「#MeToo」
米ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏が長年、映画界での影響力を行使して複数の女優に性的関係を迫っていた事件がきっかけになり、ツイッターでセクハラを追放する「#MeToo(私も)」運動が世界中に広がりました。スウェーデン・アカデミーでも昨年11月、地元主要紙ダーゲンス・ニュヘテルによってセクハラ疑惑が報じられました。
アカデミー会員の詩人・作家カタリーナ・フロステンソン氏(65)の夫でフランス出身の写真家・劇場芸術監督ジャン・クロード・アルノー氏(71)が1996~2017年にかけ、アカデミー会員や会員の妻や娘、職員計18人の女性に対して性的関係を迫るなどのセクハラを繰り返していたというのです。97年にアルノー氏からセクハラを受けたと若い女性がアカデミーに告発しましたが、そのまま放置されたそうです。
ダーゲンス・ニュヘテル紙などによると、会員の妻を通じてアカデミーと強いつながりを持つようになったアルノー氏は文学フォーラムを運営しており、10年以降、年12万6,000スウェーデン・クローナ(162万円)の活動資金をアカデミーから提供されていました。アルノー氏は自分の影響力を笠に着てこのフォーラムで女性たちに関係を強いる一方で、告発しないよう抑え込んできたそうです。
ダーゲンス・ニュヘテル紙はアルノー氏の実名を出さずに「カルチャー・プロファイル」という仮名で報道を続けていますが、アカデミーはこのスクープを受けアルノー氏との関係を一切、断ちました。アカデミーは法律事務所に依頼して独自調査を進める一方、検察当局も捜査に乗り出しましたが、今年3月、時効が成立していない13~15年のレイプや性的暴行についても証拠不十分として捜査を一部打ち切りました。
アルノー氏や当局者はすべての疑惑を否定しています。アルノー氏への厳しい対応を求めていたペーテル・エングルンド、クラス・オステルグレン、シェル・エスプマルクの3氏は4月5日の定例会で妻のフロステンソン氏を追放しないとしたアカデミーの方針は受け入れられないとして「辞任」を決めたと報じられています。
「個人への配慮が優先された」
09~15年にアカデミーの事務局長を務めたエングランド氏は別の地元紙への書簡でこう表明しています。「疑惑が発覚した当初はアカデミー内の総意があったように見えたが、時が経つにつれ溝が広がった」「個人への配慮が優先し、ルールは軽んじられた。アカデミーの決定を信じることもできないし、擁護することもできない。アカデミーの仕事にはこれ以上参加できない」
エスプマルク氏は「アカデミー内の主要意見はモラルの順守よりも人間関係や不要な気配りが重視された」と抗議する声明文を発表しました。オステルグレン氏も「私もテーブルから離れる。ゲームには参加しない」とアカデミーの決定を痛烈に批判しました。
これに加えて、アルノー氏が1996年以降、発表の瞬間まで門外不出とされるノーベル文学賞受賞者の名前を事前に漏らしていた疑いまで浮上したのです。受賞者名は家族にも事前に知らせてはならないことになっており、妻のフロステンソン氏も責任を免れません。アルノー氏には会計上の不正行為の疑惑まで浮上しているのです。
フロステンソン氏が夫のスキャンダルの責任を取って「辞任」する可能性がまだ残っているほか、もう1人の会員が「辞任」を検討中と報じられています。
規約変更で乗り切りを図るアカデミー
スウェーデン・アカデミーはもはや崩壊寸前です。しかし、サラ・ダニアス現事務局長は「もし会員が辞めたいのなら、辞任できるようにすべきだ」と規約変更を唱えています。そうすれば空席を補充できるため、アカデミーが機能停止に追い込まれるのを回避できるというわけです。
アカデミーを支援するカール16世グスタフ・スウェーデン国王は「悲しい出来事で、解決されることを望んでいるし、そうなると確信している」と地元メディアに述べました。しかしノーベル文学賞をめぐるスキャンダルは今に始まったことではありません。
中国からの投資疑惑
12年のノーベル文学賞は中国の農民作家、莫言(モオ・イエン)氏に授与されましたが、「スウェーデンが中国から90億スウェーデン・クローナ(約1,160億円)の投資を受ける見返りにアカデミーが文学賞の魂を売り渡したのではないか」とダーゲンス・ニュヘテル紙が報じたことがあります。
【疑惑その1】日本の村上春樹氏ではなく、莫言氏を強く推したとみられるアカデミーの中国文学担当ヨーラン・マルムクヴィスト氏は莫言氏の数作品を自らスウェーデン語に翻訳して会員に配布した上で、出版社から出版する予定でした。
莫言氏がノーベル文学賞を受賞すれば、翻訳作品がヒットするのは確実で、マルムクヴィスト氏には高額の翻訳料が転がり込む疑惑が指摘されました。
【疑惑その2】授賞発表当日、中国中央テレビ局(CCTV)のクルーが会見場に来ており、誰が招待したのかといぶかる声が広がりました。莫言氏の下馬評が高かったとはいえ、CCTVがノーベル文学賞の取材に来るのは初めて。アカデミーは招待疑惑を否定しました。
【疑惑その3】授賞発表当日の朝刊で、ホーラス・エングダール元事務局長の妻がダーゲンス・ニュヘテル紙に対して「文学賞の受賞者を知っているが、公開できない」とコメント。発表まで門外不出とされる文学賞受賞者名が家族とはいえアカデミーの会員以外に漏れていたことで「文学賞の権威も地に墜ちた」との批判が渦巻きました。
【疑惑その4】中国の温家宝首相は10年4月、スウェーデンを訪れ、環境問題の研究・産業育成に使ってもらいたいと90億スウェーデン・クローナを投資すると発表。中国の首相がスウェーデンを訪れるのは約30年ぶりでした。
スウェーデン側は当初、あまりに高額なので欧州連合(EU)全体で90億スウェーデン・クローナと思ったそうです。スウェーデン一国で90億スウェーデン・クローナと聞いて、ビックリ仰天。しかも返済しなければならない「融資」ではなく「投資」で、環境問題なら何に使ってもいいという大盤振る舞いでした。
ノーベル文学賞の選考過程は50年経たないと公表されません。外部から影響を受けないようにするためですが、透明性の欠如が仲間内の情実を生み、腐敗の温床になってしまいました。アカデミーは外からではなく中から腐ってしまったようです。
会員人事をはじめ、ガバナンスの透明性、選考過程の公表時期の短縮などノーベル文学賞の運営方法を一から見直す時期に来ているのではないでしょうか。
(おわり)