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「社員が社員を雇用」 ヘアカット「QBハウス」で異様な契約が問題に

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 個人加盟制の労働組合の日本労働評議会が「ヘアカット専門店QB HOUSEの業務請負契約を濫用した使用者責任の回避を許さない」として、3月16日、厚労記者クラブで記者会見を開いた。

 同労組によれば、同社では一部店舗の理髪師をQB本社(キュービーネットホールディングス株式会社)が雇用するのではなく、エリアマネージャーが雇用する形式をとることによって、本部が雇用責任を免れていたという。

 いわば、「社員が社員を雇用する」という異様な雇用形態を作り出していたわけである。実は、異様な雇用形態は近年さまざまな大手企業に広がりを見せており、背景には「脱法行為」の狙いがあることが指摘されている。

 ちょうど先月冠婚葬祭大手のベルコでも同様の雇用形態が問題になり、裁判の末、会社と労働者が和解したことをこの場で皆さんにもお伝えしたばかりだ。

参考:7000人の大企業で「社員」は30人 「未来の働き方」はどうなる?

 また、歴史的に見ても、企業は労働法の規制を免れるために、個人事業主を偽装する「偽装請負」や、これを一部合法化する派遣労働など、さまざまな雇用形態を生み出してきた。偽装請負は2000年代に「ワーキングプアの温床」だとして、大きな社会問題にもなった。

 それにもかかわらず、いまではウーバーなどの「プラットフォームワーク」の拡大により、政府も「雇用によらない働き方」を奨励するまでになっている。これらはどれも法律上の「雇用関係」をあいまいにし、労働法の適用を逃れようとする中で発展してきた。

 ただし、労働法は契約書の形態がどうであれ、実質的に雇用関係(使用従属関係)があれば適用される。だから「偽装請負」は法律上は「雇用関係」として扱われる場合がある。したがって、雇用関係の脱法は労働法の解釈をめぐって紛争を引き起こす。

 そうした中で、今回の「QB HOUSE」の事例は新しい脱法形態の一つであると考えられ、偽装請負の場合と同じように、法律上の「雇用関係」にあたるのかどうかが問われてくるというわけだ。

雇用主はQB本社と信じていたのに・・・

 今回会見を行った理髪師たちは、QB本社ではなく、エリアマネージャーが雇用主になっているのだが、労働者がその事実を知ったのは入社した後になってからだったという。

 理髪師たちは、QB本社の出した求人をみて応募し、エリアマネージャーによる面接の後、採用が決定された。採用後の理髪師には、「QBスタッフ採用書」という書面が作成されていた。 

 使用者が採用時に労働者に書面で示さなければならない「労働条件明示書」には、雇い主が誰であるかも明示されているのが普通だが、この「QBスタッフ採用書」には賃金や就労場所などの条件が書かれているものの、雇用主の名称も連絡先も書かれていない。

 エリアマネージャーの名前が出てくるのは、面接した者の名前を記入するために作られた「面接者」という欄へのサインと、勤務場所の表記「○○エリア」(○○はエリアマネージャーの苗字)のみである。

 働き始めてから渡された賃金明細にも会社名にQB HOUSEという記載があるものの、エリアマネージャーの名前はなく、雇用主がエリアマネージャーであるなどとは夢にも思わない書面である。

 入社後も、エリアマネージャーからその旨の説明が直接なく、本人たちはQB本社に採用されたと信じていた。最終的に労働者たちが「エリアマネージャーが雇用主だ」と知ったのは、同僚の噂話からだった。

 ローンの手続きで会社の証明が必要になった同僚が、実は雇用主がQB本社でなかったことに気づいたのである。

 QB本社は、こうした形態の店舗は「直営・業務委託店舗」と呼んでおり、最新の有価証券報告書によれば、国内に122店舗あるという(本社の「直営・直轄店舗」は国内394店舗)。

QB HOUSEとエリアマネージャーの関係性。日本労働評議会作成。
QB HOUSEとエリアマネージャーの関係性。日本労働評議会作成。

実際はQB本社が管理

 コンビニなどで主流のフランチャイズの場合、店舗などを所有しているのが本部と契約を結ぶ「フランチャイジー」であるのに対し、このQBハウスの「直営・業務委託店舗」の場合、店舗設備の所有者はQB本部であり、本部の店舗の運営を委託されているのがエリアマネージャーということになっている。

 本部の関りは大きく、定期的なエリアマネージャーの会議で営業指導があったり、クレームに対する対応の個別指導、新型コロナウイルス感染拡大に伴う営業時短営業や閉店などもQB本社が行っていたという。

雇用責任の回避を狙っている?

 なぜこのように複雑な形態をQB本社がとっているのだろうか。それはおそらく雇用責任を回避しながら、人件費を削減するためであると考えられる。

 理髪師たちが労働組合を結成した理由は、有給休暇が取れない、社会保険未加入、健康診断の実施がないなどの労働問題があったからだという。

 どれも法令違反であるが、違法を指摘された場合、形式的には、法的な責任を負うのは直接の雇用主であるエリアマネージャーになる。QB本社は責任を免れることができるわけである。今回のように労働組合が結成された場合も「雇用関係がない」という主張がまかりとおる。

 また、採算が取れない店舗を廃止する場合も、QB本社は法律上の雇用責任を負うことなく、理髪師の解雇をできてしまう。先に紹介した冠婚葬祭業を営むベルコの場合、労働組合を結成した労働者を「事実上」解雇して労使紛争に発展した。

 このように、業務委託契約の濫用によって事業者は労働法を脱法し、利益を得ようとしていると考えられるのだ。

直接の雇用関係がなくても有効な団体交渉権

 では、業務委託契約をだまされて結ばされた場合、労働法は無力なのだろうか。実は、脱法的な雇用関係に置かれた場合にも使えるのは、労働組合法である。

 雇用関係の脱法行為を争った有名な判決に朝日放送事件判決(最判平成7年2月28日判決)がある。

 この裁判では、番組制作業務に当たっていた下請企業に雇用される労働者の作った労働組合が、発注者の会社と交渉する権利があるか否かが争われた。番組制作は放送日が決まっているから、進捗は全体に合わせて進められるし、細かなことは発注者のディレクターが具体的に指揮していたのだ。しかし、発注者は団体交渉に応じず、裁判に発展したのである。

 同判決は次のように言っている。

「雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条(引用者注:労働組合法第7条)の「使用者」に当たるものと解するのが相当である。」

 つまり、契約上の雇用関係がなくとも、実質的に労働条件を決定できる立場にある企業は使用者として、労働組合と交渉する義務を有するということだ。

 団体交渉で労使が合意した事項は、労働協約という法的拘束力のある約束になる。こうして、労働組合は雇用関係がない企業とも労働条件を決められるのである。

おわりに

 最後に、今回の事件について、QB HOUSE本社に質問を行ったところ、「現状、当社からお伝えすることはございません」との回答があった。

 あいまいな雇用関係が広がり、雇用関係の在り方が問われる今日、自らの労働問題に真剣に向き合っていく必要があるのではないだろうか。

常設の無料労働相談窓口

日本労働評議会

03-3371-0589

*QBハウスの理髪師の人たちが加盟するユニオンです

NPO法人POSSE

03-6699-9359

[email protected]

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

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ブラック企業被害対策弁護団

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*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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