2024年の自動車業界を振り返ってみると、かなり頻繁に耳にしたのが「EV(電気自動車)は踊り場」という言葉だった。意味するところはEV販売が勢いを失っているということだ。それは本当なのだろうか。このままEVは「オワコン」になってしまうのか。考えてみたい。
世界的にEVシフトが減速
2024年は「EVは踊り場」という言葉を裏付けるような事象が世界中で起こった。例えば英国は、「エンジン車の販売を2030年に禁止する」としていたのを2035年に延期。自動車メーカーでは、スウェーデンのボルボが「2030年に完全EVメーカーになる」という計画を緩めた。具体的にはプラグインハイブリッド車(PHEV)を残し、なおかつ販売全体の10%ほどはマイルドハイブリッド車(MHEV)を残す可能性があると計画を改めたのだ。米国ではフォードのEV販売が伸び悩み、ハイブリッド車(HV)に力を注ぐ方向へと方針転換をはかった。
こうした情勢は部品メーカーにも影響を及ぼし、スウェーデンのリチウムイオンバッテリーメーカーであるノースボルトが経営破綻した。
最近は「HVの販売が好調」という報道が相次ぎ、「EVはオワコン(終わったコンテンツ)」という印象に拍車をかけている。
しかし、本当にそうなのだろうか。
EV販売の実態は?
2024年のEVとPHEVの販売台数は約1,600万台と予想されている。これに対してHVは640万台ほどであるという。HVが勢いを増していると報道されながら、実態はEVとPHEVの半分以下でしかない。
そもそも、1997年にトヨタ自動車が世界初の量産HV「プリウス」を発売してから27年もたつのに、なぜいまだにエンジン車の方がHVより販売台数が多いのか。そこが問題だ。しかも、EVは売り出されてから15年しか経っていないのに、世界的に見ればHVよりも多く売れているという事実を正しく認識すべきだ。
2024年のEVとPHEVの販売は、国際エネルギー機関(IEA)の調査では世界全体で伸びている。EVとPHEVが世界の自動車販売に占める比率は16%ほどだ。もちろん地域によって濃淡はあり、強い右肩上がりの数字を示しているのは中国で、欧米は微増といった様子になっている。
こうした統計を読むとき、誤解を生みやすいのはHVとPHEVの位置づけだ。どちらもエンジンを搭載するから、混同されやすい。ここで明らかにしなければならないのは、走行中にエンジンがどう使われるかだ。
HVはエンジンの稼働なしに走ることはできない。発進の際とか低速走行中などには多少、モーター走行のみにできるところはあるが、それは一時的で、走行全体においてはエンジンの稼働がないと走り続けられない。
一方のPHEVは、基本的にモーター走行が主体だ。急加速も高速走行も、車載バッテリーに電力が貯まっていればエンジンは始動しない。日常的かつ高速での移動にはモーター走行するので、EVに近い存在として価値づけられている。そこで、EV販売の統計にPHEVも含まれることがある。
PHEVはバッテリーが切れそうなとき、すぐに充電しにくい状況にあったとしても、エンジンで発電して移動し続けられる利便性を追加したEVということができる。
EV販売が踊り場に見える理由は?
とはいえ、EV販売が踊り場的な様相を呈しているように見えてしまう理由は何だろう。
大きく2つの理由が考えられる。
ひとつは、大小の品ぞろえを含め、車種の選択肢がまだ十分ではないことだ。特に庶民が手にできる小型なEVや廉価なEVが世界的に少ない。
国内の新車販売統計を例にすると、自動車販売協会連合会(自販連)の乗用車ブランド通称名別順位で、月販台数の上位ベスト10に入る車種は、2024年11月の集計で5台が5ナンバー車格だ。3台は3ナンバーであっても小型の部類に入る車種である。残り2台は「アルファード」と「ランドクルーザー」ということで、かなり大型の車種である。
小型車が主体の現状からEVの話に戻すと、現在販売中のEVの多くは3ナンバー車であり、特に大型車の選択肢が豊富だ。価格も軒並み500万円以上となっている。
そうした車種が多い背景として、車高の高いSUVを基にEV化すれば、床下に駆動用のリチウムイオンバッテリーを搭載しやすく、商品化しやすいという作り手の都合がある。
3ナンバー車格のSUVであれば、エンジン車でも高額車種となりやすい。原価が高いとされるリチウムイオンバッテリーを使うEVを作るには、付加価値を含めて車両価格を高めに設定しやすい大きなSUVが好都合なのだ。
トヨタも「bZ4X」というSUVでEV市場に参入したし、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)も世界的には「ID.4」というSUVを主力にしてEVを販売している。どちらも大衆車を主軸に売る総合自動車メーカーだが、EVは上級車種から始めたという経緯がある。
幸い、日本には日産自動車の「リーフ」「サクラ」や三菱自動車工業「eKクロスEV」のように、小型車(リーフは3ナンバーではあるが)や軽自動車のEVがある。さらに、日産「ノート」のような5ナンバー車でリーフの400万円を下回る価格帯のEVがあれば、販売台数はいっそう伸びる可能性がある。
軽EVが2年半前に発売になったおかげで、国内の新車販売に占めるEV比率はかつての1%以下から3%前後(最高で4%まで伸びた)まで増えた。それでも「軽EVは特殊なクルマ」と考える消費者もいるだろう。5ナンバーの小型EVが増えれば、購入を検討する人が増えるのではないか。
同じことが、欧米を含め世界的に今後の課題として残されている。ここが解決されていけば、EV販売の勢いは格段に増すだろう。
もうひとつの課題と考えられるのは、やはり充電環境だ。
充電というと急速充電の話に偏りがちで、高性能化ばかりが報道の対象になる。しかし、自宅で200V(ボルト)の普通充電ができることが、EVにとっては何より大切なことだ。
マンションなどの集合住宅や、たとえ戸建てであっても自宅に車庫のない人が使う月極駐車場に普通充電が設置されることが最重要項目になる。
近年は専門の事業者が、マンションの管理組合や月極駐車場の所有者あるいは不動産業者とコンタクトを取り、EV用の普通充電設備の普及を図る取り組みを進めていて、成果が出始めている。東京都は2025年から、新築のマンションに充電設備の設置を義務付ける。こうした動きが全国へ広がれば、誰もがEV所有者になれる条件が整う。
いよいよEVが本格的な普及段階に入っても、それでも売れ行きが鈍化したなら、初めて「踊り場」という言葉を使えることになる。今はEV販売が踊り場なのではなく、EVを所有できる環境が整うのに時間を要していると認識するのが正しい。
ある研究機関は、3年後の2028年を境にEVと燃料電池自動車(FCEV)の開発と販売を中心とした世界が到来すると予測する。「EVは踊り場」だと思っていると、瞬く間に将来を見損なう可能性がある。