先ほど、P2Pの送金相手の条件が限られている点について「それほど困るシチュエーションは少ない」と書いたが、もしAppleが自社のサービスを既存のエコシステム以外へと拡大したいと考えたとき、これら制限は大きな足かせとなる。例えばFacebookなどであれば、アカウント自体を持っていないユーザーのほうが少ないだろうし、多対多のP2PではどうしてもApple Payは不利となる。必然的に、限られた相手とのやりとり(例えば親が子供にお小遣いをあげるといったシチュエーション)に終始し、「身内では使ってるけど便利なサービスだよね」という評価で閉じてしまう。
また利用開始のハードルが低い(登録が簡単)な一方で、積極的に使いたいというモチベーションを喚起する仕掛けに乏しい点も気になる。例えばVenmoでは、フレンド登録した友人らのお金の動きを観察するためのソーシャルタイムラインが逐次活用できるため、これをきっかけにさらにサービスを利用するための仕掛けとして機能している。パーティ好きな若年層であれば、友人らが集まって楽しい何かをやっているという情報には目がなく、次回の参加を希望することだろう。当然ここでは各種の予約サービスやケータリング、割り勘サービスが有効に機能し、さらに経済圏をまわしていくことが可能となる。現在のApple Payや周辺のシステムはこういった視点が欠けており、あくまでプラットフォーム提供者というスタンスにとどまっているのはやや残念な印象を受ける。
また、インターフェイスがiMessageに閉じているというのもやや残念な部分だ。FacebookなどでもMessengerが送金の基本インターフェイスではあるが、送金したいシチュエーションというのは他にもさまざまな場面である。例えばレストランでの複数人での食事やパーティでのピザ大量発注のケースでも、OpenTableのような予約サービスやピザ屋さんの注文アプリでそのまま割り勘処理ができれば便利だ。Webサイトやソーシャルサイトを通じて寄付や小口送金を相手に行いたいというシチュエーションはあるだろう。現在はPayPalなどがその役割を担っているが、将来的にはこれをApple Payで代替することも可能だ。実際、一部アプリデベロッパーを対象にApple Pay P2Pのインターフェイス開放準備を進めているという話も筆者の耳に入っており、この仕組みを使ったAppleの今後に期待したいところだ。
そして最後に、「"Touch ID"を持たないiPhone」が今後登場したとき、どのようにP2Pを含むApple Payが処理されるかが気になる。次期iPhoneの有機EL (OLED)搭載モデルではTouch IDが搭載されない可能性が非常に高く、ここでは3Dカメラを使った顔認証や虹彩認証がサポートされることになる。「顔認証(または虹彩認証)を済ませてから端末をリーダーに(一定時間以内に)タッチする」ことで店舗でのNFC決済は対応できるが、アプリやブラウザでのオンライン決済やP2PではTouch IDそのものが決済実行のトリガーとなっているため、この新型iPhoneではどのタイミングで処理を行うのかがわからない。詳細については9月に実施されるとみられるAppleの新製品発表イベントで明かされることになると思うが、このApple Payにまつわり処理フローが大きく変更される可能性が高く、筆者も注視している。