(写真:maru/PIXTA)

さまざまな業界のパイオニアやエキスパートの仕事や人生の哲学について深掘りするインタビュー番組「TK Deep Inside」。第1回は、音楽プロダクションBMSGの創業者であり、CEOを務めるSKY-HI氏に、日本の音楽業界が抱える構造的な問題や将来のポテンシャル、自身の経営哲学などについて聞いた。

※記事の内容は東洋経済の「TK Deep Inside」から一部を抜粋したものです。外部配信先では動画を視聴できない場合があるため、東洋経済オンライン内、または東洋経済オンラインのYouTubeでご覧ください。

30年前にできた仕組みに縛られている

倉沢美左(以下、倉沢):SKY-HIさんは、従前から日本の音楽業界の問題点というか、CDに過度に依存しているビジネスモデルに問題があるということをおっしゃってきましたが、BMSGを立ち上げて4年経って状況はどう変わりましたか。

SKY-HI:徐々に変わっていると思います。音楽業界は20〜30年間、構造上どうしようもないシステムが続いてしまっていて、自分がプレイヤーをやっている時もビジネス的に不合理や不条理がすごく多かった。でも、そういう話をしたときに「こういうものだからしょうがない」という話を業界の人たちからは聞いていた。

今、日本にあるCDプレイヤーって5万〜10万台くらいじゃないかと思うんですよね。国内で今一番需要がありそうなVaundyとか米津玄師とかの枚数を見ているとそれくらいの気がします。レコードとかはコレクティブとして集める人はいますが、すでに終わっているメディアなんです。

それでも30年間、レコード会社はそこから予算を作るということを変えられてない。これは業界全体が大企業病というか、そういう仕組みが出来上がってしまっているから変えようがないと思っているからで、そこから予算を出してミュージックビデオや宣伝を作りましょう、となるとそれは年々(予算が)減っていきますよ。どんなにいい曲を作っても、どんなにヒットしても予算は減っていく。

レコード会社的にも難しい判断ではありますが、このシステムから根本的に脱却しない限り、例えば、ファンの方の応援したいという純粋な気持ちを「枚数を積む」という言い方で経済を回してしまうと皺寄せがくる。

それが割と早くきているのがソロアーティスト。国内のメジャーレーベルにおけるプロモーションのインフラは、ワールドクラスの代理店と言ってもいいくらいのパワーがあるけれど、ソロアーティストの場合は契約しても80万円の広告費でどうしましょう、という話になってきちゃうので、十分にプロモーションしてもらうのは難しい。

今はネットもあって、ソーシャルメディアもこれだけ幅広くあって、TikTokからバイラルヒットも生まれやすいので、楽曲が聴かれる機会というのは増えたと思いますし、マネタイズの手段自体も本当は増えている。

しかし、例えばTikTokでバイラルヒットを飛ばした才能のあるアーティストがいたとしても、レコード会社が次はドカンと予算を使ってプロモーションをして、日本にこんな素晴らしいアーティストがいるというのを世界に知らしめようとしてもできる構造ではなくなってきている。

今必要なのは、「嘘をつかない」こと

倉沢:BMSGの場合、ビジネスモデルとしては収入源は多様化できているということですか。

SKY-HI:そうですね。そこが本当に大きい。アーティストであったり、我々のような芸能事務所であったりに、今本当に必要なのは、もう嘘をつかないとか、そしてそれを信頼してもらうとか、そういうところの気がしますね。

ファンの方に期待という名前の信頼をしていただいているというところが一番強いように思います。ファンの応援の気持ちを煽り過ぎてビジネスを成り立たせるっていうことがないようにしたい。射幸心を煽ってもよくないんですよね。

それは任天堂の(元社長の)岩田(聡)さんの言葉から学びましたけれど、射幸心を煽って成り立たせるビジネスは長期的に捉えた場合、お客様の信頼を得ることにはつながらない。短期的にそこで利益が出たとしても、それは会社の資産にはならない。

信頼を得るという作業こそが一番必要なのであって、それを短期的にお金に変えるために射幸心を煽るっていうのはビジネスとして正しくないっていう言い方をズバッとされていた。いわゆるソシャゲとかが流行っていた時に、任天堂が参入しなかったタイミングでの発言だったと思うんですけど、それは本当に同じことだと思います。

CDのアーティストの取り分は少ない

倉沢:ファンの方がたくさんCDを買ったりして応援したいという理由の1つに、CDと例えばストリーミングで比べた時に、アーティストの取り分はCDのほうが高いんじゃないのかと思っていることがあります。

SKY-HI:(CDは)アーティストの取り分はめちゃくちゃ低いです。それは、CD1枚とストリーミング1再生を同じに考えてませんか、という。1回再生して、0.何円ということに関してでしょうが、どこかのタイミングからは「これくらい加入者が増えたら、これくらいまで還元が上がってもいいんじゃないか」という交渉も起こってくると思います。

実際にアメリカでは、とっくにそのフェーズに入っていると思う。そんな還元率まで考えたら、グッズを買ってくれるのがアーティストは一番嬉しいと思いますね。

2010年代とかに最も多くのCDを売ったグループの中で、例えば役者とか広告とか、その他の仕事なしで、CDの売り上げだけでお金持ちになった人って1人でもいますか、という。逆にCDを1枚も出さずに配信のみしているアーティストでお金持ちになった人って何人いますか、と考えると割と明白な気がしますね。

倉沢:じゃあファンの皆さんは落ち着いて、CDはそんなに買わずに……。

SKY-HI:そういう簡単な話でもないのはすごいわかるんですよね。これはすごく複雑な話で、結局応援したいっていう純粋な気持ちの"出先"を何にしていくか。

(CD主体のビジネスは)ビジネスとしても破綻してるし、アンサステナブルなのもそうだし、ソロアーティストにも皺寄せもきちゃって、音楽業界自体を逼迫させている。20年近く前から真綿で首を絞めるような状況が続いてる。もうキッチンに並ぶ前のニワトリみたいな状況になっちゃってるんですよ。

ほぼすべてのアーティストにとって結構ヤバい状況なんですけど、かと言って20年とか10年でも、ここ1年でも応援の気持ちをそういう形で表すことを純粋な気持ちでやってきている方がいるわけですよね。

みんながそれをいいって言ってたから、正しいと思ってたからやってただけなのに、それを悪のように言われなきゃいけないってなると、それはすごく嫌だよなと思うし、それはわかる。でも、もう誰かがこれをやらないとみんな死んじゃうので……。

日本の音楽市場のポテンシャルは?

倉沢:今、日本の音楽市場規模は3300億円くらいですが、今後一気にストリーミングとならないまでも、CD依存ビジネスから脱却できた場合、日本の市場のポテンシャルはどれくらいあると思いますか。

SKY-HI:これを言うと「えっ」て言われかもしれないですが、最低でも5000億〜6000億円には回復すると思うんですよね。

倉沢:5000、6000億円を目指そう、となったとき、国内の需要だけではなく、やっぱり海外展開ということになりますか。

SKY-HI:そうですね。例えば、ストリーミングでいろんな国のチャートを聴いてたら、急にモンゴルの歌手が自分のサジェストに入ってきたりする。日本のマーケットとグローバルのマーケットって分けて捉えるんじゃなくて、東アジアの一員としての我々っていう存在でやっていけたら、チャンスは本当に無限に近いくらいあると思います。人口の数だけチャンスになってくるので。


倉沢:今例えばYOASOBIだったりとか、米津玄師さん、XGとか藤井風さんとか、J-POPにちょっと何か追い風来てるかなみたいな感じしますよね。

SKY-HI:感じますよね。ただ、そうなった時に追い風を起こせる体制が整ってないっていうのが厳しいかもしれない。

倉沢:整ってないというのは、音楽会社がまだそこにいないっていうことですか?

SKY-HI:ある程度キャリアがあって予算があったら話は別かもしれないですが、「世界の中の日本」じゃなくて、日本と世界での戦略が結構別々にされたままここまできてしまっている。これは功罪あって、インフラがすごい整ってるので、ストリーミングでヒット出した海外の人とかでも日本のインフラに乗りたい人はたくさんいる。

あるアーティストにファンがいるとなったら、その人のライブをやる、ツアーを回る、マーチャンダイズを出すみたいな体制は整っている。一方で、(日本のアーティストが)海外から注目を集めた時に、それがK-POPみたいに束で行けない状況はもったいないな、とすごく思います。


倉沢:BE:FIRSTもワールドツアーを予定されていますが、そのSKY-HIさんが世界に、あるいはBMSGが世界にいった時の「世界」って何ですか?

SKY-HI:何をもってして世界進出を成功させたのかっていう指標でいったら、この数字がこの位ってのはいくつかある気がするんですけど、「これはさすがに世界的なアーティストだね」というのは、世界のメガフェス、例えばグラストンベリーのメインアクトとして、ヘッドライナーじゃないにしても、2列目とかに名前が載っているのは世界的なアーティストじゃないですかね。

「権威」より音楽ファンに認められたい

倉沢:グラミー賞とかではない。

SKY-HI:要はエンターテインメントの本質って何なんだっていうところかもしれないですけど、権威に認められたっていうことよりも、そこに集う音楽ファンが見たいと思う存在になれているということの方がリーチしてる感ありませんか。

倉沢:ファンに認められている、という。

SKY-HI:エンターテインメントの面白いところって、この道30年の大将が握ったお寿司とカップラーメンが同列に並ぶところだと思うんです。ただ、今例に挙げた2つの料理だと、どうしてもお寿司に軍配が上がることのほうが多いと思うんですよね。

でも、じゃあ何が悪かったのかな?もっとヘルシーにすればいいのかな?具材が悪いのかな?そしたら材料費上がるけど、でもそこは材料費を上げなきゃダメでしょうとか、をやりながら世界で一番美味しくて健康にいいカップラーメンも生まれる、ということをずっとやっているので、何十年前からしたら信じられないぐらい技術も伸びている。

教養のある人、ない人、言葉がわかる人、わからない人ーーすべてに届けられるのがエンターテインメントの強みなので、こういった権威に認められましたとか、こういった利権を制しましたとか、こういった数字を達成しました、こういった売上を上げましたっていうよりは、世界の音楽ファンが最も見たいと思ってるアーティストに名を連ねることができました、が一番しっくりくるかな。


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(SKY-HI : BMSG代表取締役CEO、アーティスト)
(倉沢 美左 : 東洋経済 記者)