樋口恵子×上野千鶴子「何歳まで料理すべきか」問題。樋口「84歳で栄養失調になって色々気づかされた。いつまでもあると思うな空腹感」【2023編集部セレクション】

2024年10月22日(火)12時30分 婦人公論.jp


樋口さん「私は完全にオヤジです。オヤジ型老後不適応症ですね」(2021年9月撮影。写真:本社写真部)

2023年下半期(7月〜12月)に配信した人気記事から、いま読み直したい「編集部セレクション」をお届けします。(初公開日:2023年8月7日)
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生きていれば人は老いるもの。気力や体力が衰えていくなかで、何をやめて、何をやめないかの選択に迫られることもありますよね。「人生のやめどき」をテーマに東京大学名誉教授・上野千鶴子さんと東京家政大学名誉教授・樋口恵子さんが対談を行いました。上野さんは75歳、樋口さんは91歳になりました。現在進行形でおふたりが経験している「老い」の形とは。樋口さんいわく「歴史的に見ても私たち世代は食いものに卑しいの」だそうで——。

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84歳で調理定年を迎える


樋口 これまで何度か書いていますが、女の人生には「調理定年」があると思うの。私は自宅の建て替えをした84歳のときに大変な貧血になって、その存在を身をもって知りました。

上野 どういうことですか?

樋口 要するに、栄養失調になったんですよ。その症状を自分で「中流性独居無精(ぶしょう)型栄養失調症」と名づけたんですけど(笑)。

何年か前から食事の内容が貧しくなっていることは自覚していたの。以前は講演会やら何やらで外食が多かったのが、85歳を過ぎてからは家にいることが増えてきて。今でも週のうち2日はシルバー人材センターの人が来て何人かで食事をしますけれど、それ以外のひとりで家にいる日は、何となくその辺にあるパンをつまんだり、牛乳を飲んだりで済ませてしまっている。

もちろん、中流ですから、冷蔵庫を開ければ、飲むヨーグルトやジュース、ハムや冷凍食品など一応、おなかを満たす食べものはたくさんあるのに、昔のように自然な空腹感がわかなくて。「いつまでもあると思うな空腹感」ですよ(笑)。

上野 あははは。

樋口 本当よ。83歳くらいまでは自然な空腹感があって、朝ベッドで横になっていても「ハラ減った、そろそろ起きてメシつくれ」と胃袋から指令されるの。頭が言うんじゃないのよ、胃袋。それでエッチラショと起きて、食事をつくっていたわけ。

樋口「歴史的に見ても私たち世代は食いものに卑しいの」


上野 わたしは今72歳ですけど、空腹感で起きたことなんて、もう何年もないですよ。


『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』(著:上野千鶴子・樋口恵子/マガジンハウス)

樋口 それは残念。上野さんと私のそのあたりの違いは、集団疎開体験とか戦中・戦後の飢えの体験とかの有無によるものでしょうね。歴史的に見ても私たち世代は食いものに卑しいの。よくいえば、食生活に貪欲な精神が世代的体験としてあるわけです。

だから、世の中は食うことを中心にぐるぐる回っているという意識がいまだにありますよ。この間なんか、ある新聞記事に「高齢者こそ食べ盛り」という言葉を見つけて、すっかりうれしくなっちゃって、切り抜いて壁に貼ってあるもの(笑)。

上野 確かに、高齢者の施設で入居者さんと一緒に食事をすると、こんなに食べるの? というくらい、皆さんよく食べて、しかも完食なさいますね。

デリバリーのお弁当を利用


上野 樋口さんは栄養失調になって調理定年を考えたわけですか?

樋口 それが一つのきっかけですね。もともと料理は家事の中で一番好きで、夫の没後もずっと台所に立っていたのに、84歳くらいからだんだん面倒くさくなってきたの。特に、建て替えが終わって新しい家で暮らすようになってからは、家財道具の整理を人任せにしていたから、料理器具の置き場所とかがわからなくて。

ここにあると思っていたお玉がない、スプーンがない、鍋がない。ないものが三つ重なると、もう調理欲がなくなるわけ。引っ越しをすると年寄りがボケるというのは、ある意味本当ね。で、低栄養状態になっちゃった。

上野 申し訳ないですが、それはおひとりさま歴が短いからです(笑)。

樋口 と思う。そういう訓練ができていないのね。おふたりさまかお三人さまをずーっとやってきて、特に二番目の夫は、早起きで料理がすごく上手になったものだから、毎朝ご飯をつくってくれて、「できたよー」という声で私と猫が起きて行くというふうだったから。夕食は私が中心でしたけれど。

上野 聞いているだけで羨ましいわ。そんな生活したことない! それで調理定年を迎えた後は? 今はデリなどの調理済み食品を利用してるんですか?

樋口 ひとりのときはお弁当をとってます。

上野 さぞかし美食家でいらしただろうに、お弁当で我慢できますか?

樋口 そこが戦争中の子どもの強みよ。梅干しも白いご飯もなかった飢えた時代に比べれば、七品も揃って白いご飯がついてくる、このありがたさはたまらない。

上野 わたしは、まずいものを食べるくらいなら何も食べないほうがマシだと思うほうです。

樋口「はい、私は完全にオヤジです。オヤジ型老後不適応症ですね」


樋口 だから、上野さんの世代は贅沢を知って育ったのよ。私たちは飢えのどん底を生き抜いてきたから、なんだって我慢できます。それでパンをかじって牛乳を飲んでしのいでいたら、具合が悪くなっちゃったんだけど。

低栄養になって目が回って倒れそうになったとき、病院で血液検査をしてもらったの。そうしたら、医者の顔色が変わって、「これは消化器系の重篤な病気以外に考えられない」と。それで84歳にして初めて胃カメラを飲んだわけ。実際には、がん細胞ひとつすら見つからなかったんですけどね。

上野 素晴らしい。それはよかったですね。

樋口 それでも、ほかに悪いところがあるに違いないから入院しろと言われたんです。ただ、その頃には自分の状態を「中流性独居無精型栄養失調症」と勝手に命名していたから、もう入院なんかいらないと断って帰ってきちゃった。

上野 樋口さん、それは独居の高齢男性の領域でございますよ。食べたものが自分の身になるということが、よくわかっておられない。食生活管理の基本のキができないオヤジが、独居生活を始めるとかかる病気ですね(笑)。

樋口 はい、私は完全にオヤジです。オヤジ型老後不適応症ですね。

※本稿は、『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』(マガジンハウス)の一部を再編集したものです。

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