原爆投下の搭乗員と被爆者、双方の苦悩から発信する非戦のメッセージ 証言者減少の中で「伝えていく」広島テレビの使命感

2024年10月13日(日)6時0分 マイナビニュース

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●手記につづられた「私たちは何てことをしたのだろうか」
日本テレビ系ドキュメンタリー番組『NNNドキュメント‘24』(毎週日曜24:55〜)で、きょう13日に放送される『キノコ雲の上と下〜米兵の心に苦悩を刻んだヒロシマ〜』(広島テレビ制作)。1945年8月6日、広島に原爆を投下した米爆撃機「エノラ・ゲイ」の搭乗員と、投下された被爆者のそれぞれの思いに、資料や証言から迫っていく作品だ。
双方の視点から原爆投下を見つめることで、平和記念公園の原爆慰霊碑に刻まれた「過ちを繰り返さない」というメッセージの意味を広島から発信したいと制作に臨んだのは、広島テレビの渡邊洋輔ディレクター。今回の取材を通して受け止めたこと、世界で戦争が続く中でこの番組を放送する意義、そして被爆体験の証言者が減少する中での使命感などを聞いた——。
○原爆投下の経緯を伝えきれていないのでは
今回の取材のきっかけは、エノラ・ゲイの搭乗員たちが機密事項を吐かないため、自殺用の拳銃と青酸カリを持ち込んで任務に当たっていた事実や、原爆投下後に「鉛(なまり)の味がした」という彼らの証言があるのを知ったことだった。
「“広島の被爆者は悲惨な目に遭った一方、アメリカの戦闘機は大量殺戮をした”という“被害と加害”の構図でこれまでは捉えていました。しかし、搭乗員の置かれた立場や思いを知るにつれ、原爆を投下した人間もまた、戦争により深く傷ついていたのだと感じました。そこで、落としたアメリカ兵の視点に立って、原爆投下を見つめたい。投下する側とされる側、それぞれが戦後に抱えた苦悩と葛藤に迫り、伝えることで、戦争が生み出す残酷さと悲惨さを伝えられたら」(渡邊D、以下同)と動き出した。
この視点が生まれたのは、自身が和歌山出身で、広島という地域を客観的に捉えられることも背景にあるという。
「広島の原爆報道は、8月6日のことやその後のことを伝えていますが、なぜ原爆が投下されたのかという経緯や原因を伝えきれていないのでは、とずっと疑問に感じていたんです。原爆によってこんなに悲惨なことがあったと伝えるのは、僕らの報道の出発点であり一番のベースにあってしかるべきなのですが、それだけでは足りないのではないかと。そこで、今回はアメリカ軍の搭乗員の声や手記を軸にして、彼らがなぜ日本に対して正義感を燃やして戦おうと思ったのか、というところまで伝えるため、原爆投下に到った歴史的な経緯の部分も番組の中で紹介しています」
○「いったい、何人の日本人を殺したのだろう?」
搭乗員の遺族へのインタビューなど、アメリカでの現地取材は日本テレビ系列が協力して、NNNワシントン支局の記者が担当。その際に残された資料があるかを聞いてみると、地元の博物館に寄贈されていることが判明し、そこで今回放送する証言音声の一つを発掘した。
提供してくれたのは、「Jewish Museum of Maryland(メリーランド州ユダヤ人博物館)」。ここに、広島に原爆を投下した搭乗員の音声が残されているなど知る由もなかったが、取材を重ねてたどり着くことができたのだ。
発掘した音声や手記から搭乗員の印象に残る言葉は、副操縦士のロバート・ルイスさんがつづった「いったい、何人の日本人を殺したのだろう? 私たちは何てことをしたのだろうか」「私が100歳まで生きたとしても、この数分間が頭から消えることはないだろう」という苦悩。
一方、息子に対して「後悔していない、それはやるべき任務だった」と話していたレーダー担当のジェイコブ・ビーザーさんも、戦後に被爆者の女性と対面した後、「平和を願う世界の人々と心を一つにしよう。これが、広島と長崎で学んだことだ」と記しており、渡邊Dは「絶対に消えない傷や葛藤が彼の中にも深く残っていたことを知って、すごく心に響きました」と受け止めた。
●搭乗員を憎んで生きてきた被爆者の変化
“キノコ雲の上”にいたエノラ・ゲイの搭乗員たちとともに、今回のドキュメンタリーで主人公の一人として登場するのが、“キノコ雲の下”にいた近藤紘子さん(79)。生後8か月で被爆した彼女は、悲惨な光景を親から聞き、搭乗員を憎んで生きてきたが、10歳の時にアメリカの番組でロバート・ルイスさんと対面し、涙を流した彼の姿に「憎むのはこの人ではない。戦争そのものだ」と考えが変わった人物だ。
番組では、近藤さんが留学生らに、投下の惨状とその後の家族の物語を伝える姿を紹介しているが、渡邊Dは「大学の進学からしばらくアメリカで生活されていたというのもあって、ものすごくオープンマインドな方なんです。誰にも壁を作らず分け隔てなく接してくれる人で、私も初対面で昔からの知り合いみたいな雰囲気で驚きました」と印象を語る。
広島の平和記念公園を歩いていると、すれ違う外国人観光客に積極的に英語でコミュニケーションを取っており、「急に話しかけるので、カメラを回すのが間に合わないときもあって、本当にすごい人だと思いました」と、“語り継ぐ”バイタリティを実感した。
○資料を掘り起こすことと証言を残すこと
被爆地のテレビ局として原爆をテーマにしたドキュメンタリーや特集を数多く制作してきた広島テレビだが、戦後79年が経ち、被爆者ら当事者の高齢化が進む中で、取材の難しさは年々増しているという。
「原爆をはっきりと記憶している世代はほとんどが90歳以上になってくるので、例えば認知症になっていたり、長い年月の中で記憶が変わってしまうこともあるかもしれない。また、その少し下の世代の方だと、被爆当時の年齢が低く、記憶が鮮明ではないということもあります。今、その難しさの狭間にいる時期なのだと感じています」
さらに、エノラ・ゲイの搭乗員は2014年で全員亡くなってしまったため、今回の取材で直接話を聞くことはかなわなかった。それでも、「彼らの記憶や思いが新鮮な、原爆投下の時期に近い資料を集めようと考えました。それに加え、集めた証言を一次資料と突合させ、事実を積み重ねていくことを意識しました」と取材を進めた。
経験者らに証言を聞く機会が減少していくという大きな課題の中で、渡邊Dは「私たちにできることは、2つあると思います」と使命感を語る。
「一つは残されたものを掘り起こし、拾い上げるということ。例えば、戦争に行った兵隊の家の中には、手記などの資料が保管されている可能性があります。こういった資料は、公的施設に寄贈されていないことも多くあります。私たちが取材をすることで、眠っていたままの資料を掘り起こし、伝えていくという努力をしていく必要があると思います。
 もう一つは、まだご存命で語れる方に可能な限り取材をして、証言を残していくことです。私たちが放送してアーカイブすることで、人類共有の財産にする。今はデジタル技術も進み、様々な形で残すことができます。広島平和記念資料館とも連携しながら、ヒロシマの記憶を残す努力が必要だ感じています」
同局では、ドキュメンタリー番組を8〜24分のVTRに再編集して『広島テレビ平和教材』を制作。ホームページで教育関係者に限定して公開しており、全国からに加え、アメリカの高校からも問い合わせがあるという。この取り組みは、昨年のギャラクシー賞で報道活動部門大賞を受賞した。
●放送2日前の吉報「“ヒロシマの心”を多くの人に」
今も世界ではウクライナでの戦争に終わりが見えず、ガザやレバノンなどでも紛争が相次いでいる。そうした中で、この番組を放送する意義は何か。
「戦争は一度始まってしまうと、簡単に止めることはできません。劣勢に立たされても、“少しでも有利な条件を引き出して終戦したい”という思いが、長期化するほど強くなっていきます。日本が経験した戦争が、それを証明しています。戦争の終盤、ソ連の仲介に一縷の望みを託しポツダム宣言を黙殺した結果、原爆投下という最悪なシナリオを迎えました。翻って今のウクライナとロシアの戦争を見ても、お互いが少しでも有利な条件で終えたいという心理が働き、長期化し、エスカレートしていく姿が、当時の日本と重なる部分があると感じています。原爆の投下が再び起きて多くの人が傷つき、戦争を終結させるということになってはいけない。核の使用が二度と起きないように、広島から非戦のメッセージを伝えることが、この番組を放送するにあたっての思いです」
放送2日前には、日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞することが発表された。この吉報を編集中のスタジオで聞いた渡邊Dは、喜びとともに伝え続ける使命感を新たにしたという。
「本当に素晴らしいことだと心から拍手を送るとともに、代表委員を務めていた坪井直さんが生きていたら、とも思わずにいられませんでした。2016年、謝罪を求めずオバマ大統領(当時)と握手を交わした坪井さんは“我々は未来に行かにゃいけん”と語りかけました。人間の尊厳を保ち、アメリカへの憎しみを乗り越え坪井さんが遺した“ヒロシマの心”を改めて見つめなおし、伝えていく必要があると感じました。今回の番組で取材した被爆者の方々も、立場を乗り越え非戦を訴えるメッセージは坪井さんの訴えと重なります。“ヒロシマの心”が多くの人に届けばうれしいです」
○並々ならぬ思いで臨む吉川晃司「憎しみを超えて…」
ナレーターを務めるのは、広島出身の吉川晃司。『NNNドキュメント』で広島テレビ制作の原爆のドキュメンタリーを担当するのは2017年に始まり、今回で7回目となるが、「吉川さん自身、お父さんが入市被爆をされて被爆二世ということもありますし、来年還暦になるということで歳を重ねることで故郷への思い、そして原爆を投下されたヒロシマのことを伝えたいという気持ちがどんどん強くなっているそうなんです。並々ならぬ思いを持って私たちと同じ方向を見ているということで、今回もお願いしました」と起用の狙いを明かす。
収録を終えた吉川は「今、世界中で戦争とか、きな臭いことが起きている。何があっても、戦争に正義がないし、してはいけないんだっていうことを、このドキュメントを見て、全国のみんなに改めて今考えてもらう必要があると思いました。政治家とかじゃなくて、市民同士で話せば、思いが通じるんじゃないかって…。憎しみを超えて、許しを得る……すごいことだなと思いました」と感想を語っている。

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