「丼」じゃなくて「#」で読み解く、現代社会

なぜ世界中が「黒人の差別」に対して声をあげているのか #BlackLivesMatter|「丼」じゃなくて「#」で読み解く、現代社会 #061

Text: Shiori Kirigaya

Cover photography: Joan Villalon

2020.6.19

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アメリカのミネソタ州最大の都市ミネアポリスで、黒人男性が白人警察官に首を圧迫されて死亡した事件を受けて、米国内だけでなく大阪や東京を含む世界の都市で大規模な抗議活動が行われている。新型コロナウイルスの流行を気にしてマスクをしながらも、連日デモに参加する市民の様子をメディアで目にする人も少なくないだろう。この事件がこれほどまでに人々を怒らせているのはなぜだろうか。

※時として「白人」や「黒人」という言葉を使うことは差別的であるが、本記事では「白人と黒人の間にある人種差別の構造」を説明するためにそれぞれの語を用いている

ロサンゼルスでのBlack Lives Matterのデモの様子

これが初めての事件ではない

事件が起きたのは2020年5月25日のこと。食料品店で偽の20ドル札を使用したと容疑をかけられ、46歳の黒人男性ジョージ・フロイドが白人警察官に捕らえられた。彼は抵抗しなかったにも関わらず8分46秒にわたって首を足で押さえつけられ死亡した。その過度な取り締まりの様子が通行人によって撮影され、すぐさまインターネット上に広がった。そして彼を暴行した白人警察官はこれを受けて免職されたが罪に問われなかったことと相まって、市民の抗議に火がついたのだ。同行していた3人の警察官は現場での暴行を止めず、ジョージ・フロイドの扱いに抗議する通行人を払いのけていたが処分されなかった。

このようにアメリカ国内で黒人が警察官から不当な扱いを受けて死亡する事件は今回が初めてではない。2014年には帰宅する途中に警察官と言い争いになった18歳のマイケル・ブラウンが武器を持っていなかったにも関わらず6発以上の銃弾を浴びて亡くなった。同年には不当に逮捕されそうになった43歳のエリック・ガーナーが警察官の手を振り払ったところ、首を圧迫する「締め技」を使用されジョージ・フロイドと同様に「息ができない」と苦しみながら訴えたが窒息死した。いずれも警察官は不起訴となり、市民による抗議活動が広がった。(参照元:AlJAZEERA, BBC News, CBS NEWS)これらは氷山の一角にすぎないが、防犯カメラだけでなく、現場に居合わせた市民によって暴行の映像が撮影されSNSで拡散されることでいくつかの事件が明るみに出ている。

力とともに眠れ。Black Lives Matterは警察の暴力で亡くなった人たちに敬意を称します。#BlackLivesMatter #JusticeforGeorgeFloyed

そんななか黒人の人権がないがしろにされてきた問題に対する議論を生もうと、黒人女性のアクティビスト3人が始めたハッシュタグ・アクティビズムがある。現在も黒人差別問題を訴える標語として活発に使われているハッシュタグ#BlackLivesMatter(ブラック・ライブス・マター)だ。これは「黒人の命は大切だ」「黒人の命を軽視するな」「黒人の命の危機」*1などと訳される。発端となったのは2012年に地域の自警ボランティアであるラティーノ*2の青年に17歳の黒人トレイボン・マーティンが射殺された事件で、加害者が他の事件と同様で正当防衛を主張し翌年に無罪判決を受けたため市民から批判が相次いでいた。(参照元:BLACK LIVES MATTER, Neighborhood Funders Group

今回のデモではこれまで以上に、人種的マジョリティである白人の参加者も目立つなど若者を中心とした多様なバックグラウンドの人々が、人種差別を許さない考えを示し警察や司法の改革を求めて声をあげている。(参照元:BBC News

▶︎ハッシュタグ・アクティビズムについてはこちら

(*1)他の命の扱いと比較したときの黒人の現状を表す「黒人の命も大切」と訳す人がいれば、黒人の命をとにかく中心に据える「黒人の命が大切」と訳す人もいるなど、日本語にどう訳すかには議論がある。またBlack Lives Matterでは「黒人の命だけ大切だ」といっているように聞こえると「All Lives Matter(すべての命が大切)」という言葉を使う人もいるが、それでは「黒人の命が大切にされていない」という危機的な現状を変えるための標語であるという本質が伝わらず間違いだという指摘が多くされている。

(*2)ラテンアメリカ系の人々を指す。同じラテンアメリカ系の人を指す「ヒスパニック」はラテンアメリカ系のなかでもスペイン語圏にルーツがある人をいう。

背景にある構造的な差別

黒人に対し暴力が繰り返されている背景には、アメリカで建国前から続く複雑で構造的な人種差別がある。アメリカはイギリスから渡ってきた白人がネイティブアメリカンが居住していた土地に建設した植民地に始まった国で、黒人はアフリカから奴隷として連れて来られ長きに渡って制度上で人権が制限されてきた。また支配層であった白人が黒人を暴力性と結びつけ、“脅威”とみなすことで意識的にも管理と排除の対象とされてきたといえる。(参照元:『13TH』)公民権運動が盛んに行われ人種隔離政策が撤廃された後も、黒人居住区に充てられる予算は白人居住区のものより少ないなどの差別が続き、経済・教育・健康の格差が現在においても広がっているのだ。(参照元:Financial Times, Mapping Ineuality

さらには、度々問題視される過剰な権力の行使などの警察の残虐性、“現代の奴隷制度”とも評され経済システムに組み込まれている刑務所ビジネス、“白人に優しく黒人に厳しい”司法の問題などが絡み合う。アメリカの警察には“黒人差別法”の履行をしてきた歴史があり、犯罪者を投獄することで管理しようとする考えとレイシャル・プロファイリング*3により、他の人種的マイノリティに比べても多くの黒人が投獄されてきたといわれる。白人と黒人が同じ犯罪を犯しても、黒人のほうが重刑を下されたり、高い保釈金を要求されたりすることが少なくないのだ。(参照元:American Sociological Association – Department of reserch and development, Britannica, The Guardian)アメリカ自由人権協会によると一生のうちに収監される男性の割合は、黒人では男性全体の1/3なのに対して白人では男性全体の1/17。(参照元:American Civil Rights Union)改革が一部で進むものの、アメリカの刑務所では更生させることではなく罰することに重きが置かれるために収容者の低賃金労働が正当化されているケースがみられ、施設にサービスを提供することで利益を得る業者も存在する。(参照元:Kamau Littletree-Holston, Mission Inverstors Exchange, The Guardian, TIME)このように交差した構造はすでに根深いもので、負の連鎖から抜け出すのはたやすくない。加えて、黒人のなかでも性別やセクシュアリティなど他の面でもマイノリティであるとより弱い立場に立たされてしまう。

(*3)人種的要素によって犯罪捜査におけるターゲットを絞ること

変革は起こせるのか

新型コロナウイルス感染症による被害においても高額な医療費を払うことができず適正な治療を受けられなかった黒人の死亡率が高いなど、人種間の経済格差が浮き彫りになったアメリカを中心に続く今回のデモ。(参照元:CNBC News)それらによってなんらかの成果は得られたのだろうか。

※動画が見られない方はこちら
『スターウォーズ/フォースの覚醒』に出演したことで知られる俳優ジョン・ボイエガがロンドンのハイドパークで開催されたデモで発言する様子。「この後、自分のキャリアがどうなってしまうかわからないけれど、そんなことはどうでもいい」とデモ参加者に熱く語りかけた。

ジョージ・フロイドが殺害されたミネアポリスでは、殺害に関わった警察官全員が有罪となっただけではなく、捜査における「絞め技」の使用禁止が議決され、警察組織を解体して建て直すことが決まった。そのほかにも警察法がニューヨーク州で改正され、市民が全米各地の通りに「Black Lives Matter」とペイントする動きがあっただけでなく首都ワシントンD.C.では市長がホワイトハウス前の通りの名を「Black Lives Matter」に改名している。またアメリカをはじめイギリスやベルギーの都市で、奴隷制度維持に関わった人物の銅像を市民が破壊したり行政側が撤去を決めたりするなど、差別行為を許さない人たちの思いが目に見えた。その一方で、デモを行う市民を警察が暴力的に取り締まる例があったり、アメリカでは大統領が連邦軍を派遣して鎮圧したりするなど、変革を望み平和的な行動を起こす人でさえも排除しようとする姿勢もみられたのだ。

そして残念ながら、デモの勢いが増すなか2020年6月にもアメリカで飲酒運転の疑いで取り締まりを受けた黒人男性が抵抗したため白人警察官に撃ち殺されるなど類似の事件が後を絶たない。市民の声を受けてアメリカ大統領は新たに警察改革のための大統領令に署名したものの、具体的な政策は「締め技」の禁止や過剰に実力を行使した警察官のデータベース化のようなものにとどまるなど、不十分であると批判を浴びている。全ての人が「人種」や見た目にかかわらず分け隔てなく扱われるようになるまでには、これからも多大な時間を要するのかもしれない。

このように歴史を遡ってみると、現代社会で起きている事柄の複雑な背景がみえてくる。日本でも黒人に対する差別をはじめさまざまなレベルで外見や属性の違いを理由にした差別が行われているが、それにはどんな事情が関わっているのか。今回の事件を遠い国で起きた出来事とみなして距離を置くのではなく、身近な事柄と関連づけて考えてみてほしい。

#BlackLivesMatterについて考えるうえで知っておきたい概念

人種
外見的特徴で人を分類する「人種(race)」という概念は、人に優劣をつけ植民地主義や人種差別を正当化するために社会的に構築されたもので、科学的な分類ではないという見方が強い。遺伝子学では同様の分類をすることができない。(参照元:朝日新聞, National Geographic ①, National Geographic ②)これに対し、文化的背景などのバックグラウンドを表す「エスニシティ(ethnicity)」が使われることが多い。

黒人
主にアフリカ出身者の子孫のアフリカ系の人を指す。アメリカでは奴隷として連れてこられた人の子孫のアフリカ系の人のみを指す定義もあるが、オバマ前大統領のように異人種間に産まれており奴隷の子孫でなくても黒人を自身のアイデンティティとする人・黒人とみなされる人が少なくなく、カリブ系や南アメリカ系などの肌の色が黒い人たちも肌の色という外見的な特徴からそれに含まれることが多い。またアメリカで過去に人種差別法として存在した「ワンドロップ・ルール」が現在も人々の意識にあり、本人に黒人の血が一滴でも流れていれば公的書類や国勢調査などの項目で個人の人種・エスニシティを選択する際に「黒人」を選ぶことが少なくない。それは他のマイノリティの血が入っている人に関しても同様である。(参照元:The Harvard Gazette, TIME, Pew Reserch Center, USA TODAY

白人
主にヨーロッパ出身者の子孫の肌の色の白いヨーロッパ系の人を指すが、北アフリカ系や中東系の人を含む肌の色の白い人たちに対しても使われる。すなわちアフリカにルーツがあっても、白人を自身のアイデンティティとする人・白人とみなされる人が存在する。(参照元:American Journal of Public Health, Cronkite News)過去にはアメリカを建国した支配層であるWASP(「白人」のアングロサクソン系*4でプロテスタント)の人たちのみを「白人」とし、彼らにとって「新移民」であったアイルランド系・イタリア系・ユダヤ系などの移民を「非白人」として排斥の対象にしていたなど、時代によって「白人」の定義は異なっている。(参照元:BBC①, BBC②, City College of San Francisco

(*4)ここでは主にアメリカへ渡った初期移民であるイギリス系の人々を指す

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