町山智浩『なぜ君は総理大臣になれないのか』を語る

宮藤官九郎『なぜ君は総理大臣になれないのか』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年9月29日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を紹介していました。

(町山智浩)そしたらね、水道橋博士が「この映画、紹介しないの、町山くん?」みたいな。「ええっ、知らないよ、この映画?」っていう話で。それで見てみたらすごくいい映画だったんですよ。

(赤江珠緒)へー! ああ、そうですか。

(町山智浩)はい。で、これはもう6月からずっと公開されていて。僕、全然知らなくて。『なぜ君は総理大臣になれないのか』というタイトルなんですよ。

(赤江珠緒)なんか6月に金曜たまむすびに監督さんが来てくださったっていう情報もスタッフから……。

(町山智浩)そうらしいですね。大島渚監督の息子さんでドキュメンタリー作家の大島新さんっていう人なんですが。僕、1回園子温監督と飲んでいてお会いしたことがあるんですが。それでですね、この映画はまあすごく面白かったんですよ。で、早く知っていれば紹介したのに……と思ったんですけど。これはね、立憲民主党の衆議院議員の小川淳也議員を追ったドキュメンタリーなんですけど。なんとですね、この2003年からずっと追いかけたドキュメンタリーなんですよ。

(赤江珠緒)それも長いですね。2003年から?

(町山智浩)これね、大島監督自身がね、どんどん白髪になっていくのが映っていて。で、小川さんの娘さんたちがいて。最初はお父さん、お母さんが選挙で一生懸命だから、おばあちゃんに預けられてウェンウェン泣いているんですよ。ちっちゃくて。でもその子たちがこのドキュメンタリーの最後の方だとハタチになって。「私の父をお願いします!」とか言って選挙活動をしてるんですよ。すげえ時間が経っちゃっているんですけども。そういうね、構想10何年というすごいドキュメンタリーで。

それでこの小川淳也議員。この人は統計不正問題というのがあった時に非常に有名になった人なんですね。統計不正っていうのはあれ、去年ですよね? 覚えてませんか? 厚労省が賃金とか雇用の現状について、統計の数字をいじっていて。

(赤江珠緒)うんうん。全部ベースが変わってきちゃうっていう。

(町山智浩)そうそう。だから景気の調子がいいように見せかけていたという。アベノミクスがうまく行っているように数字をいじって見せかけていたという。それの問題を追求した人がこの小川さんという人なんですよ。で、イケメンだったんで「統計王子」なんて呼ばれたりもしていましたね。で、非常に素晴らしい国会での演説で有名になって。「政権に尻尾を振れば官僚は出世して、逆らえば飛ばされるという状況で正しい政治ができるのか?」っていうようなことを言って非常に注目をされた議員なんですけども。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、このドキュメンタリー、なぜその大島監督が彼を撮り続けようと思ったかというと、まさにタイトル通り、総理大臣になれる要素が取材をすればするほど感じられなくなるっていうドキュメンタリーなんですね。

(赤江珠緒)「感じられなくなる」?

小川淳也という政治家

(町山智浩)そう。「この人は総理大臣になれないんじゃないか?」という風に監督は何度も思っていくのが言葉で語られるんですね。で、まずこの小川議員はどういう人かというと、両親はちっちゃい美容院を営んでいる人なんですよ。香川県で。そういう家庭で生まれて。ただ勉強ができたので東大を出て、総務省の官僚になって。ところが2003年に退官をして、32歳で当時の民主党から出馬したんですけれども。でも、その香川県の地元では絶対に選挙で勝てない人なんですよ、この人は。

(赤江珠緒)ほう。

(町山智浩)というのは、香川県のその彼のライバル……その地元で絶対的な権力を持っているのは平井一家という一家で。今、その平井卓也さんっていう人は三世議員としてですね、菅内閣でデジタル改革担当大臣をしてる人なんですよ。

(山里亮太)ああ、はいはい!

(町山智浩)それで祖父も父も大臣で。お母さんは四国新聞という香川の圧倒的なシェアを誇る新聞社の社主なんですね。この平井一族というのは元々、その四国新聞の創業一族でもあるんですよね。さらにですね、この一族は西日本放送という、そこの地元の第一民放のテレビとラジオも仕切っているんですよ。だから地元のメディアを全て、完全に抑えていて。しかも長年、その地元の政治と経済をはっきり言って支配している一族なんですね。

(赤江珠緒)地盤が強固なわけですね。

(町山智浩)その強固な地盤に対して美容院の息子が立ち向かったので。まあ地元では勝てないんですよ。で、彼はだから比例で議員になっていくんですけどもね。で、この彼にその大島監督が「この人を追いたい」と思わせたのはですね、非常にビジョンが大きい人で。日本が少子化によってどんどん人口が減っていって、経済とかがどんどん停滞、ないしはどんどんダメになっていくのを救うための、もう何十年にも及ぶビジョンを全部自分で組み立てて、それを発表した人なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)それをすれば日本は救われるだろうという。で、すごく大きなビジョンを持っているんですけれども、ただその国全体を見るビジョンを持っていても、日本という国の政治では地元での選挙に勝てなければ絶対に大臣になれないんですね。比例で勝つと、要するに党からすると「勝たせてあげた」っていう感じになっちゃうんですね。「人数合わせのためにお前が必要だったから、比例に入れてやったよ」っていう世界なので。

だから党の中で全く立場がなくなっちゃっうんですね。だから彼のように「地元よりも国」っていうビジョンで考えてる人っていうのは、まずなかなか政治家にはなれない。ちゃんとした権力とか、大臣の座になかなかつけないという問題がひとつあるんですよ。こういったことは、その総理大臣になれない理由としてどんどん出てくるんですよ。

(赤江珠緒)ああー。

(町山智浩)それでさらには、この映画の中で一番怖いのは、小池百合子さんなんですよ。これね、民主党って結局ガタガタになっちゃって、民進党っていう風になったじゃないですか。で、その時に自民党の安倍政権に対して対抗できる大きな野党を作らなければならないということで、野党が大同団結して安倍政権に立ち向かおうということで。その時、「小池百合子さんの下に集まる」という形を取ろうとしたんですよ。それが「希望の党」という名前でやったんですけれども。その下に民進党が入ろうとしたんですね。その時、小池百合子さんが「憲法改正に反対する人は入れない。排除する」って言ったんですよ。

(赤江珠緒)そうでした。はい。

(町山智浩)それで、民進党から立憲民主党が分裂したわけですね。だからすごいのは、「大同団結をするため」だったのに、分裂をさせられちゃったんですよ。

(赤江珠緒)そう。そこでふるいにかけるみたいになりましたもんね。

(町山智浩)そう。逆の方向に行っちゃったんですよ。その小池さんの排除っていうので。で、この時にその小川さんがものすごく悩むんですよ。彼自身は憲法改正には反対なんですよ。でも、それで立憲民主党に行くべきなのか? でも彼自身は民進党の中央部の人たちとの義理とかがあるわけですよ。仁義とか。だから結局、希望の党の方に行っちゃうんですよ。自分の信念を曲げて。そしたら今度、地元で選挙活動してるところですごい映像が入るんですけど。地元の人、商店街の人に握手をしようとしたりすると拒否されるんですよ。バーン!って。「あんた、何? 希望の党に行ってるのよ? 言っていることが違うじゃないの? 憲法改正すんの?」みたいな。

(赤江珠緒)まあ、そこは結構根幹というか。信念としてはね。

(町山智浩)そう。それがモロに映っているんですよ。で、選挙で負けちゃうんですよ。これはキツいシーンですよ。それで本人は本当に「ううう……」みたいな感じで。そういうところもすごく正直で。なんか、そういう人はいい人すぎて大臣にはなれないんじゃないの?っていう映画なんですね、これ。

(赤江珠緒)ああ、そういうことね!

(山里亮太)それで『総理大臣になれないのか』っていうんだ。

いい人すぎて総理大臣にはなれない

(町山智浩)そうなんですよ。で、この小川議員は野次とかを飛ばされても、その人に対して「ありがとうございます」って言うんですよ。「ご意見は参考にさせていただきます」って言うんですよ。で、それは彼自身の信念で。「選挙っていうのは100パーセントのうちの51パーセントを取れば勝てる。でもその時、残りの49パーセントの人たちの意見も聞かなければいけないんだ」って人なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、それはなるほど、民主主義としては本当に正しいですね。

(町山智浩)「その残りの49パーセントの人を批判したり、叩いたり、拒否したりしてはいけないんだ。政治家っていうのは代表だから、選挙に勝つとその人たちに対しても責任を持つ人になるわけで。だから、その人たちを排除してはいけないんだ」っていう人なんで。これは、たとえば日本のその安倍総理大臣が自分に野次を飛ばした人に対して「あの人たちに負けるわけにいかない」って言ったり、野次を飛ばした人を警察を使って排除したりしたわけですけど。でも、そっちの方が勝てるんですよ。で、彼もはっきり言うんです。「49パーセントを切り捨てる人っていうのが勝っちゃうんですよね」って言うんですよ。

(赤江珠緒)意見が違うと「敵」とみなすっていうのがね。

(町山智浩)そう。アメリカのトランプ大統領もそうなんですけども。とにかく今、「分断して排除していくことでコアな支持層を固めていくことで勝つ」っていう風に政治の流れが世界全体で変わっているんですよ。全体を包み込むような包括的な政治家になろうっていう人はオバマさんで終わった感じになっちゃってるんですよね。今ね。だからその中で彼、小川議員はどんどん勝てない、いい政治家になっていくというドキュメンタリーでしたね。これね。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)すごく、なんていうか逆説的ですよ。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

(町山智浩)だからつまり、彼は今の日本の政治だと総理大臣にはなれないんですよ。正直すぎて。

(赤江珠緒)能力とかそういう問題じゃなくて。そういう、いろんなしがらみだったり、システムだったり……そういうことか。

(町山智浩)そういう話で。非常に皮肉で面白いドキュメンタリーでね。

(赤江珠緒)そうですね。で、またこれはそういう意味ではこの人1人の問題じゃなくて。じゃあ、普通の人が政治家になっていく道ってどうなの? こんなに細くなっちゃっていいの?っていうのもありますよね。

(町山智浩)その通りなんですよ。だから本当はこういう人が政治家になれなければ、総理大臣になれなければいけないのに、この人は今の現状だと絶対になれないだろうなという話なんですよね。で、まあすごく水道橋博士がね、「これを絶対に紹介してくれ!」って言ったんですけども。これは今、もう劇場公開が終わりかけていて。ポレポレ東中野で公開中なんですけども。ただ、10月2日(金)まで、オンラインで公開をしているんですよ。

(赤江珠緒)へー! オンラインで?

(町山智浩)オンラインで、ネットで見れますんで。ぜひ見ていただきたいなと思います。

(赤江珠緒)へー! 見たいな。そうですか。

(山里亮太)オンラインで見れる。それはいい!

<書き起こしおわり>

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