宇多丸とbeipana Lo-fi Hip Hopを語る

宇多丸とbeipana Lo-fi Hip Hopを語る アフター6ジャンクション

beipanaさんがTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。宇多丸さん、宇内梨沙さんとLo-fi Hip Hopについて話していました。

(宇多丸)さあ、ということでまずはこれぞLo-fi Hip Hopだという曲を聞かせていただきましょう。beipanaさんに選んでいただいたんですね。

(beipana)はい。ではElijah Whoで『it’s finally raining again』です。

(宇多丸)はい。ということでElijah Whoの『it’s finally raining again』というトラックを聞いていただいております。これがこれぞLo-fi Hip Hopというような?

(beipana)そうですね。

(宇多丸)まあ、普通のヒップホップのメロウなトラックですよねとも言えるけど、全く展開とかしないし。これ、だから普通のインストヒップホップだとしたら、もうちょっとスクラッチを重ねたり、フレーズが重なってきたり。要はずーっと聞いていられるような工夫を普通はするもんだけど、これは全く展開とかしない。あと、まったりしすぎ。

(beipana)そうですね。

(宇内梨沙)たしかにカフェでずーっと流れているようなBGMみたいな。

(宇多丸)というようなところがやっぱりキーな感じがするけど。音楽像そのものがそこまで変わってるわけではないというのも感じますね。

(beipana)そうですね。

(宇多丸)でも、これがLo-fi Hip Hopなんですね?

(beipana)そうですね。代表的な。

(宇多丸)ということで、どういうことなのかをうかがっていきましょう。謎が謎を呼ぶ新たなヒップホップ……なのか? Lo-fi Hip Hopって一体なあに? 特集! 

(宇内梨沙)ということで、去年2018年、ストリーミングサービスSpotifyで急成長したジャンル第2位に選ばれたほど勢いのある未知のジャンルがLo-fi Hip Hop。ヒップホップが本業の宇多丸さんさえよく知らないというこのLo-fi Hip Hopについて、DJのbeipanaさんに詳しく解説していただきます。

(宇多丸)よろしくお願いします。実はね、この曲を聞きながら話していた普通のこのトークの中で、ちょっとまた「ああっ!」っていう発見もあったりしましたけど。それは後ほどしていきましょうかね。

(宇内梨沙)ということで、今夜は前編・後編に分けてお話しさせていただきます。前編はLo-fi Hip Hopの成り立ちについて。後編はLo-fi Hip Hopがどのように発展し、そしてこれからどうなっていくのか。それぞれ解説していただきます。ちなみに今日の特集に流れているBGMは全てLo-fi Hip Hopということです。

(宇多丸)なるほど。まあBGMに向いているっていうことはラジオとかでめちゃめちゃ重宝するっていうことですよね?

(beipana)まさに。これが正しい聞き方かもしれないという。

(宇多丸)なるほど。ということで前半に行ってみましょう。

(宇内梨沙)それでは行きます。ジャパニーズアニメのDNAが流れる音楽ジャンル? Lo-fi Hip Hopの成り立ちとは?

(宇多丸)はい。ということでLo-fi Hip Hop。beipanaさんの方から音楽的な特徴を教えていただけたらと思います。何度も言いますが、これは80年代、90年代のまだサンプリングですごく、それこそローファイな音質がかっこいいとされていた時代のヒップホップではないんですよね。そういうことじゃない?

(beipana)そうですね。まあ前提としては、そのラップのバックトラックではないという。インストでもう成り立つ。いわゆるカラオケとしても曲として成立してるものというのがまず、特徴です。かつ、さっきの曲のように意図的に汚れている……ここは80年代、90年代と同じかもしれないですけども、汚している、荒い音像とヨレている音質。ペナペナなスネアが入っていたみたいな。

(宇多丸)あえてのショボい感じがあったり、あとはあえてウニュウニュ、なんかちょっとヨタッた感じを出したりとか。

(beipana)そうですね。ここまでも別にあったんじゃない?っていう感じなんですけれども、さっき言った通り「インスト」っていうところが特徴で。いわゆるアンビエント的で、ラップのトラックよりもちょっとテンポも遅いですし。どちらかと言うと、いわゆる90年代のUKで流行ったトリップホップって言われるものに近いんじゃないかなって。

(宇多丸)なるほど、なるほど。たしかにね。ただ、トリップホップだってもうちょっとスクラッチを入れたり、フレーズを入れたり、意味的な要素を付け加えていたけど。そこが完全に削ぎ落とされているっていうところがね。

(beipana)なんか虚無になったトリップホップっていうか。そういう感じがします。

(宇多丸)ああ、なるほど。面白いですね。で、Lo-fi Hip Hop。生まれたのはいつごろなんでしょうか?

(beipana)これもまとめている海外のサイトがありまして。そこでいろいろ書かれてこととしては、生まれたのは2013年。オランダのChillhopというレーベルがありまして。そこのレーベルがDJミックスをYouTubeにアップしたんですね。その名前が「lofi beats」っていう名前がついていて。まあ、こうい音源をコンパイルしたDJミックスではじめて「lofi」という名前をつけたのが彼らなんじゃないか?っていうことで。一応、始祖としてそれがオーソリティーだ、みたいなことになっていると。

(宇多丸)なるほど。まあ、もうすでに6年前ですから、かなり前っちゃあ前ですね。そして、どういう風に拡大していったのか?

(beipana)そこからいろんなチャンネルが同じようにミックスをUPしていって。で、2016年から2017年にかけて急速に盛り上がりを見せます。その背景としては、あとでも説明しますけれども、YouTubeのストリーミング(生配信)の機能を使って、24時間365日ずっとかけ続けるっていうことをやったんですね。それによって、聞く人の数がめちゃめちゃに増えて。すごくリスナーの母数も増えたし、おそらくは作る人の母数も増えたんじゃないかと。

(宇多丸)しかも、インスト的にというかBGM的に使いやすいわけだから。要するに朝起きて、ちょっとつけてずーっとかけながら何かするとか、とにかくながらの時にいつでもアクセスすれば、そのながら用音楽がノンストップで流れているっていう状態ですもんね。そういう便利さっていうことですか?

(beipana)そうですね。おっしゃる通りですね。で、僕もそのブログをUPした時の反応としてあったのが、「ああ、職場で流れているのって、これか」みたいな反応があって。

(宇多丸)だから聞いたことはあるけど……。

(beipana)そう。「これ、Lo-fi Hip Hopっていうんだ」みたいな。で、これの面白いのが普段、ヒップホップを聞いていない人が聞いているっていうところで。そこもちょっとポイントとしてあるんですよね。

(宇多丸)そうか。ヒップホップ・プロパーの人がそれこそね、ラップとかそういうのを中心に聞いているような人がこうして首を振りながら、腕をこうやりながら聞くわけじゃなくて。

(beipana)もうオフィスとかで。

(宇内梨沙)日常の中の音の一部として聞いているっていう。

(beipana)そうなんです。で、2018年に関してはグラミー賞が開催されたタイミングで、海外でなんですけども「今年のグラミー賞はLo-fi Hip Hopに決まりました」みたいなツイートを冗談でしたら、それがものすごい数、リツイートされたんです。15万回ぐらい。つまり、それぐらい認知されていて、ギャグとしても成立するぐらいの知名度、認知度になっていたということですね。

(宇多丸)うんうん。なるほど。聞いている層っていうのはだいたいどんな人たちなんですか?

(beipana)若い人たちが多い。10代ですとか20代の人たちが多いっていう風には言われていますね。

(宇多丸)しかも、そのストリーミングチャンネルであることの意味で、そこのYouTubeのチャット機能と関連をしているという?

(beipana)そうですね。そこで結局何が話されているかっていうと、要は眠れない若い子たちが他愛もない話……個人的な悩みとか恋愛とかっていう話をそこでしてるとか。だから、さっき言った冒頭の「コミュニティー」っていうのは、まあチャット機能っていうのが結構キモになっていて。BGMで流しながら何かをしている人もいれば、その流しているチャンネルのチャットでもコミュニケーションをしているっていう。

(宇多丸)つまり、このまったりとしたヒップホップのトラックを流しながら、若者たちがカチャカチャカチャカチャとチャットをして。これは音声チャットだったりするの?

(beipana)いや、完全に文字ですね。

(宇多丸)文字でこうやってチャットをして……っていうシーン? コミュニティー?

(beipana)コミュニティーですね。

(宇多丸)それをトータルして「Lo-fi Hip Hopなシーン」っていうことなんですかね?

(beipana)そうですね。だからこのヨタったビート+チャット+あとで出てくる画像的なものも含めての、それがLo-fi Hip Hopのいくつかの要素だということです。

(宇多丸)ねえ。聞けば聞くほど「なんじゃ、そりゃ?」っていうのが増えていくっていうかね。しかも、いまおっしゃったその画像。チャットをしていて、このまったりした曲が流れている。そこの画像もまた特徴的っていうことなんですね?

(beipana)そうですね。で、そのライブストリーミングで使われているサムネイルの画像っていうのが日本のアニメを使った画像が延々とループされて表示されているという。

(宇内梨沙)ええっ?

サムネイルに日本のアニメ風画像が使われる

(beipana)たとえば『耳をすませば』の主人公の女の子が勉強をしているシーンとか。

(宇内梨沙)雫が頬杖をついて勉強しているシーン。

(beipana)そうです。なぜか?っていうと、要するに勉強のBGMにもなるし、働く時のBGMとしても使えますよっていうのを暗示しているようなアニメーションを使っているっていう。

(宇多丸)作業用BGMのマークというか。でもここでなぜ、わざわざ「作業用BGMですよ」っていうことを示すのに日本のアニメの画像を使うのか?

(宇内梨沙)よく景色の写真とかだったりしませんか?

(beipana)なぜかっていうと、そのビートメイキングしてるビートメイカーの人たちが子供の頃に見ていたのが「アダルトスイム(Adult Swim)」 っていうですね、アメリカのカートゥーンネットワークのプログラムですね。

(宇多丸)アダルトスイム?

Adult Swimの影響

(beipana)で、そこで流れていたのが『カウボーイ・ビバップ』だったり『攻殻機動隊』といったような大人向けのアニメを専用で流すチャンネルがあったんですね。で、そういうのを幼い頃に見ていて。

(宇多丸)へー!

(beipana)で、さらに『サムライチャンプルー』もそこで放送されていたので、そのサウンドトラックとしてますNujabesだったりとか、トリップホップ的な音楽がその影響元としてあるんです。

(宇多丸)えっ、つまりこれは渡辺信一郎監督が『カウボーイ・ビバップ』や『サムライチャンプルー』をやっていて。要は、渡辺さんがすごく当時、ここの横にいる構成作家の古川耕さんが渡辺信一郎さんと親しいというか、お仕事もされていた関係で、すごくヒップホップが好きで、作中にもヒップホップを使っているなっていうことはリアルタイムでもちろん知っていたんですけど。それを子供の時に見ていた海外の若い子たちが、そのアニメのバックミュージックとしてのヒップホップ……Nujabesとかの音楽をクールだと思って、それをいまに受け継いでるという、そういう構造ですか?

(beipana)そうです。らしいです。これは実際にそのトラックメーカーの方が、そういうコミュニティーというか、掲示板みたいなところで言っていて。それで影響があったという。

(宇多丸)これ、日本のアニメとかって向こうでは結構オタク趣味っていうか。なんていうか、やっぱりヒップホップとかそういうものとは離れたところにある文化だったりしないんですか?

(beipana)それが、実はイケてる遊びだったっていう風に言われいて。これを教えてくれたのが、小袋成彬さんというシンガーの方で。Lo-fi Hip Hopのブログを書いたら、小袋さんが僕に「会いましょう」っていう風にコンタクトをしてきてくれて。それで教えてくれたんですけど、彼曰く、彼がやり取りをしているビートメイカーが、そういうアダルトスイムって深夜しか放送をしていないので、それを見れる人っていうのは限られている。親が許してくれないと見ることができない。で、そういう風に見せてくれるような家に夜中にみんなで行って、ちょっと酔っ払ったりしながらそういうアニメを見るっていうことがイケてる遊びだったっていう。

(宇多丸)へー! どっちかっていうと、クールなものだったっていうことなんだ。しかもその小袋成彬さんの話。さっきね、実は曲を聞きながら「つながった!」って言っていたのは僕、さっき最初にかけていただいたElijah Whoの『it’s finally raining again』を聞いて、これは俺がこの『アフター6ジャンクション』が始まった初期にスマートスピーカーのコーナーで毎週1曲、選曲して紹介するっていうコーナーがあって。そこでNinjoi.っていうアーティストの作品を紹介したんですね。

宇多丸 Ninjoi.『Castle in My Mind』を語る
宇多丸さんがTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でNinjoi.『Castle in My Mind』を紹介していました。(宇多丸)ということで、日比さんも愛用されているというスマートスピーカーですけども。そこでこんな音楽を鳴らして...

(beipana)はいはい。

(宇多丸)で、Ninjoi.っていう名前からしても、日本のアニメとか、そういう影響をすごく受けている人で。日本にも最近来日されてDJとかをされていたんですけど。そのNinjoi.と宇多田ヒカルさんがニューヨークで知り合いになって。いま、宇多田さんは小袋さんとも一緒にいろいろとやられているじゃないですか。で、日本に来た時にもそのNinjoi.がプレイしているところに宇多田さんが現れてたりして。

(宇多丸)で、Ninjoi.はたしか小袋さんのライブにも参加したのかな? なんかそれで来たみたいなことも言っていたと思うんで。Ninjoi.くん。だからNinjoi.くんは完全にLo-fi Hip Hopっていうくくりの人だったんだっていうことを僕は今日、気づきました。

(beipana)ああ、小袋さん、言ってました。クイーンズ出身の……って完全にこの人の話で。そうだ。

(宇多丸)だから僕はそのNinjoi.くんの曲をLo-fi Hip Hopというジャンルとは知らずに「ああ、こいついいな」って思って番組で紹介していて。「変な人がいますねー」なんて言っていたんだけど、完全に……でも、そのNinjoi.くんと小袋さんとか宇多田さんがつながったっていうのも、なんかどういうラインなんだ?って思っていたんだけど。ニューヨークってそんなに狭いのか?って思っていたんだけど、まさにそういうシーンっていうことですね。

(beipana)そうですね。で、彼曰く、そういうアニメってかっこいいものなんだよっていう。で、なくなったXXXテンタシオン。彼もYouTubeでNARUTOのアニメーションを使っていたりするんですけど、それも同じことなんじゃないかって。要は、なんでみんなあのあたりのラッパーがアニメを使うのかみたいなところも結局、アダルトスイムで夜中に放送されていたんで。ちょっと日本と少し違う、輸入されたイケてる文化として人気を得ていたんじゃないかって。

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