『ウィザードリィ』とメディアミックス 『隣り合わせの灰と青春』が果たした役割とは
近年、ゲームの漫画化やノベライズ、TVアニメに舞台化など、さまざまなメディアミックスが行われることは珍しくありません。その源流の一角にあるのが古典的コンピューターRPG『ウィザードリィ』でした。
『隣り合わせの灰と青春』がもたらした衝撃
2023年現在、ゲームのコミカライズやアニメ化はごく当たり前に行われています。しかしながら家庭用ゲームの黎明期、ファミリーコンピューターの時代には当たり前のことではありませんでした。
それでも多くの人がゲームに可能性を見い出しており、1986年には『スターソルジャー』(ハドソン、現コナミデジタルエンタテインメント)が劇場アニメ化され、その後も『BUGってハニー』(ハドソン、当時)がTVアニメ化とゲームの両軸で展開されるなど、いまで言うメディアミックスの流れは徐々に生まれつつあったのです。
それらの動きの中でも後世に大きな影響を与えた作品といえば、1988年に情報誌『ファミコン必勝本』(JICC出版局、現宝島社)で連載された『小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』になるでしょう。ちなみにファミコン版『ウィザードリィ』は、1987年12月22日にアスキー(当時)より発売されています。
コンピューターRPG『ウィザードリィ』を原作としてベニー松山氏が紡ぎあげた本作『隣り合わせの灰と青春』は、わずかな文字とドット絵、音楽で表されていた世界を、「意志を持った人間たちが住む世界」へと引き上げたエポックメーキング的な作品です。それまで「ピコピコ」などと揶揄されてきたビデオゲームが、本格的な文学作品となり得る可能性を知らしめた功績は計り知れません。
また、ベニー松山氏が「協力」でクレジットされている、石垣環氏の手によるコミカライズ『ウィザードリィ』(JICC出版局、当時)も、当時としては極めて珍しい事例です。迷宮に挑戦した若者たちがかつて悲劇を経験した大人たちに導かれて成長し、やがて自らの力で歩み始める物語は、ゲームの中では文字と数字で構成されていたはずのキャラクターが、人として生きている存在であることを克明に描き出していたのです。
それまでも「月刊コロコロコミック」(小学館)で連載された『ファミコンロッキー』(あさいもとゆき)のように、ゲームを題材としたマンガはありましたが、ゲームの世界観そのものを膨らませた作品となると、この両作品が最初期のものとなるでしょう。
その後、1990年には久美沙織氏の小説『ドラゴンクエスト 精霊ルビス伝説』(エニックス、現スクウェア・エニックス)が登場し、ゲームのノベライズは確固たる流れとして定着します。
マンガについてもやはり1990年にエニックス(当時)から「4コママンガ劇場」シリーズの刊行が始まり、シリーズの代表作である『ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場』は特に大きな人気を獲得し、『南国少年パプワくん』の柴田亜美氏や『魔法陣グルグル』の衛藤ヒロユキ氏など後の有名作家を輩出するようになりました。