前へ

ひょんなことから(いや、とうの昔から気づいていて、見て見ぬ振りをしていたことではあったのだが)、今までの職、今までの土地を離れ、新しい世界で働き、生活をすることになった。

変わってしまうものと変わらないもの。
その二つの違いなんて、きっと、気の持ちようみたいなものなのだろう。

ただ、置き去りにしてきてしまった夢としがらみが後ろ髪を引く。

とりあえず、前向きに進もう。
振り返りはしない。きっとまた出逢える。

それにしても

東京という町では「自分が趣味を媒介としてどこかに帰属していると思うことができていた」んだなあって思った。
とりあえず興味のあるものがたくさんある場所は自分の居場所だと思えるような気がしていた。お気に入りのレコード屋がある街とか、よくいく食い物屋がある街とか。よりどりみどりだ。
いやー、新しく住んでいるのは静岡なのだけど、決して田舎ではなく平均的な地方都市なのだけど、いやあ、居場所がない。いや、居場所がないというのは言い過ぎだ。居場所を見つけるのが難しい、が正しいな。
今まで自分は東京に甘えてたんだなあ、って思った。
あれだけある情報やモノとかは、よいガス抜きになっていた。悪い言い方をすれば、自分にとっては逃げ場所だった。静岡には、それがない。己の趣味嗜好や己の主義主張と一人で向き合わないといけない。
…はいそこ、「ネットがあるじゃない」って目を輝かせているあなた。言いたいことは解りますよ。でもあえて個人的に不正解にさせてもらいます。
居場所を見つけられないこと、これは結構いやなことではなく、自分は大事なことかななんて思ってます。東京でガス抜きしまくって散漫になってしまった自分の核を再度見つけるいい機会かなと。ここでネットにいってしまったら、きっと散漫になった自分の思考は二度とまとまることはない気がする。mixiで同好の士と語り合う、2chで煽りをくれながら新参者に説教する、どれもね、楽しいと思うんです。最初は。でもずーっとそれを続けていたら、きっと自分がその情報の中心にいないことにフラストレーションを感じる日が来る。
てなわけで、僕は今日も働くのです。今までを否定せず、今を楽しむための方法を模索する、そんな時期なんでしょう。今は。そこから未来もあるんでしょうし。



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