「AIが発明者」裁判所が初めて認めた衝撃度
コメントする08/02/2021 by kaztaira
AIを発明者として認める――裁判所が世界で初めて、そんな判断を下した。
AIが独自の発明をした時、発明者と呼ばれるのは、人間なのかAIなのか。この問題をめぐって、各国の特許当局、裁判所を舞台に議論が続いてきた。
その議論に対して、オーストラリアの連邦地裁が7月30日、「AIを発明者として認める」との初めての司法判断を下した。
この問題では、すでに欧州や米国の特許当局や裁判所が相次いで「発明者は人間に限る」との判断を示している。
同様の申請は、日本を含む各国で出されている。
オーストラリアに先立って、南アフリカでは6月、特許当局により司法判断を経ずにAIを「発明者」とした特許が認められている。
オーストラリアの判断は、上訴の可能性もあるとされ、議論はなお続くと見られる。
ただ、「AIが発明者」を認めるという司法判断は、かなりのインパクトがありそうだ。
●「AIも発明者になる」
私の見解では、AIシステムは特許法の目的における発明者となることができる。
オーストラリア・メルボルン連邦地裁のジョナサン・ビーチ裁判官は、7月30日の決定の中でそう指摘している。
特許の出願には、発明の内容などとともに、その発明をした「発明者」の名前を明記することが必要だ。
通常は、発明をした人の氏名を記入する。その欄にAIの名前を書き込んだことが、この論争の発端になっている。
特許出願をしたのは米ミズーリ州のAI企業「イマジネーション・エンジン」の創業者でCEO、スティーブン・テイラー氏だ。
出願の対象は2件の発明。1つはフラクタルと呼ばれる幾何学的な形状の食品容器で、保温効果、複数をつなげて使う、握りやすい、などの特徴があるという。もう1つは、神経の反応を模した人の目を引きやすい点滅を行うライトだ。
出願の中でこの2つ発明の発明者とされたのが、テイラー氏が開発したAIの「ダバス(DABUS<統合知覚自律起動装置>」だった。
テイラー氏はこのAIの名称を“デイブス”と発音しており、SF映画「2001年宇宙の旅」でAIの反乱に立ち向かう登場人物「デイブ」を思わせる。
テイラー氏は、これらの発明についての知識はなく、発明したのは「ダバス」だ、と主張している。
オーストラリア特許庁に特許申請をしたのは2019年。そして特許庁は、2021年2月に特許を認めない判断をしている。その理由は、同国の特許法が発明者として想定しているのは「人」であり、AIは発明者に該当しない、というものだった。
連邦地裁のビーチ氏は、今回の判断の理由として、オーストラリアの特許法では発明者を具体的に定義してはおらず、人間以外が発明者であることを否定もしていない、と指摘。そして、AIを発明者とすることで、特許性のある発明を保護することができる、と述べる。
第1に、発明者とは動作主名詞(agent noun)であり、発明をする動作主には、人物でも物でもなり得るということ。第2に、合理的には人間が発明者とはいえないが、特許性のある発明が数多く存在し得る、という現実に対応するということ。第3に、特許法には、この結論を否定する規定は存在しない、ということだ。
AIによる発明の例として、医薬品の開発を挙げている。AIへの依存度が高く、経済規模も大きいこのような分野で、その実態を反映した対応をしなければ、特許が認められないなどのリスクへの懸念から、イノベーションが阻害される恐れがある、と指摘する。
AIシステムの成果が発明といわれるのであれば、発明者は誰か? 人間であることが求められるなら、それは誰か? プログラマーか? 所有者か? 操作者か? (AIに学習させる)トレーナーか? データ入力担当者か? あるいはそのすべてか? そのどれでもないのか? 私の見解では、いくつかのケースではこれらのどれでもない。いくつかのケースにおいては、(イノベーション促進を掲げた)特許法の目的にかなう検討をしていくと、システム自体が発明者ということになる。それこそが現実を反映している。そうでないとしたら、それによる不安定要素は避けたいと思うだろう。
ビーチ氏は、自律的なAIはこのケースに当てはまるだろう、という。そして、このようなケースでAIを発明者と認めなければ、特許の取得が不可能になってしまう、と指摘する。
AIシステムがその成果を創造したと認められるにもかかわらず、人間の発明者しか承認しないのであれば、発明者は存在しない、ということになる。ゆえに、その発明の特許は取得できないことになる。
そしてビーチ氏は、特許庁の判断を破棄し、差し戻し再審査を命じている。
訴訟の原告側代理人を務めたリチャード・ハマー氏らは、その報告の中で上訴の可能性はある、と述べている。
●特許出願、各国で展開
AI「ダバス」の開発者であるテイラー氏は、この特許出願を、世界的な規模のプロジェクト「人工発明者プロジェクト」として展開している。
出願国はオーストラリアに加え、欧州と、米国、英国、ドイツ、ブラジル、カナダ、中国、インド、イスラエル、日本、ニュージーランド、韓国、サウジアラビア、南アフリカ、スイス、台湾の17カ国・地域だ。
テイラー氏のプロジェクトを主導するライアン・アボット教授が所属する英サリー大学のリリースによると、今のところ、AIを発明者として特許が認められているのは、この南アフリカのケースが世界初だという。
このケースで、特許を保有する特許権者は誰になるのか? 特許権者は、出願人であり、「ダバス」の開発者、所有者であるテイラー氏ということになる。
AI「ダバス」が発明者だとすれば、特許を受ける権利はAIが持つことになるが、テイラー氏はその権利を譲渡されたとして、出願人になっている。
会社員が職務を通じて発明をした場合に、特許を受ける権利を会社に譲渡し、会社が出願人になることがあり、その仕組みに似ている。この会社員の立場を、AIに置き換えた考え方のようだ。
発明者をテイラー氏ではなく、なぜわざわざAI「ダバス」にしようとするのか。
オーストラリア連邦地裁のビーチ氏が認定したように、テイラー氏らが主張するのは、人が関与しない自律的なAI主導の発明で、AIが発明者としては認められない場合、特許性のある発明が「発明者不在」として拒否されるリスクがある、という点だ。
これについて、ウォールストリート・ジャーナルの2019年11月の記事の中で、スイスの製薬大手ノバルティスの副社長で知的財産権担当のコーリー・サルスバーグ氏は、「通常であれば人間が行ったであろう仕事をAIが行ったとの理由で、あなたに特許は与えられないと(当局が)いうことになれば問題だ。誰も特許を得られない結果になることを、われわれは最も懸念している」と述べている。
●欧米では相次ぎ否定
オーストラリアと南アフリカのケースを除くと、テイラー氏らの特許出願は相次いで否定されている。
米国では2019年に特許商標庁に出願。AIを発明者とした出願内容は、最終的に却下され、テイラー氏らは2020年8月、バージニア東部地区連邦地裁アレキサンドリア支部に提訴している。
また、英国では2018年に知的財産庁に特許出願し、2019年に発明者を「ダバス」としている。知的財産庁は2019年12月に出願を却下。英国高等法院(特許裁判所)に提訴した。
高等法院は2020年9月、「ダバス」は人ではないため、発明者とはならない、と判断している。
欧米の判断で共有するのは、発明者の要件として「人(自然人)」であることが求められている点だ。
南アフリカの場合は、紛争になっておらず、発明者をめぐる判断内容はわからない。南アフリカの特許法には、発明者の定義は書かれていないようだ。
オーストラリアの場合、ビーチ氏が示す通り、特許法に発明者の定義はない。
日本の特許法でも、発明者について明文の定義はなされていないようだ。
ただ、日本の特許庁はオーストラリア連邦地裁の判断が出た7月30日、「発明者の表示について」という通知を公表し、下記のように述べている。
発明者の表示は、自然人に限られるものと解しており、願書等に記載する発明者の欄において自然人ではないと認められる記載、例えば人工知能(AI)等を含む機械を発明者として記載することは認めていません。
●AI発明者の不都合
発明者がAIであると不都合なことはおきるのか。
今回のオーストラリア連邦地裁の判断について、同国の弁理士、マーク・サマーフィールド氏は英ガーディアンのインタビューにこう述べている。
機械の発明者を認めることにより、予見可能なもの、予見不可能なものを含め、様々な影響があるだろう。疲れを知らず、無限ともいえる能力を持った機械が量産し、人間の創意、判断、知的成果を加味しない発明に特許を認めるとすれば、大企業が“特許のやぶ(特許の密集状態)生成器”を構築する動機づけにしかならないかもしれない。それは、イノベーション全体を促進ではなく阻害することにしかつながらないのではないか。
国連の世界知的所有権機関(WIPO)は2019年、AIと知的所有権に関するパブリックコメントを募集。この中で、自律的AIによる発明に対し、AIを発明者として認めるべきかどうかについても、問いかけている。
264件のパブリックコメントが寄せられているが、「AI発明者」については、疑問の声が目につく。
「AIによる発明と、AI支援による発明をどう判別するのか」(ドイツ政府)といった懸念や、「(AI発明による)特許権侵害があった場合の責任が不透明」(英国政府、ハーバード大学サイバー法クリニック)などの指摘がある。
また、グーグル、フェイスブック、アマゾン、インテルなどの大手IT企業が加盟する業界団体「コンピュータ・通信産業協会(CCIA)」は、AIが自律的につくり出した成果は、それ自体に特許性はないとして、「AI発明者」容認には反対の立場を示している。
なお議論は続きそうだ。
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