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70年前の大阪の児童養護施設の様子に世界が騒然!←「戦争の代償」(海外の反応)

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Meal time at an orphanage in Osaka. Japan, 1951 [1247x956]
byu/MunakataSennin inHistoryPorn
・大阪の児童養護施設での食事の時間。日本、1951年 。



・子どもを持つ親として、こういう写真を見るのはいつも辛い。自分の子どもがその場にいるのを想像してしまうから。



・昔の人が子どもを家畜のように扱い、売り買いしていたことを思い出す。アメリカでは児童労働が復活しつつある。実質所得は資本家階級を除くすべての層で減少している。既に富を蓄え、実際に働かない人々のことだ。



・背景にあるのは空飛ぶ修道女の帽子みたいだけど、そうかな!?



・↑そう、それは「コルネット」と呼ばれるもの。慈善修道女会の人が着用していたものだよ。



・すごい!



・彼らが食べているものが知りたい!



・↑最初のテーブル、カメラに向かって座っている左から2番目の子が持っているのはカップの中の麺みたい。横にはリンゴやパン、何かの副菜があるっぽいけど、詳しくはわからない。隣の子はリンゴを持ってるみたいだね。



・↑うどんだね。



・栄養があって安いものだろうね。



・この写真を見ると祖父を思い出すな。彼は日本人じゃなかったけど、1950年代から60年代初めに孤児院で過ごしていた。数年後にそこに入れられたんだ。



・こんなに多くの子どもたちがいたなんて悲しい。彼らが今どこにいるのか、どんな人生を送ったのか気になるな。



・おそらく、彼らの多くは小学校まで教育を受け、その後は日本の成長産業でさまざまな手仕事に就かされたと思う。一方、女の子たちは秘書や店員、他のサービス業に就いたはず。
成人した後は、安価な家に引っ越して結婚し、子どもを育て、テレビを見て、パチンコをし、安いビールを飲みながらたばこを吸う生活を送っただろう。
今も生きている人も多いと思うよ。退職して公園やコミュニティセンターで友達と話したり、テレビを見たり、たばこやビールを楽しんでいるかもしれないけど、パチンコはそこまでしていないだろうね。



・うわ、すごい写真だ。



・本当に立派な修道女だね。



・戦争の代償。



・↑いや、むしろベビーブームだろう。写真の日付が正しいとすれば、これらの子どもたちは戦争が終わった数年後に生まれたんだよ。



・↑どちらも正しいと思うよ(日付が正しければの話だけど)。1950年代から60年代にかけて、日本の都市部では多くの親が忙しさや経済的な理由で子どもを育てられず、孤児院に預けることがあった。私の祖母もそういった貧しい子どもたちの一人だったよ。
これは戦争による経済的崩壊の結果と言えるかもしれない。一方で、特に首都圏ではこの時期に確かにベビーブームが起きていたんだ。



・本当に腹立たしい話だよ。今ごろ私たちは第一世界に到達していたはずなのに、欲にまみれてごく少数の人間に支配されてしまった。このままだと、みんなが年を取った時にこうなってしまうだろうね。



・どうやって3~4歳の子どもに箸の使い方を教えるんだ?うちの子なんてお尻を拭くのもやっとだよ。



・↑彼らは5~6歳だったんじゃないかな。その子どもたちのエネルギーが目に浮かぶよ。



・日本の子どもたちがまだ生まれていた時代だね。

コメント 5

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2025/01/13 (Mon) 19:38

1951年だと食料配給の国が多かったと知ってビックリ、日本に限った話じゃ無かったんだ。

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2025/01/13 (Mon) 20:26

この後高度経済成長があり、バブルもあったのが救い。ただ令和の世にあってはこの子達も老害と呼ばれてしまう悲しみよ。

 
2025/01/13 (Mon) 22:13

アメリカのせいでこうなってんだけど

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2025/01/13 (Mon) 22:27

←「戦争の代償」⬅︎お前のせいだぞアメ

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2025/01/13 (Mon) 22:45

連合国史観では日本を救った事になってるからなあ
軍事占領者であるアメリカの教育と検閲に洗脳されて「歴史上圧政に苦しんできた日本人はアメリカによって救われた」と本気で信じてる老人がだいぶ自然減少してきたのは良いことだ

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