完全個人の開発者が、いかにして2万本のヒット作をなしえたか――『シロナガス島への帰還』開発者インタビュー
「シロナガス島への再訪」
シロナガス島という奇妙な名前の島がある。ベーリング海の洋上、鉛色の空と海に押し潰されるように浮かぶ、絶海の孤島だ。ニューヨークに事務所を構える、探偵・池田戦(いけだ せん)は相棒の天才少女・出雲崎ねね子(いずも ざき ねねこ)とともに、シロナガス島に向かうフェリーに乗り込む。依頼人の願いを請け、彼女の父が残した謎を明らかにするために……。
以上は、2020年3月、完全個人制作のADVとしてSteamでリリースされたビジュアルノベル『シロナガス島への帰還』(以下、シロナガス島)の導入部である。物語の冒頭は、まさしく孤島モノの様相をていしているが、クラシックな要素はそれだけではない。コマンド選択システム、画面内の物品を調べるポイントクリックシステムなど、シロナガス島は意外なほどまでに「王道ADV」で構成されている。ともすれば、日々生み出される幾多のインディーゲームに埋もれかねないほどに。
……だが、シロナガス島はヒットした。
2020年末には販売本数1万本達成の記事が掲載され、それから半年を待たずに2万本達成の報告がなされた。新規BGMへの刷新を控え、その勢いはまだまだ止まらない様子である。かくのごとく、突如インディーゲームシーンに現れたシロナガス島は、鬼虫兵庫氏による完全個人制作のビジュアルノベルADVである。古典的ADVと言えば、数々のモンスタータイトルが名を連ね、純粋なシリーズ販売総計でいえば比肩しうるものではない。しかし、個人ゲーム制作の敷居が下がり、販路が広がったこの時代だからこそ、明確な「ヒット作」と呼べる作品には、耳目を集める魔力のようなものがあるのではないか。
その源を探るために、「作者自身」、「シロナガス島を取り巻く事案」、「今後の展望」の3つのテーマを軸に、制作者・鬼虫兵庫氏にインタビューを敢行した。
ゲーム制作者としての原点
――まずはシロナガス島制作以前のクリエイティブな活動について伺います。これまでの人生で、物語を作ることに目覚めた瞬間をお聞かせください。その際にきっかけとなった作品なども教えていただきたいです。
鬼虫:このようなビジュアルノベルのADVを作っておきながら言うのもなんですが……実は僕、昔から滅茶苦茶小説を読むのが苦手で、大学入る前まで本当に一冊も小説を読んだことがなかったんですよ。それこそ中学生の読書感想文も数ページ読んだだけで適当に感想文を書いたりして。……その割には物語を作ること自体は好きで、高校時代に長編小説を3冊くらい書いてたりしてましたね。
――当初は小説に触れる機会がなかったとは意外な印象を受けます。ではシロナガス島の原点は小説以外のコンテンツ、例えばゲームやマンガなどに起因しているのでしょうか?
鬼虫:確かに対照的に漫画やゲームなどに触れる機会は多かったですから僕の創作の原点はその辺りなんだと思います。特に影響を受けたと感じているのは、小島秀夫監督が制作した『スナッチャー』や『ポリスノーツ』などでしょうか。
この両作品の要素はゲーム内にもパロディとして組み込んでいるなど、かなり影響が大きいと思います。ハードボイルドでありながらも時にはコメディの要素も組み入れる。今でも……大好きなゲームですね。上記の部分以外でも、シロナガス島はかなりパロネタが多いんですよ。実況プレイをしてくれた方の中には「そんなわかりづらいネタまで拾う人がいるのか!」という人もいたりして。……結構、新鮮な驚きでした。
――なるほど。パロディの元ネタを探ることも、ゲームの別の一つとして楽しむと面白いかもしれません。他に鬼虫さんの方で影響を受けたメディアなどはありますか?
鬼虫:これは少しジャンル違いになるんですが、僕は恋愛ゲームが好きだったので、それらのジャンルも創作にかなり影響を与えていると思います。『センチメンタルグラフティ』、『北へ。』、『お嬢様特急』など。ともかくあの当時はアドベンチャーゲームの全盛期時代でしたからね。恋愛アドベンチャーゲームは個性的で魅力を感じるキャラが多く、かなり影響が大きいのではないでしょうか。あ、なんか語っている内にまたやりたくなってきた(笑)。
――恋愛ADVの影響がゲーム内のキャラへと昇華されているのですね。他に、創作活動のきっかけになった出来事などはあるのでしょうか?
鬼虫:高校時代、電撃小説大賞受賞作の『ブギーポップは笑わない』を表紙に惹かれて購入したんですが、 僕は小説はチラチラとしか読めない癖に「これは名作だ」と直感して、友達のいる別クラスにズカズカと入っていって「これはいい本だから読んだ方がいい」と言って貸したりして。……その出来事が後に一人の作家を生み出す結果になるんですが、彼が後にミステリー作家となる久住四季君だったのです。
久住君は結構早い段階で作家とデビューして、今も身近で数々の作品を書き上げている人なので、創作者として触発されるものはとても大きいですね。僕の創作の後押しの一つになったことは間違いないと思います。
――久住氏はミステリー界では名を知られた方だと伺っています。鬼虫さんにはそういった意外な繋がりというか、縁があるように感じますね。シロナガス島でもそういった縁はなにか影響を及ぼしたのでしょうか?
鬼虫:例えば、シロナガス島がまだヒットする前に、グッズのイラストを制作してくださったのが、むちまろさんだったのですが、むちまろさんにはシロナガス島のSteamトレーディングカードのイラストの他、ヒロインのねね子の抱き枕カバーまで制作していただいて……(笑)。多大な手助けと共に大きな魅力を様々な人に届けていただけたと思っています。
他にもSteamアイテムの壁紙を書いてくださった松吉さんは、僕が電子書籍アプリを作っていた頃からの繋がりでして、そういった縁に助けられたのは非常に幸いでした。
――アプリ制作の話題が出ましたが、以前、鬼虫さんはその他にも鳥取県を紹介するミニコミ誌や合作冊子など様々な創作活動を行っていますよね。そういった活動からノベルゲーム制作へとシフトした経緯や当時の心境なども語っていただければと思います。
鬼虫:ゲームを作る前は本当に色々とやっていましたね。講談社BOX賞で『バガラバ-皆殺しの霧街-』という作品が受賞した後、ちょうどiPadの発売が重なって、電子書籍の可能性に面白みを感じて、受賞の同期や前後受賞者の作家(八田モンキーさん、地本草子さん、架神恭介さん等)と、中島聡さんというプログラマーの方々の協力を得て、『暫-SHIBARAKU!-』という無料アプリを作りました。
今ではとても考えられないことですが、当時は無料アプリランキングで1位にもなったりしたので、ある程度のインパクトは残せたのではないかなと思っています。そしてその縁が、今回のシロナガス島にも繋がっているのですからわからないものです。
――そこからどういう流れでゲーム制作へとシフトしていったのでしょうか? またゲーム制作にシフトするにあたり、直接の影響を及ぼした作品などありましたら教えてもらえると幸いです。
鬼虫:雑誌を作った後は、ダラダラと小説を書いたりしていたんですがあまりにも鳴かず飛ばずだったので、一度原点に立ち戻って、「そういえば昔流行っていたビジュアルノベルのADVが好きだったなぁ」と思い出し、気分転換にでもなればという感じでゲームを作り始めましたね。
元々シロナガス島のゲーム構想は多少頭の中にありましたから、案外すんなりと作り始められたと思います。ゲームに影響を及ぼしたといいますか、シロナガス島のモデルといえば、大学入学後にやっと小説を読み始めて、過去に読書感想文でチラ見した開高健の『オーパ、オーパ!! アラスカ篇 カリフォルニア・カナダ篇』 を真面目に読み直したんです。
そこで数々の写真と共に登場するベーリング海にある孤島『セントジョージ島』は、ベーリング海の荒々しさと気候の厳しさ、どんよりと曇った寒々しい風景が強烈に印象に残って、それがシロナガス島の原型になったと思います。
完全個人制作によせる想い
――ここからは制作体制についてお伺いしたいと思います。ブログを拝見すると鬼虫さんはゲーム制作以前から、積極的にコミケに参加していますよね。コミケでの出来事が色々と綴られていましたが、コミケの存在も大きかったのでしょうか?
鬼虫:確かに、コミケに参加した時に、チラリと覗いたゲーム島が結構活気があってコミュニティとして面白そうに感じたこともゲーム作りを始める要因の一つになったと思います。また、ゲーム島で頒布しているゲームを見るとほとんどが複数人制作のものだったので、僕がひとりでゲームを作れば、他との違いを出せるかな?とも思いました。
――この作品は物語のプロット先行で作られたのでしょうか、それともゲームジャンルや使用ツールといった制作環境の側面から逆算して生まれたものなのでしょうか?
鬼虫:まず、技術的な面でゲーム制作にたどりついた流れとしては……僕は本当はアニメを作りたかったんですが、技術力的にソロでのアニメ制作は無理。絵を描くのが遅いのでは漫画もなかなか難しい。小説だと書けるけど、かといって小説だと僕の考えている光景は半分くらいしか伝わらない。
となると能力的に一番スタイルに合っているのはゲームだろう。という流れでしたね。先ほども語ったように、元々ADVは好きなジャンルでしたし、ゲームだとかなり早い段階でビジュアルが完成していくので、モチベーションが維持しやすいのも大きかったです。
――先ほどソロ制作の話がありましたが、鬼虫さんは、テキスト・立ち絵・背景など、相当な分量を自作なさっています。ソロ活動に重点を置いているように感じるのですが、どのように作業を管理して完成に至ったかをお聞かせいただければと思います。
鬼虫:1作目は全部1人で作ると決めていました。これはそもそも複数人体制だと調整に時間を取られるし、僕的にも「それくらいなら自分で描いた方が楽だ」と思った面が大きかったからです。それに一人で作れば、そのキャラクターや物語が自己IP(著作物)となるわけですからね。「東方Project」のZUNさんや最近では『Helltaker』のVanRipperさんとか。
自己IPを抱えて、更に自己プロデュースが得意な人だと、それはかなりの強みになるように思います。今はSNSなどを利用したセルフプロデュースの最盛期とも言える時代ですからね。あと、周りで活動している商業小説家が途中で打ち切りにあって、物語が途中で終わるという流れを見て、その型式は僕には合わないと思った点も大きいです。僕は死ぬまで自分のキャラや物語を好き勝手にやりたいタイプでしたから。
――自己IPを抱える利点は大きそうですね。他にも実際の作業面でメリットやデメリットはあったのでしょうか?
鬼虫:シロナガス島は一風変わった孤島を舞台にしてますから、フリーの画像素材も使いづらかったですし、背景イラスト依頼すると大体背景1枚で5万円とかかかるわけです。そうなるとやっぱり自分でやった方が早いし楽だなという考えになりました。
それに共同制作だと創作方法やなんやらで揉めてサークル自体が空中分解するってパターンも結構見てきましたし。 ……僕一人でやれば創作に問題が起きたとしても僕が僕自身にキレるのだけなので、空中分解のしようがなかったですから(笑)。
――シロナガス島の販売数が1万本を達成した当時「個人制作で1万本を売り上げたゲーム創作者」としてYahoo!ニュースでも取り上げられていましたね。これも個人制作という希少性の結果のように感じます。
鬼虫:個人ではなく、複数人で作品を作りあげると、どうしても「その作品は誰の物であるのか?」という点が曖昧になってしまうと思うんです。例えばイラストは○○さん、文章は××さんという具合になると、その作品がヒットしたのは ○○さんの功績なのか××さんの功績なのが曖昧になる。
仮に、皆さんが考え得る最高のゲームを作り上げるために、最高の人材を集める状況を考えてみてください。イラストは誰々、システムは誰々、デザインは誰々、シナリオは誰々と最高のメンバーを選んでいくことが出来ると思います。ですが、それをやっていくと最終的に「ん?僕いなくてもいいのでは?」となっちゃうと思うんですよ(笑)。なので、多少下手な部分があったとしても自分一人で作り上げることに価値があると思ったんです。実際にそれでニュースにも取り上げられたわけですから、その考えは正しかったように思います。
――仰るとおり、近年の著名なインディーゲーム制作者としては、「東方Project」のZUNさん、『ひぐらしのなく頃に』の竜騎士07さん、『UNDERTALE』のトビー・フォックスさん等、やはりソロで制作している人が目立っているように思います。
制作期間に関してですが、鬼虫さんのブログの日付を参照させていただくと、シロナガス島は 2015年の11月が制作開始となっていますね。ここから体験版となる「DEAD END ver.」が2017年8月の夏コミで頒布されるまで約1年半、制作風景を断片的にブログで綴られていますが、この期間の具体的な作業ペースを教えて下さい。
鬼虫:数字だけ見ると2015年制作開始で2020年頃に完成という形になるんですが、これほとんどサボっている期間ばっかりなので、完成版トータルの作業量でも実働してたのは1年半程度だと思います。「DEAD END ver.」の制作も半年以上はほんとに何もしてない時期がありましたね。というかここだけの話、途中で制作がめんどくさくなって自然消滅しそうな感じになってました。
でも、ダラダラと何もせず半年くらいしたある日、ふと忘れかけてた自分のゲームをやり直してみると、とても面白く感じて……。同時に「このゲームに登場するキャラをこのまま世に出さないのは、キャラ達に申し訳ないな」という……気持ちが湧き上がって、それでなんとか制作を乗り切りました。
――創作活動の途中で挫折することは多くのクリエイターが苦しんでいる点だと思います。特に、漫画・小説といった非インタラクティブな作品と比較し、ゲームは制作に長い時間を要します。その間に焦燥感のようなものを感じることはあったのでしょうか。もし解消方法などがあれば、特に同じような悩みを持っている個人クリエイターの方に向けてお話いただければと思います。
鬼虫:僕の周りにはプロ小説家が多いのですが、皆が定期的に小説を出版しているのに、僕のゲームはまったく完成してなくて、対外的にはなにもやってないように見えるのは、結構フラストレーションと焦りがありました。ただ 「DEAD END ver.」リリースの後は、ありがたいことにゲーム自体が結構好評で、同人ゲームオブザイヤーの体験版部門を受賞したり、完成を期待する人が増えたりしたので、それに背中を押される感じでなんとか完成までたどり着いたという感じです。
後はやっぱりコミケの締め切りというデッドラインがあったので、それがあったからこそ完成したのだと思います。締め切り間近の追い込み力は凄いですからね(笑)。
――近年、コロナで開催が危ぶまれているコミックマーケット※1ですが、創作の下支えになっていた面は大きいように思います。コミケの休止が続いている現在は、SNSなどユーザーの反応がクリエイターの原動力になっているように感じます。
※1 二度の休止を経たコミックマーケットだが、2021年5月にC99の開催が予定されている(2月現在)
シロナガス島の狼煙、ファン層の確立に至るまで
――これまではシロナガス島の誕生に至るまでの経緯を語っていただきましたが、ここからは、製品版シロナガス島を取り巻く状況を伺いたいと思います。体験版の好評から完成版のリリース。2018年の同人ゲーム・オブ・ザ・イヤー受賞を経て、作業ペースが上がっているように感じられます。ヒットの予感に手ごたえを感じられたのではないかと思いますが、この間に大小の仕様の変更や、シナリオの再構築、キャラクターの変遷などはあったのでしょうか。
鬼虫:作業ペースが上がっているように見えるのは、コミケやファンの方々に追い立てられてるからですね。(笑)でもそれは本当にありがたいことです。自分は基本的に怠け者なので。シナリオの再構築、キャラクターの変遷等はあまりないですね。自分の中でキャラクターの性格や造形は最初に固まる強固な部分ですので、外部からの情報等々でそこがぶれることはまずないです。そして、そのキャラクターを主体にして物語を構成するので外からの情報によって物語がぶれることもあまりないと思います。
僕はプロットをまったく組まずに先にここのシーンありきでキャラクターを動かして話を作るタイプなので、創作方法はかなり特殊だと思います。話の流れよりも場面の切り替わりを優先して考える感じでしょうか。なのでノートに……書くのは箇条書きか図形の羅列みたいな感じが多いですね。
――シロナガス島のキャラと言えば、特にヒロインの出雲崎ねね子が真っ先に挙がると思うのですが、そのひな形になった創作物などはあるのでしょうか?
鬼虫:実は、ねね子さんはかなり以前の自作小説に登場したキャラでして、2009年頃にはその原型が完成していました。ただ、コミュ障な感じは同じですが、口調や細かなイメージは今と結構違うかもしれません。
――これが出雲崎ねね子の原点とも言えるイラストなのですね。大変貴重な資料をありがとうございます。シロナガス島の登場人物たちは、ともすれば単体で暴走しかねない強烈な個性の持ち主が多いように感じますが、これらのキャラクターが広く好評を博した理由の分析などはされているのでしょうか。
鬼虫:キャラクターに関しては、ただただ単純に僕の好みのキャラを生み出したって感じですね。まあ、生み出すと言うよりは……正確なイメージだと、他の次元に実際に存在しているキャラクターの情報を受信してそれをアウトプットするって感じが近いように思います。僕もキャラの作者というより同好の士って感じですね。僕は、僕の好みと世の中の好みがある程近かったのが幸いでした。世の中に受ける為には、自分の好きな物をアウトプットすればいいだけですから。
でもそこにギャップがある創作者の場合だと辛いだろうなぁと思います。自分の好みを曲げて大衆に沿った形にするか、大衆には受け入れられないが自分を貫くかの選択を迫られるわけですし。
――2019年5月にEXシナリオの制作とSteam移植計画の告知をされていますね。10ヵ月後の2020年3月には、完全版ともいえるSteam版が正式にリリースされ、程なく1万本突破のニュースが掲載されました。販売状況の推移や、この期間の具体的な活動をお聞かせ願いたいです。
鬼虫:Steamの売上がダントツで、それに次ぐのがDMMさんという感じでした。特にDMMさんは、あちらから委託販売の声をかけてもらった上に、成人向け販売部門の方が、ゲームをプレイしてくださったらしく「是非とも成人向けの方でも販売させてくれ」とラブコールを受けたのはとても嬉しかったです。なので何故かシロナガス島は一般ゲームなのに成人向けゲームの方にも置いてあります(笑)。
Steamで販売開始してからは、本当に雑務に追われている感じで苦労しました。特に英語版の翻訳周りでのゴタゴタが多くてその入れ込み作業などに忙殺された感じです。特に様々なサイトやローカライズまで手がけるとその調整にかなりの時間がかかると思います。これらの作業はゲーム本体と関係が薄い部分ですので、流石に人を使ってでも効率化をして、ゲーム作りに専念した方がいいように感じていました。売上に関しては特にSteamのセールの伸びが凄かったですね。
――Steamは先頃、リリース2週間以内に1万ドル以上の売上げを達成するゲームを成功例として分類したデータを公開したニュースがありました。こちらは商業ベースの作品も含めての数字ですが、それに伴いインディーも押し上げられているように思えます。
実際にシロナガス島もSteam版の正式リリースから相次いで、大型アップデート、英語版のリリースを経て、まもなく2万本を達成していますね。Steamユーザーに購買層の中心が移行した後も話題を絶やさない姿勢がセールスを後押ししていると考えられます。鬼虫さんが手ごたえを感じた戦略や、追い風になった出来事はあったのでしょうか。
鬼虫:Steamは初動の売上がかなり重要で、その売上が後々にもかなり影響するようです。特にSteamの場合、初動の売上やレビューが好評だとピックアップにも掲載されて、それが更なる相乗効果を生み出すので、そういった意味では事前にコミケでゲームをリリースして固定のファンを獲得できたのが強みになったと思います。
また、その流れでSteamリリース前にゲームを気に入ってくださった翻訳家のflankoiさんに簡体字への翻訳を協力してもらえて、簡体字版を同時発売出来たことも大きかったですね。特に簡体字圏の方は比率的にレビューしてくれる人が多くて、評価の数がより多くのプレイヤーを呼び込んでくれたと思います。
また僕自身がイラストを描くこともあり、イラストレーターの方々と知り合いだったり、Skeb(有料でのイラストコミッションサイト)などでイラスト制作をお願いした流れでゲームをプレイしてくださったイラストレーターの方々が結構いて、そこからの口コミで情報が広がった面もありました。僕的には、純粋に自分の好みのイラストレーターに好きなキャラを描いてもらいたいという考えしかなかったのですが、中にはゲームをプレイして気に入ってもらえた上に、宣伝までしてもらえたのは嬉しい誤算でした。
――販売数の押し上げになった要因の一つとして500円という安価な値段が上げられると思います。この値段の付け方は狙って付けられたものなのでしょうか?
鬼虫:シロナガス島は価格が500円で、セール時だと300円程度になったりする割安感があるので、友達にギフトとして送ったという人も多くて、それがゲームの周知に繋がったと感じています。
ゲームの値段と販売数に関する個人的な考えとして、ADVの場合、仮に500円で1万本売れたゲームを1000円にしても同じ売上げを維持するのは難しくて、恐らく、1000円にするとその売上は10分の1くらいに落ち込んでしまうと思います。その為、余程に強みがない限り、インディーゲームの最適収益分岐点は500円くらいなのではないかと考えています。
まあ僕の場合はコミケで売ってた時に500円だったから500円にしたというだけの話ですが。それでなぜコミケで500円で売っていたかというと勘定するのが楽だったからです(笑)。
――労力がかかっている分、値段を高めに設定するという傾向は一部では根強いようですが。
鬼虫:コミケでゲーム島を回ってみても、労力がかかっている分、どうしても1000円、2000円を超えるような値段のゲームが多い印象でした。これはゲーム制作にかかった労力を考慮したことや、複数人制作や委託費用でかかった経費を回収する面もあるかと思います。
ただ、あまりインディーに詳しくない僕からすると、その値段はかなりの冒険のように思えます。今やAAAタイトルでもSteamのセールだと1000円くらいで買える時代ですからね。アダルト要素が絡めばまた話は変わってくるとは思いますが。……ともかく、僕のシロナガス島に関してはこの500円という値段が上手くはまったと思います。
――多方面への展開を支えた協力者との出会いと、ある意味では強気な価格設定、そして作者自身が自作のファンとして活動する三つの柱、これらがシロナガス島をヒット作に押し上げた要因に見受けられます。
シロナガス島の行く先、これからについて
――作者の鬼虫さんの紹介に始まり、そして自作品と共に歩んだ道程を紹介してきました。ここからは、今後の展開についてのお話をいただきます。
シロナガス島について、直近ではやはり新規BGMの話題がホットだと思います。ユーザーへのサービス精神とともに、完全個人制作に向けた鬼虫さんの強いこだわりを感じますが、このアップデートで足掛け5年に渡る『シロナガス島への帰還』制作はグランドフィナーレを迎えるのでしょうか。あるいは、他の媒体への野心的な試みなどを考えられているでしょうか。
鬼虫:現在、BGM制作は元トーセ所属で現在はフリーとして活動されている片岡真悟*2さんに制作を行ってもらっています。トーセは基本的にゲームの音楽制作を担当しても、その名前すら表に出さない会社として有名なのですが、その限られた情報の中でも、片岡さんは数々のビッグタイトルにも参加されていることが知られていますし、順次届いているシロナガス島のBGMを聴いても、その実力は折り紙付きの方だと感じています。新しいBGMに差し替えたゲームバージョンとサウンドトラックは2021年春頃のリリースを目標にしていますので、皆さんには期待して待っていてもらいたいと思います。
*2片岡真悟氏プロフィール
片岡真悟/株式会社トーセ在籍中より、楽曲・効果音の製作にとどまらずサウンド製作環境全般の幅広い業務に携わる。現在フリー。代表作としてはBIOHAZARD REVELATION、ドラゴンクエスト11、メイドインワリオゴージャスなど。
――制作される新しいBGMは今から楽しみですね。その他に展開等は考えておられるのでしょうか?
鬼虫:サントラリリースと共にもうゲームが少し売れたら、恐らく一流のプロ声優の方に声を入れてもらいたいと考えています。実際に受けてもらえるかどうかは不明ですが……。
仮に声がついたとしても、価格はそのまま据え置きの500円とすると思うんですが、周りからは値段をもう少し高くしないとインディ業界の価格破壊になるって言われてるんですよね(笑)。まあそれでも500円のままで売りたいですね。僕的には儲けよりも、多くの人にプレイしてもらった方が嬉しいですから。それで更に売れたら是非ともコミカライズやアニメ化へと展開していきたいですね。これは勿論、僕が意図して狙える物ではないですけど。
――Twitterなどでは、新作についても言及されています。登場人物にシロナガス島との関連が見られますが、ユーザーの支持に支えられての続投という趣でしょうか。
鬼虫:続編は制作中です。シロナガス島の後の出来事を描いた話になるので、前作で登場したキャラの多くが新キャラクターに混じって再登場する形になると思います。
次回作はタイムスリップを題材にした話になりそうなのですが、この内容ですとやはり資料の読み込みが大量に必要でして、現在でも数十冊の資料を読み込みながら制作を進めている感じなので結構大変です。ちゃんとした物に仕上がるのかという不安もありますが、今はそれよりもキャラや物語を表に出したいという欲求の方が強く感じているので、それを原動力にして制作を進めていければと思っています。
――長らくありがとうございました。最後の質問になります。シロナガス島が好評を博し、明確なファン層が生まれるにあたって、鬼虫さん自身も代表作という大きな看板を背負うことになったのではないかと思います。そういったご自身の環境の変遷も踏まえて、今後の創作活動への意気込みを語ってください。
鬼虫:『シロナガス島への帰還』というタイトルは、その名前に込められた意味が多く。また検索にも引っかかりやすい、所謂ググラビティ(Googleなどで検索しやすい)が高いという点でとても良かったと思うのですが、その分、次回作のタイトル決めに悩んでいますね。
とはいえ僕自身、創作しないと耐えられない性格なので、速度は別にしても制作は続けていくと思います。シロナガス島が思いのほかヒットしたので、2作目を出すプレッシャーを感じがちになるかもしれませんが、キャラクターや、まだ知られていない話を世に出すという面白さの方を楽しんで制作できればと思います。この度はインタビューありがとうございました。
シロナガス島への再訪、インタビューによせて
インディーゲームは今や星の数ほども存在し、そして数多のモンスタータイトルが存在する。しかし、記事内でも触れているが、個々の作品の具体的な販売数そのものにここでは関心を寄せていない。主題はあくまで、「完全個人の制作者が、いかにして2万本のヒット作をなしえたか」だ。
『シロナガス島への帰還』は話題性に加え、作者の鬼虫氏の活動が比較的オープンな面もあり、令和のサンプルケースとして明瞭であると判断し、取り上げることにした。冒頭で述べたように、このインタビューでは3つの観点から制作者の言葉を引き出すことで『シロナガス島への帰還』を解体してきた。
構成するにあたり、可能な限り時系列に沿うように努めたが、それは、この記事が作者の視点での追体験となり、同時にインディーゲームシーンにおいて成功した、とある生存戦略の記録となるよう願ったからだ。
あなたが自身の作品を手に世に出ようとする作り手だったなら、このインタビューになんらかのヒントを見出してくれたなら幸いであるし、もしくは、あなたがゲーム制作者を支えるユーザーの一人なのであれば、シロナガス島を訪れる……あるいは再訪を考えてくれれば嬉しく思う。シロナガス島という、奇妙な名前の島がある。
一人の制作者のイマジネーションと”もがき”が、波止場に砕ける波の一滴にさえ滲んでいる。