Meta Quest 3を買う前に知っておきたいポイント 「Quest 3」というよりも「Quest 2 Pro」だが、価格だけの価値はある
MRコンテンツと互換機能をウリにした新世代機
Metaが2023年10月10日に発売したMeta Quest 3は、VRとMRのコンテンツが体験できる携帯型のヘッドセットだ。Meta Quest(以下、Quest)シリーズとしては、Quest 2のあとにQuest Proがリリースされ、4機種目にあたる。
Quest 3の主な特徴は以下の3点だ。
- デバイスのコンパクト化
Quest 2と比べて本体のサイズが40%薄くなったことでコンパクトになり、本体の化粧箱のサイズがQuest 2のおよそ半分に小型化 - パススルーのフルカラー化によるMR対応
ヘッドセットを被ったまま周囲の現実の景色が見られるようになったことで、MRコンテンツにも対応 - Quest 2との互換性とパフォーマンス向上
Quest 2のVRゲームがそのままQuest 3でも動作し、自動的に高解像度化とパフォーマンスの改善が行われる
MRというのはMixed Reality、日本語で複合現実を意味する用語で、現実空間の映像に3DCGを重ねることで現実とCG空間の融和を試みる技術だ。おおよそAR(拡張現実)と等しい。
Quest 3を自費で購入して1週間ほど触ってみたが、結論としてはQuest 3というよりもQuest 2 Proといった印象を受けた。Quest 3は優れたVR入門デバイスではあるが、購入にあたって知るべきことがいくつかある。そこでこの記事では以下の2つの観点を掘り下げる。
- 目玉であるMRコンテンツの現在
- 独占タイトルの不在
MRコンテンツは未来を感じさせるが、期待しすぎは禁物
Meta QuestはこれまでVRを体験するためのデバイスだったが、Quest 3では新たにMRも体験できるようになった。正確には前機種のQuest Proの時点でMRに対応していたが、Quest Pro自体があまり出荷されずコンテンツもそろわなかったという事情がある。
MR体験の例としてQuest 3にプリインストールされている『First Encounters』という技術デモがある。これはユーザーの部屋の天井が壊れて宇宙船が着陸し、船から出てきたファンシーで丸っこいエイリアンが部屋のあちこちに隠れるので銃撃するという内容だ。このデモ自体は2分程度で終わるシンプルなものだが、Quest 3が部屋をスキャンして部屋の床と壁と家具の形状を認識し、CGが家具の上に立ったり後ろに隠れたりする様子を見ることができる。初めてMRを体験した人ならば感動を覚えることだろう。
ただ、家具の認識はおおざっぱなので家具の後ろにキャラクターがいるはずが、家具を貫通する(奥行が矛盾している)ことがあるし、パススルーカメラの画質もよくない。まるで一昔前の低品質なスマホのカメラで夜景を撮影しているかのようで、ざらざらとしたノイズが目につく。また、「壁が破れて異次元空間が現れ、そこからキャラクターが飛び出してくる」MRアプリがすでにいくつかリリースされており、今後も類似したMRアプリが雨後の筍のごとくリリースされることは想像に難くない。
実際、Metaの技術デモ以外にも未来が垣間見えるMRアプリがリリースされ、すでにQuest 3を所有していないユーザーからも注目を浴びている。それらをいくつか紹介しよう。
Meta Questのブラウザー
ひとつ目は、Meta Questのブラウザーである。これはモーションコントロールとハンドトラッキングで操作できる以外は何の変哲もないただのブラウザーだが、「台所のシンクで皿洗いしながらYouTubeを見る」というSNSの投稿が注目を集めた。これは「ながら作業で動画を(スマートフォンやタブレットと比べて)大きい画面で視聴できる」「ハンドトラッキングなので手が水でぬれたり汚れたりしていても機器を操作できる」の二点が日常の不便を解消してちょっと便利にするからだろう。
筆者も実際にQuest 3をかぶって動画を再生しながら家事を試したところ、確かに新鮮味は感じられた。しかし、シンクの掃除で頭を下に向けた状態が長時間続くとヘッドセットの重みで首を痛めたし、風呂の掃除をしていたときは視野が狭まったせいで意図せずボトルを倒したりお湯を出してしまったりする事故が相次いだ。現状はそもそも水場や刃物のある場所でヘッドセットをかぶりながら行動しないほうがよく、そんな試みでケガをするようなことがあってはならない。たしかにSNSでは映えるが、普段使いにはまだ早い技術だ。
『PianoVision』
ふたつ目は『PianoVision』だ。これは奥から流れてくるノーツに合わせて鍵盤を押すことで、曲の演奏を楽しめるという音ゲーのような内容。10月16日時点でQuest Storeのランキング4位にまで昇り詰めた、今もっとも売れているMRアプリである。鍵盤は、仮想鍵盤をアプリ内で設定してもよいし、PC経由でMIDIキーボードなどをBluetooth接続してもよいという両対応なところも特色となっている。
『PianoVision』の利点は「楽譜を読めなくても曲を演奏できる」ということだ。ピアノなど楽器を演奏するために必要な「楽器を演奏しながら楽譜をリアルタイムに読む」という技能を習得するには相応の訓練が必要だが、『PianoVision』を使えば楽譜が読めなくてもMRで合成された音ゲーのノーツに合わせて鍵盤を叩けば曲を演奏できるし、練習にもなる。楽器の演奏経験が小学校のリコーダー以外ほとんどない筆者も、音楽家の友人からキーボードを借りて『PianoVision』を試したところ「音は外れていたが何の曲を弾いているかはわかった」との評をもらった。
とはいえ『PianoVision』が鍵盤上でのスムーズな指の動かし方を教えてくれるわけではないし、楽曲全体や数十秒分の展開を俯瞰できる楽譜と比べて音ゲーのノーツは「そのときに弾く必要のある音符」よりも先が把握できない問題もある。ただ、まったくの初心者がピアノを弾く喜びを体験する手段のひとつとして有望だと感じさせるには十分な体験だった。
『Immersed』
最後に紹介するのは、PCのマルチディスプレイをVR/MRで実現するアプリ『Immersed』だ。PCのマルチディスプレイはウィンドウを自由に増やしたり配置したりするスペースを広げて作業を効率化してくれるPCユーザーの心強い味方だが、ディスプレイを複数用意しようにも机が狭くて置けなかったり、出先での作業が多い人だと荷物の邪魔になってディスプレイを複数用意できない人も多いことだろう。『Immersed』を使えばPCとMeta Quest 3だけでマルチディスプレイを実現できるのだ。
これはもともと「VR空間でPCのマルチディスプレイを実現する」としてQuest 2からサービスを開始していたが、Quest 3に対応したことで「視界が高精細になりディスプレイに映る文字が”普通に”読めるようになった」、「MRのパススルーによって手元のキーボードとマウスが常時フルカラーで見えるようになった」の2点によってQuest 2と比べてはるかに実用性が増した。
もし自宅ですでにマルチディスプレイを用意していたり高解像度かつ大型のディスプレイを用意していたりするなら、わざわざQuest 3をかぶってまで仮想のマルチディスプレイを用意する必要性は薄いものの、机が狭いか出先にいるなどマルチディスプレイを物理的に用意できない環境なら利用する動機が生まれる。とはいえ筆者としてもQuest 3を出先に持ち運ぶにはまだ躊躇する面もいなめないが、将来的なハードウェアの発達次第では実用性が高いとはっきり言える状況になるだろう。
こうしてQuest 3でMRアプリを体験してMRの可能性を垣間見はしたのだが、結局継続して使うことはなく、1週間と続かなかった。というのもヘッドセットの重量やカメラの精度といった不便さが、今のところは利便性を上回ってしまうからだ。今は「将来的には実用性がありそう」という期待に胸をふくらませるか開発者が自分で作ってみる時期であって、今すぐにQuest 3を買ってもMRコンテンツのほとんどを1週間もしないうちに体験しつくしてしまうだろう。とはいえ、夢を垣間見ることができるというのも立派な価値の一つではある。
Quest 2タイトルも互換で解像度が向上、しかしQuest 3独占タイトルの予定はなし
Quest 3はQuest 2のVRソフトがすべて互換で動作し(互換に対応しないVRソフトの報告は現状なし)、Quest 2(解像度が片目あたり1832x1920)と比べてQuest 3(解像度が片目あたり2064x2208)での動作は解像度が自動的に30%以上も高くなる。Meta Questのこの仕様には家庭用ゲーム機に慣れている人ほど驚くのではないだろうか。
たとえば家庭用ゲーム機だとフルHDを前提に作られたゲームが次世代機で自動的に4Kで動作することは普通起こらず、個別にアップデートするか別製品としてリマスターしなければいけない。しかし、Meta Questではグラフィックの処理が「ディスプレイに対して何%の解像度で描画するか」という処理になっている(開発者が解像度の数値を決め打ちしない)ため、デバイス側のディスプレイの解像度が高くなるとVRコンテンツの描画解像度も自動的に上がるのだ。
また、開発者がQuest 3に最適化した場合は解像度だけでなくテクスチャや3DCGモデルにLOD距離、フレームレートなどあらゆるグラフィック性能が強化される。特にQuest 3の性能を生かし切ったVRゲームの代表例として『Red Matter 2』を挙げたい。本作は2022年のリリース時点で「Quest 2の性能を限界まで引き出したグラフィックの高精細なVRゲーム」として有名なパズルアドベンチャーだったが、Quest 3への最適化によってハイエンドのPC VRやPS VR2に遜色ない品質に到達した。開発スタジオによるQuest 2とQuest 3の比較動画を視聴すれば見違えるほどの進歩ぶりに驚くことだろう。
しかし、Quest 3の独占タイトルは今のところひとつも予告されていない。サードパーティのみならずMetaにとってもこれまでのMeta Questシリーズの市場規模(Quest 2の出荷台数は2000万台にのぼる)は無視できない状態で、「将来的には専用タイトルを出す」といった発言すらないのだ。そのため、「独占タイトルのために新しいゲーム機を買いたい」というユーザーや、すでにQuest 2を所持していて現状に不満がないユーザーは急いでQuest 3に買い替える必要性が薄い。現在発売予定のMeta Quest独占の大型タイトルを見ても、11月17日リリースの『Assassin’s Creed Nexus VR』と12月16日リリースの『Asgard's Wrath 2』で、いずれもQuest 2でプレイ可能といった状況にある。
Meta Quest 3を買うべきユーザーは誰か?
筆者の結論としては、現状のMRコンテンツがほぼ「期待感と夢を体験すること」以上でも以下でもないため、Quest 3で継続的に体験できることはQuest 2と変わらない。このため、Quest 3はQuest 2 Proと言ったほうが適切だろう。
では、Quest 3を買うべきユーザーは誰なのだろうか? 筆者は「VRデバイスを久しぶりに買い替えるか、初めて買う人」だと答える。Quest 3の高解像度とMR対応に伴うフルカラーのパススルーは「VRデバイスをかぶるめんどくささ」を軽減してくれるからだ。Quest 3はデバイスを起動するためのセッティング(プレイヤーの部屋を認識してセーフティをかける機能)が自動化されながら精度も上がっており、パススルーのフルカラー化と高解像度化によってセッティングに伴う事故が起きる可能性も格段に減った。これがあるかないかで長期的な「デバイスを起動する際の心理的ハードル」がかなり低くなる。もしも価格差が原因でQuest 2とQuest 3のどちらを購入するか迷っている場合は、ストレスの軽減と快適さのために差額の2万7500円を払うつもりでQuest 3を選んだほうがよいと思う。
逆に、すでにMeta Quest 2やPICO 4といった比較的新しいVRデバイスを買ってから時間が経っておらず常用しているのであれば、急いでQuest 3を買う必要もないだろう。また、PCのVRコンテンツのためにPCに接続して使う場合だとQuest 3は解像度が高すぎるためミドルレンジのゲーミングPCだと性能が足りず解像度が落とされ、Quest 3の恩恵を充分に受けられないリスクがある(筆者の動作確認だとRTX 3060で描画解像度が75%に落ちてしまったので、これより上の性能が望ましい)。
また、Quest 3とPS VR2は定価がほとんど一緒であり、Meta QuestのVRゲームはPS VR2とマルチプラットフォームで展開されることも多い。すでにPS5を所持している場合は、Quest独占とPS VR2独占のどちらに関心のあるVRコンテンツがあるか、PCへの接続を検討するか否かでQuest 3とPS VR2のいずれかを判断するとよいだろう。無論、ゲーミングPCもPS5も所持していない状態でVRゲーミングを始めるのであれば、価格としてベストな選択肢は間違いなくMeta Quest 3である。