『十三機兵防衛圏』の繊細なサウンドデザインで作られる臨場感
東雲諒子の頭痛シーンはカスタム演出!
9月3日、ゲーム開発社向け会議CEDEC 2020にてベイシスケイプは「『十三機兵防衛圏』たったひとつの冴えた音響:サウンドコンセプトとその実装」という講演をおこなった。ご存知かもしれないが、『十三機兵防衛圏』はヴァニラウェアが開発し、アトラスが販売したアドベンチャーゲーム。2019年の年末にリリースされ、IGN JAPANでも高く評価された作品だ。ベイシスケイプは本作のサウンドトラックと共にサウンドデザイン全般を担当しており、今回の講演ではその細やかな仕事が紹介された。
講演はベイシスケイプ代表取締役社長の崎元仁氏による第1部、同社サウンドデザイナーの金子昌晃氏による第2部に分かれており、司会は本作で使用されたサウンド用ミドルウェアADXを開発するCRIの櫻井敦史氏が行った。
まずは本作の内容について簡単に説明しよう。『十三機兵防衛圏』にはアドベンチャーパートにあたる追想編、リアルタイムストラテジーのような崩壊編、そしてゲーム内の用語やログを閲覧する究明編の3つのパートに分かれている。究明編はUI上でテキストを読むだけなので、今回の発表では追想編と崩壊編でのサウンドデザインについて説明された。追想編はフルボイスのアドベンチャーゲームとなっており、初めてゲームをプレイしたときも、会話のスムーズさ、サウンドトラックの馴染み具合には驚かされた。他方、崩壊編は激しいロボットバトルだが、大量の効果音でも不快感なくゲームプレイできるところが、音楽上の特長であったと思う。
さて第1部では崎元氏がサウンドトラックのディレクションについてごく簡単に説明した。崎元氏によれば、劇伴音楽はゲームの中での優先度としては低く、音声や効果音に比べると即効性は少ないものと考えている。だが複雑な感情を描くことに秀でているため、作品の世界観を踏まえつつも、自由に独自性のある音楽を目指しているそうだ。特に音楽の要素としてはっきりと一般の人に効果を発揮するのは、テンポや音程の分布、主たる要素(メロディーなど)の音量といった意外に単純な部分だ。そのため、スケール(音階)やコード進行に関しては、かなり大胆なことをしても受け入れられることが多く、「もっと変態的な音楽」を目指しているとのこと。
第2部では、金子氏が『十三機兵防衛圏』でのサウンドデザインを事例をあげながら説明した。本作におけるサウンドデザインの全体的な目標は、音楽と音声をしっかりと聞かせることにあった。特に同時に復数の音声や効果音が発生しやすいゲームであるため、プレイヤーに不快感をあたえずに音を構成する必要がある。さらにゲームのシチュエーションに応じて、自分がそこにいるような感じの音響を作り、主観的な演出を多様しているのも特徴だ。
具体的には追想編のボイスでは、収録した音声を森のような空間を感じさせるリバーブをつけ、距離感を演出している。他方、「クラウドシンク」というキャラクターの主観的思考をする場面では、身の回りの音を曇らせ、水に入ったような音響を作っている。また追想編でボイスが発生する場面では、サウンドトラックをダッキングすることで、会話を聞き取りやすくする工夫もしている。
他方、崩壊編のボイスはロボットに搭乗したキャラクター同士の会話がメインだ。そこでは通常よりも帯域を絞ったような音声(いわゆるラジオボイス)にすることで、無線通信を再現。さらにサウンドトラックと効果音がバッティングしないようにするため、サウンドトラックを高音域(いわゆるウワモノ)と低音域(キックとベース)の2つのトラックとして使用し、爆発音や集中音といった効果音に合わせて低音域をダッキングしている。これによって効果音が低音とバッティングしてうるさく聞こえず、なおかつ高音域が鳴っていることで曲が途切れた感じがしないそうだ。
さらに激しい戦闘のある崩壊編では、銃の連射音や同時に発生する効果音にも工夫がなされている。連射音では単発音を連続して再生することで再現しているが、2発目以降の音をコンボシーケンシャルという機能で小さく鳴らしている。さらに効果音は2フレーム内で同時になった場合、キャンセルしたり、効果音ごとに多重再生が禁止される時間を作っているそうだ。
このように追想編でも崩壊編でも快適かつ没入感の高いサウンドデザインを目指しているが、より積極的な演出としては、追想編の「早送り」と「東雲諒子の頭痛」に関するものだろう。本作ではシナリオスキップ場面で、ビデオテープを早送りしたような演出がなされる。その時のサウンドは基本的にはサウンドトラックがキュルキュルと高音域になり、低音が削られたものだが、実際には早送り中に鳴る音、鳴らない音、さらに早送りが進行する音といったふうに細かくわけられている。結果として、一部のサウンドは早送りした後、その秒数に応じて頭出しが行われているそうだ。
本作の中でも特にミステリアスなキャラクターの東雲諒子はゲームプレイ中に薬を飲まないと頭痛を感じて周囲のことが不明瞭になる。このときグラフィックスもグリッチしたような演出となるが、サウンドも連動として歪んでいく。音声、効果音、システム音、サウンドトラック全体が東雲の状態にあわせて歪み、プレイヤー自身も頭痛を起こしたような不気味な経験をすることになる。この演出はコーラスとイコライザを使って作っているようだが、キャラクターが多い本作においては、東雲だけに実装されている非常に芸の細かいものだ。
以上、ベイシスケイプの講演は本作の職人芸的な細やかさがサウンドデザインにも発揮されていることをわかりやすく示してくれた。サウンドによる演出はプレイヤーには気づかれにくいが、ゲームの没入感や臨場感などには確実に影響している。気に鳴った方は実際に本作をヘッドフォンなどをしてプレイしてみてはいかがだろううか。