ゲームシナリオの解剖学from各務都心:第57回『Citizen Sleeper』スペースコロニーは眠らぬ街角、サイクルの果てで掴む僅かな未来

一粒の安定剤というマクガフィンのために、己の命を張るライフシム

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こんにちは、シナリオライターの各務都心(@toshinthepump)です。
古今東西の傑作と呼ばれるゲームを、シナリオの面から掘り下げてみようという企画――「ゲームシナリオの解剖学」第57回は、『Citizen Sleeper』を取り上げる。

今回もネタバレが出てくるので、先の展開をまったく知らないで遊びたい方は注意していただきたい。

2019年に発売した『ディスコ エリジウム』は、象徴的な油絵風のグラフィックと、あまりに回りくどすぎる文体、入念に練り上げて構築された世界観設定など、あらゆるポイントが評価され、世界中の文系ゲーマーを虜にした。当連載では第22回で取り上げているので、ぜひそちらもあわせて読んでほしい。

そんな『ディスコ エリジウム』の影響下にある作品が、今回取り上げる『Citizen Sleeper』だ。本作はスリーパーと呼ばれる人間に近しい疑似精神を搭載したロボットが、「瞳」というトーラス型のスペースコロニーに流れ込んでくるところから始まる。

スリーパーはもともと企業の所有物であり、今でもそのボディを回収しようと宇宙船にバウンティハンターを放って、主人公のことを探し回っている。瞳には雑多な人種が暮らしており、ワケアリが紛れ込むにはちょうどいい場所だが、残念ながらスリーパーのフレームは企業が作っている安定剤を定期投与しなければ壊れてしまう。

本作は闇市を漁って安定剤を手に入れたり、企業からの追手を撒いたりしながら、出口の見えない生活を抜け出し、今よりマシな未来を手繰り寄せんともがくサイバーパンクSFだ。宇宙空間を舞台にしているからサイバーパンクとは印象が違うという人もいるかもしれないが、瞳もまた企業城下町であり、メガコーポの支配にいかに抗うかというストーリーが目立つので、正しい意味でサイバーパンクらしい作品と言えるだろう。

さて、実際にゲームとして何をするのかというと、一日(サイクル)の始めに、最大5d6のダイスロールが行われるので、プレイヤーはそれらを好きに割り振っていく。ショボいアルバイトをしたり、危ないヤマを踏んだりしつつ、お金やアイテムを集めていくのだ。マップはカーソルで選択する形式だし、パークやスキルに相当するものは5種類しかないので、『ディスコ エリジウム』よりもずっと単純だ。

ストーリーや世界観設定も、オリジナルのイデオロギーや神話がこれでもかと絡んでくる『ディスコ エリジウム』に比べると、『Citizen Sleeper』は遥かにわかりやすい。サイバーパンクによくある大抵の設定さえ知っていれば、充分に話を読み進めることができるだろう。

この2作については、オリジンとしての唯一無二な世界観やシナリオを堪能できるが、それ故にアクが強かった『VA-11 Hall-A』と、オリジンを最速でパロディし、音楽は想定されたプレイヤー層のボリュームゾーンが好むであろう名曲のアレンジを用い、案の定ヒットした『コーヒートーク』という関係性を思い出した(とはいえ、『Citizen Sleeper』を制作したJump Over The Ageの前作である『In Other Waters』は、イラストを一切用いず、テキストとマップだけで海底探査を表現するというかなり尖ったことをしていたのは補記しておく)。

どちらが好きという話は置いておき、シナリオ自体の話に移ろう。『Citizen Sleeper』のストーリーは先程述べた通り、企業城下町に迷い込んだ一人の違法難民が、あらゆる手を尽くして自らをどん底から掬い上げていく話だ。開拓船に乗り込もうとする疑似親子や、スラム街を牛耳るギャングや、より良いスープのためにキノコを探している露店主など、どれもなかなか読み応えのあるクエストが揃っている。

それらのクエストを達成していく中で、要求されるものがだいたいマクガフィンなのだ。

マクガフィンというのは、作劇を成り立たせるために必要な概念で、具体的にはキャラクターの動機付けなどに用いられる小物のことを指す。

たとえば、古代の遺跡を巡る冒険活劇があったとして、最後に主人公が手に入れるものは「財宝」なわけだが、これは仮に「神秘的なクリスタル」でもいいし「未発見の化石」でもいいし「黄金のコチムンディ」でもいい。だいたいの属性さえ合っていれば何でも代入可能で、それでなければ絶対にいけないわけではないモノのことである。

当然ながら『Citizen Sleeper』のクエストでも、よくわからないものをいろいろ頼まれるし、いろいろ手に入れることとなる。「シップマインド」とか「リッパーワーム」とか「緑道へのサイファー」とかである。ワームとかサイファーならまだハッキングに使う道具だとわかるが、「安定剤」とか「ヤタガン一味のデータ」ともなると、そこにはもう具体性はない。

まあ、多くのビデオゲームに搭載されているクエストは、大概がマクガフィンを集めてくるだけだが、サイバーパンクだとここで「貸し借り」を意識させられるのが強い、と筆者は思っている。

瞳に生きるキャラクターたちは、そのほとんどが出口の見えない閉塞的な社会に苛立ち、信頼のおける仲間とともに一発デカいことをしてやろうと画策している。となると、全員が全員を試しており、自分の命の次に大事な資産を預けられるパートナーを探し回っているわけだ。

主人公はそんな彼らの試し行動に付き合い、何だかよくわからないマクガフィンを死にかけながら拾ってくる。すると彼らは気を良くし、本題の話を始める。『Citizen Sleeper』のシナリオはほとんどこれの繰り返しだ。

基本的には、ひとつのお話の中にマクガフィンがいくつもあるのは避けるべきである。(その後の評価やゲームの内容とは別に)悪い意味で流行ってしまった『ファイナルファンタジーXIII』のファルシのルシがどうのというネットミームを思い出してほしい。カッコいいフレーズを思いついたとしても、一般人が知っている言葉で置き換えられるならそれに越したことはないので、ちょっと落ち着いたほうがいい。

だが、サイバーパンクというジャンルにおいては、ときにそのマクガフィンの嵐が、ある種の外連味や情緒を形成する瞬間がある。同ジャンルの祖だと言われているウィリアム・ギブスン著『ニューロマンサー』や、それを模倣した多くのエンタメが、プロットやドラマなんかよりも装飾過多なジャーゴンこそ本質だ……と言わんばかりにマクガフィン的描写を多用した経緯もあるが、やはり浮ついた社会にはすぐにでも取って代わられるアイテムやアイコンが似合うのだろう。

サイバーパンクに大事なものが何か、それを今一度再確認できる、ジャンルへの愛に溢れた一本であった。


※ちなみに、黄金のコチムンディは『アンチャーテッド エル・ドラドの秘宝』に出てくる収集物である。何とも言えないキュートなルックなので、ぜひチェックしてほしい。

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