帰ってきた 名探偵ピカチュウ - レビュー

かわいさ満点で謎は控えめ、トータルの満足度は厳しい

※購入先へのリンクにはアフィリエイトタグが含まれており、そちらの購入先での販売や会員の成約などからの収益化を行う場合はあります。 詳しくはプライバシーポリシーを確認してください

ポケモンはもはや単なるゲームの中の架空の生き物ではない。街中にポケモンのグッズは並んでいるし、ポケモン関連のイベントがあればポケモンの着ぐるみが跳ねまわる。散歩のときは街のあちこちにいるポケモンを見つけ、眠るときは枕元のカビゴンと共に眠りに就く。ゲームとして世に出た作品のキャラクターがこれほどまでに世の中に浸透している事態は驚くべきものであるが、ゲームとしての素晴らしさとキャラクターの魅力、そして「大好きなポケモンと暮らしたい」という多くのプレイヤーの願いが、この現実をもたらしたことは間違いがない。2016年に始まった「名探偵ピカチュウ」というシリーズはその意味で「ポケモンが人間と当たり前に生きる世界にフォーカスを当てた作品」の先鞭をつけるものであっただろう。最新作となる『帰ってきた 名探偵ピカチュウ』にももちろん、リアルなサイズのポケモンがいる世界の楽しさがたっぷりと詰め込まれている。しかし残念ながら、ゲームとして完成度は決して高くなく、6000円を超える価格帯の作品としては厳しい出来と言わざるを得ない。

「名探偵ピカチュウ」と聞いて多くの人が思い出すのは、2019年に公開された同名の映画作品になるだろう。ピカチュウの声と、表情も含めたキャプチャパフォーマンスをライアン・レイノルズが担当し、落ち込んだ時のしわしわな表情は大きな話題になった。同作は2016年にダウンロード専売ソフトとして発売した『名探偵ピカチュウ ~新コンビ誕生~』と、その完全版となる2018年のニンテンドー3DSソフト『名探偵ピカチュウ』を原作とした映画である。2018年版の『名探偵ピカチュウ』は多くの謎が残されたままストーリーが終わり、続編の存在を予感させていた。そして5年の歳月を経てとうとう日の目を見たのが、今回レビューする『帰ってきた 名探偵ピカチュウ』である。

ポケモンと共に暮らす街はやはり最高

物語の舞台は、ポケモンと人間が共生するライムシティ。モンスターボールを使わずに、1人の人間が1匹のポケモンをパートナーとして大切にする、ポケモン好きにとっての夢のような街だ。主人公のティム・グッドマンの父親、ハリー・グッドマンは、探偵としての捜査の最中に、ある日突然行方不明になってしまう。ティムはハリーのパートナーであるピカチュウと出会い、父の失踪の謎と街を巻き込む陰謀を暴いていく……というストーリーだ。なぜかティムとだけは会話できるハリーのピカチュウは、コーヒーをたしなみ中性脂肪を気にする「中身はおっさん」で、そんな名探偵ピカチュウがかわいくピカッと事件を解決していく。

本作の最大の魅力は、かわいらしいポケモンたちが設定通りのスケールで日常の暮らしに溶け込む景色を垣間見れることだろう。カフェでお客さんのコーヒーに勝手にミルクを足そうとしてしまうマホミルや、お花屋さんで水やりをするインテレオンなど、「ポケモン」シリーズを遊んだ多くのプレイヤーが想像した「ポケモンのいる世界で暮らすって、こういうことかな?」というシチュエーションが、ライムシティにはあちこちに見られる。なおかつ、ピカチュウは右ボタンを押せば「ピカチュウサイン」でいつでもさまざまな話をしてくれ、その会話のバリエーションも非常に豊富だ。他のポケモン作品ではとってもキュートなピカチュウの、名探偵としての一味違った魅力は、ゲームのスタートからエンディングまでずっと途切れることなく続いていく。

また今作では新たに、ピカチュウとポケモンが力を合わせて捜査を進めるという要素が追加されている。たとえば鼻が利くガーディならば、ピカチュウはその背中に乗ってにおいの痕跡を追跡できるようになるし、力持ちのヒヒダルマ(ガラルのすがた)の頭にピカチュウがめり込めば、目の前の障害物を殴り散らかすことができる。

それぞれ協力してくれるポケモンの特徴に合わせたミニゲームも道中には用意されており、単調ではあるもののそれらは本作の捜査パートのアクセントとして機能している。他のポケモンと一緒に捜査をしているあいだは街中のポケモンとも直接会話することができ、彼らの意外な性格やしゃべり方にほっこりすることも多々あった。

かわいさはあるが遊びやすさは控えめな推理パート

しかし、いざこの価格帯の推理アドベンチャーゲームとして本作と向き合ってみると、手放しでは褒められない部分ばかりが目に付く。

本作の捜査パートは基本的には奥行きのある2Dスクロールマップで構成されているのだが、カメラの角度を変えるなどの操作ができないため手前にどれくらいのスペースがあるかわからず、マップ全体の把握がしづらく、曲がり角などの視点切り替えもぎこちない。ただ、コンフィグでティムの歩く速度を早く調整したり、セリフのスピードを調整することはでき、ある程度自分好みにカスタマイズして遊びやすさを増すことは可能だ。本編クリアの有無に関わらずチャプターごとに細かく場面を選んで遊び直せる「つまみぐいモード」もあり、気軽にプレイするための要素は整っている。

また、かなりの頻度でムービーが挿入されるが、アニメーションとセリフや展開も噛み合わない部分が散見される。それぞれのチャプター開始前にテレビで朝のニュースを見るギミックが存在するのだけれど、セリフを話し終わってもキャスターはずっと口パクを続けており、非常に奇妙な見た目に見える。ムービーは連続したシーンでも細切れに再生されることが多く、直前のシーンでドラマチックな展開があっても画面内のキャラクターの表情は変化に乏しくディテールに欠け、セリフが直前のシーンと連続していないため、感情移入もしづらい。真犯人を追求する際には人物のバストショットの切り返しが多用されるなど、全体としてムービーシーンの演出は単調な印象を受ける。

問題を抱えた謎解き部分、そしてストーリー

それ以上に本作のもっとも大きな問題点は、ミステリ部分とストーリーに集約される。本作はライムシティという特別で素敵な街を舞台にした推理ゲームでありながら、「ポケモンのいる世界のミステリ」ではなく、あくまで「ポケモンを使ったミステリ」となっており、そこが大きな物足りなさに繋がっている。

本作は主にティムを操作し、ピカチュウと一緒に事件を捜査していくことでゲームは進行していく。事件の手がかりがありそうな場所は現場検証で怪しいところを調べ、集めた手がかりをもとに推理ノートで推理する。この推理ノートによる推理パートだが、基本的には情報を集めて推理ノートの3択の選択肢を発生させ、正解の選択肢を選んで先の調査に進む、というルーチンで進んでいく……のだが、この一連の流れが単調で、なおかつ推理ゲームとしての楽しさはほとんどない。そうなってしまう理由はいくつか挙げられるが、まずひとつめは、解くべき謎が極めて簡単なことに由来する。事件の概要を一見した時点で、目の前にある謎についてはある程度の推測が付いてしまうので、真相を探るために聞き込みや調査をするのではなく、ゲームを先に進めるためのフラグを回収する作業になってしまっている。

また、プレイヤーが直接的に解く謎に、ポケモンならではの部分が少ないことも理由のひとつだ。たとえば劇中では、ターンごとにあくタイプとでんきタイプが入れ替わるモルペコに関する謎が出てくる。モルペコはそのときのタイプによってわざのタイプも変化する非常に珍しいポケモンで、その特徴に沿って事件と矛盾する事実が生じるのだが、このスリリングなロジックをプレイヤーは推理することができずに、ティムがセリフでさらっと説明してしまう。3択というシンプルな推理方法のせいもあり、本作においてはこういった具体的な謎はティムや周りの人物が自動的に導き出してしまうことが多い。

ポケモンを題材にしたミステリのゲームとしてもっとも快楽が大きい部分である、ポケモンだからこその推理にプレイヤーが触らせてもらえないのは、かなり残念でもったいない。もちろん、ポケモンならではの推理を用意することで難易度が大きく跳ねあがってしまうことも予測されるし、子どもも遊ぶゲームでは避けたいという理屈も想像できる。とはいえ先述したコンフィグの中で選択肢や現場検証などで正解の部分が星マークで表示されるようにする設定も可能なので、ミステリの本筋をここまで簡単にしてしまうのは単純に本作の最大の個性を削ってしまうだけになっているように思える。

一応、本作には「みんなの困りごと」というサブクエストのような要素が存在し、街の人(ポケモン)から困っていることを聞き出して、その困りごとに合ったポケモンやあるいはアイテムを探すという遊びが楽しめる。これはポケモンの特徴を推測して推理する遊びといえないこともないが、依頼人に話を聞いてマップを歩いて近くにいるそれらしいポケモンに話しかけるという極めてシンプルな構成なので、ゲーム的なおもしろさには欠ける。加えて、サブクエストには直接的な報酬はなく、次のチャプター開始前に新聞記事で簡単なテキストが追加されるだけなので、解決するモチベーションもそれほど大きくない。クリア後のやり込み要素も特に存在せず、困りごとをすべて解決したとしても本作のプレイ時間は10時間ほどだ。

加えて、ストーリーそのものも非常に簡素でそっけない。個別の事件がつながって現れる真相については人間のキャラクターの思惑が大きく関わるのだけれど、ポケモンの描写に比べて人間の描写はきわめて画一的で物語に必要な役割以上のものを与えられない。事件に関する手がかりを持っているキャラクターは本当に手がかりを持っているキャラクター以上の存在ではないし、最後に立ちはだかる敵も最後に立ちはだかる敵以上の作り込みはなされていない。クライマックスのドラマチックな展開も、どこかで見たようなシチュエーションのつぎはぎで、本作ならではのキャラクターや設定が生み出す驚きは何もない。

すべてを包み込む、ポケモンのキャラクターとしての魅力

次の部屋に進むために必要なパスワードがホワイトボードに書かれていたり(しかも2つ)、天井から扉の鍵が落っこちてきたりと、もはや投げやりともいえる終盤の展開を見ると、あるいはこの「名探偵ピカチュウ」というプロジェクト、そしてストーリーは、もしかしたら2019年の実写映画ですでに終わっていたのかもしれないと思ってしまう。人間の言葉がしゃべれる名探偵ピカチュウは何者か、という最大の謎は映画ですでにするりと披露され、3Dで表現されるリアルなスケールのポケモンのいる世界も同様に映画では素晴らしい表現として描かれた。ポケモンのいる世界のリアルな描写は、ゲームでも『ポケットモンスター ソード・シールド』や『Pokémon LEGENDS アルセウス』ですでにある程度まで実現された。その意味で、『帰ってきた 名探偵ピカチュウ』というゲームそのものの立ち位置が2023年の現在は非常に難しくなってしまったことも理解できる。

しかし繰り返しになるが、そういった欠点も含めてポケモンの魅力を楽しむためのゲームであると考えれば、本作はおおよそ満足いくものではある。バトルの手持ちには余程のことがない限り加えないようなポケモンでも、ライムシティでは当たり前に生きていて、街の暮らしを支えている。エルフーンは街の暮らしなんて関係なく、自由にあちこちを漂っている。

バトルという人間の都合に振り回されずにポケモンたちがそこに生きていることが感じられるこまごまとした描写は、ポケモンというIPが作り出してきた世界観の奥深さを証明している。ポケモンたちが主役のスピンオフは、「ポケパーク」や「ポケモン不思議のダンジョン」などさまざまなタイトルがあったが、ポケモンと人間が一緒に暮らしていながらも、ピカチュウを通じてポケモンと直接会話できる「名探偵ピカチュウ」シリーズは、ほかのポケモン作品には存在しない豊かさを確かに持っている。

長所

  • 日常生活に溶け込んだライムシティのポケモンの魅力
  • 細かな設定が可能な設定

短所

  • 推理ゲームとしては物足りない謎解き
  • 演出に乏しいムービーシーン
  • 盛り上がりに欠けるストーリー

総評

「ポケモンバトルのないポケモン世界」というコンセプトに貫かれたライムシティは、ポケモンが身近にいたらと夢見るポケモンファンにとっての理想郷だ。登場するポケモンたちは当然ながらとても魅力的で、ピカチュウとポケモンが協力して進める捜査パートでは、前作にはなかったポケモンの魅力が垣間見える。しかし推理アドベンチャーとしてはあまりにも簡素で奥深さがなく、ストーリーにツイストや深みも感じられない。サブクエストも含めて10時間ほどという短いプレイ時間も考えると、6000円を超える価格帯のゲームとしては残念な出来と言わざるを得ない。

※購入先へのリンクにはアフィリエイトタグが含まれており、そちらの購入先での販売や会員の成約などからの収益化を行う場合はあります。 詳しくはプライバシーポリシーを確認してください
In This Article

帰ってきた 名探偵ピカチュウ

Creatures | 2023年10月6日
  • Platform / Topic
  • NintendoSwitch

『帰ってきた 名探偵ピカチュウ』レビュー かわいさ満点で謎は控えめ、トータルの満足度は厳しい

6
Okay
ポケモンと人間が共生するライムシティでさまざまなポケモンに出会う「名探偵ピカチュウ」シリーズならではの体験は、ポケモンを愛するプレイヤーを絶対に笑顔にしてくれるだろう。しかしこの価格帯のアドベンチャーゲームとして見た場合は、グラフィックやストーリー、謎解きやボリュームなど、あらゆる点で不十分だ。
帰ってきた 名探偵ピカチュウ
コメント