イッキ見しよう!20年前のカルトアニメ『serial experiments lain』は情報化社会の欲望と混乱を描いた今でも観る価値のある作品

先見性にあふれたビジョンに瞠目

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『serial experiments lain』はHuludアニメストアで配信中。


10年前、青土社が出している批評誌「ユリイカ」の2010年10月号「特集=安倍吉俊」に、1998年放送のテレビアニメ『serial experiments lain』に関する文章を寄せた。安倍吉俊がオリジナルキャラクターデザインを手がけた作品だったからだ。

文章では、誰もが簡単に情報をネットに上げ、手元の端末でどこにいても情報を取り出せるようになった社会が描かれていることを挙げ、「個人情報の漏洩を招き、特定個人への誹謗中傷を呼び、個人の尊厳を奪って絶望へと追いやる。そんな、ネット社会のダークサイドすらも予想していたところが、『lain』の凄み」だと書いた。

そして、「ネット状況の描写においても『lain』は、初登場の時から2010年を射程に入れた先進性を持った作品であり、また2010年においてもなお、未来を示唆する作品なのだ」と讃えた。大いに見誤っていた。隅々まで届くネットの上の膨大な言葉が格差を広げる。浴びせられる誹謗や賞賛で人が死を選びもすれば英雄にもなる。2020年の現在においても『serial experiments lain』は、そこに描かれていたビジョンが現実と重なって見える作品なのだ。

『serial experiments lain』(1998)

第1話にあたる「layer:01 WIRED」。繁華街にあるビルの上から四方田千砂という少女が身を投げる。そして始まった物語は、他人とのコミュニケーションが得意ではなさそうな岩倉玲音という少女のNAVI(ネットにつながった端末)に、死んだはずの千砂からメールが届くというもの。死後の世界との交流を描いたオカルト? それとも死の原因に迫るミステリ? そんな想像を超えて視聴者は、主人公の玲音とともに現実と虚構とが入り交じり、生と死が交錯する不思議な空間へと誘われていく。

1998年の時点においても、そして現在の流行から言っても、美少女という範疇には収めづらいデザインの玲音が、電車の中から架線を眺めて「うるさいなあ……黙ってられないの?」とひとり言をつぶやく。教室に座っていると、指先から煙のようなものが吹き出して部屋中に広がる。歩けば道には不気味な陰が横たわり、家では父親が娘に背を向け笑いながら端末を操作する。

何が起こっているのか分からない。どこへ向かっていくかもまるで見えない。そんな第1話だが、これを見て何かとてつもない出来事が起こっているのだと信じられれば、貴方はもう完全なまでに『lain』というアニメの虜囚だ。エピソードを意味する"layer"を次々とめくって、ストーリーをイッキ見している自分に気づくだろう。

「layer:02 GIRLS」。これがまた凄まじかった。サイベリアというクラブに、同級生のありすたちと出かけた玲音は、少年が起こした乱射事件に巻き込まれる。迎えたとてつもないエンディングから浮かぶのは、物語が現実世界で起こっているのか、それとも仮想世界での出来事なのかといった疑問だ。

今でこそ『ソードアート・オンライン』などに代表されるVRMMORPGが舞台のアニメが幾つもあって、現実世界と仮想世界の混交が頻繁に描かれる。VR機器の普及がそうした設定を理解しやすくしている。1998年はどうだったか。パソコン通信がインターネットに代わったものの、ネット世界へのダイブはウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』なり柾悟郎の『ヴィーナス・シティ』といったSFに描かれる一種の"夢"だった。

『lain』はそうしたネットワーク上の仮想空間が、意思を得たかのように現実世界を侵食する描写まで広げて明示して見せた。2020年になってすら追いつけていないビジョンを、前世紀のネット状況で想像したことに、視聴した誰もが驚けるだろう。

テクノロジーやデバイスの描写も凝っている。ハンディタイプで、入力はスライドして飛び出してくるパッドにデジタルペンで筆記する様子は、iPhoneやiPadへのペン入力と重なる。モニター類こそブラウン管が主流だが、何台ものモニターをつなぎ、机いっぱいから部屋いっぱいになるまで機材をつないでスペックを追い求めるPCオタクの、今と変わらない特質も楽しめる。パソコンをいじる際に、静電気をためないように服を脱いで下着だけになるという、決してサービスではなく理にかなった描写もある。今なお古びていない情報環境を見て確かめよう。

 
1999年に刊行された『serial experiments lain』の画集の復刻版

語は進み、現実との境界をめぐる物語の中で、玲音はその狭間に立って、ワイヤード(=繋がれたもの)の世界へと足を踏み入れ、そして自分という存在の本当の意味を見つけていく。ワイヤードのレインと、リアルワールドの玲音が次第に一致し始め、その正体に謎が生まれる。岩倉玲音は、そしてレインはいったい何者なのか。どうなってしまうのか。その答えが示される「layar:03 EGO」までたどり着いてなお、さまざまな疑問が浮かぶ。

そうなった時は最初から見返して、また考えれば良い。果たしてハッピーエンドなのか、それともバッドエンドなのかも含めて。ビルから身を投げた四方田千砂。変わっていく玲音を恐れるようになった、ありす。玲音を見張っていた黒服の男2人組。天才研究者の英利政美。そして父母や姉といった玲音の家族。物語の進展とともに壊れていった登場人物たちのたどり着いた帰結と、玲音が選んだ道から玲音が何を得て、そして得られなかったのかを考えたい。

人類が社会を形作るようになってから続いている、自分という自我と保ちながら他人とのコミュニケーションも両立させる困難さを、まだ黎明期にあったコンピュータネットワークというツールを舞台に描こうとした『serial experiments lain』。ネットが発達してコミュニケーションの壁が低くなった今、人は己の自我を保つことがいっそう難しくなっている。そんな時代だからこそ、改めて見る意味があり、見られる価値がある。

先見性にあふれたビジョンに瞠目し、放たれるメッセージを噛みしめつつ、孤独を恐れずコミュニケーションに溺れないで、ワイヤードがますます本格化する時代を生き抜こう。


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