VTuberがこぞって実況したあの “腹筋ゲー”が深夜アニメ化していた!なぜか「涼宮ハルヒ」コンビが声優参加する謎のアニメ『いきものさん』制作チームインタビュー
ブチ上げるもなにも僕は「ハルヒ」を知らないんですよ(和田淳)
おい覚えてるか? 『マイエクササイズ』というゲームを。あれだよ! ボタンひとつで腹筋だけをやるあのゲームだよ。
好きなYouTuberやVTuberの実況を観ていたら、突然黄色い画面の中心で坊主の少年が腹筋を始め、犬の身体に向けて顔をうずめていくゲームプレイを観た方も多いのではないか? あのキズナアイもプレイしているのだし。
おい知ってるか? そんな腹筋ゲーが今年……なぜか連続アニメ化してることを。それが『いきものさん』だよ。
今度の坊主の少年は犬といっしょにいろんな動物たちに会いに行く。毎週金曜日、深夜1:50頃MBS/TBS系にてスーパーアニメイズム枠の末尾で放送中である。また、TABチャンネル(YouTube)にて毎週見逃し配信を楽しめる。
ん? “いろんな動物たちに会いにいく”……? おい腹筋はどうした? 『ドラゴンボール』で言ったら悟空が闘いを辞め『あつまれ どうぶつの森』みたいな生活をしているようなものではないか?
謎は増えていく。なぜ声優がヨネダ2000の誠氏と男性ブランコの浦井のりひろ氏という、毎年のM-1で5位以下だがマニアが高く評価しそうな芸人が担当しているんだ? もっとよく見ると副音声に『涼宮ハルヒの憂鬱』(以下、ハルヒ)主演の平野綾氏と杉田智和氏が加わっている。このふたりを坊主少年の不条理アニメにキャスティングするとはどんな冒険でしょでしょなんだ?
数多くの謎を抱えたアニメ『いきものさん』。腹筋ゲーム『マイエクササイズ』を原作としながら一切腹筋をしない本作の謎を解くために、本作のすべてのエピソードの監督・脚本を手掛けたアニメーション作家の和田淳氏、東映アニメーションの高田伸治氏、そしてIGN JAPANにてインタビューを掲載し、寄稿もしているニューディアーの土居伸彰氏からお話をうかがった。高田氏と土居氏は本作のプロデューサーである。
いったい何者なんだこのアニメは……。結局坊主の少年の腹筋は割れなかったのか……? ホントが嘘に変わる世界なのか……?
あの腹筋ゲーとはなんだったのか?
――初歩的な質問ですが『いきものさん』と『マイエクササイズ』はどのような関係なのでしょうか。
土居伸彰氏(以下、土井):『いきものさん』は『マイエクササイズ』を「原作」としたショートアニメシリーズです。ゲームの主役だった腹筋している少年と犬のふたりがメインのキャラになっています。ほかにもゲームをやった方なら分かると思いますが、腹筋中に突如上空から落ちてきて甲羅を開ける運動を始めるカメとか、腹筋を応援してくれる女の子とかも出てきます。
なのでぜひともゲームのファンに見てもらいたいなと思ってるんですけど……。現状では『マイエクササイズ』とのつながりがまだ伝わり切っていないなと。
――改めて、なぜ『マイエクササイズ』が『いきものさん』として連続アニメ化されたのでしょうか?
土居:実は『いきものさん』自体は『マイエクササイズ』より前から、和田さん自身が温めていた企画でした。「子供向けの、毎回違う動物が出てくるシリーズを作りたい」と。それを聞いて、プロデューサーとしてお手伝いできないかなと思っていました。
――実は『いきものさん』の方が企画が先だったんですね。
土居:なんですけど、当時はシリーズの資金調達をするメソッドがなくて、なかなか実現には至りませんでした。
そんななか、メディア芸術クリエイター育成支援事業という制度ができました。それを使ってパイロットエピソードを作るのが良いのではと思い、和田さんに応募してもらいました。その補助金が「新しい試みを歓迎する」ものだったことから、じゃあついでにゲームも作りませんか、と。
そうして作られたパイロットエピソードが『マイエクササイズ』でして、つまり『マイエクササイズ』自体は『いきものさん』のパイロット版なんです。
――やはり『マイエクササイズ』は独特のゲームプロジェクトじゃないですか。数年前に土居さんからお話を伺ったとき、短編アニメーション作家がゲームを作る流れについて語っていただいて、本作も和田さんがその流れに連なるものでしたよね。
和田淳氏(以下、和田):そうですね。僕はゲームはあまりやらないですし、ゲーム自体に詳しくないので、僕自身からゲームを作る発想は出なかっただろうなと思います。
「犬のお腹に向けて腹筋する」という動きだけは頭にずっとあって、「これ、いつかどこかで使えないかな」と考えてたんです。それとは別に子供向けのリズムやテンポで見せていけるアニメはできないかなという思いはあって、そこで犬への腹筋を使った短編アニメを作ってみようかなと思っていたんです。
そんな時、土居くんのほうから「その企画はアニメとして作るとして、その世界観を生かしたゲーム開発という方向もありえるんじゃないか」という提案がありました。それは文化庁から助成金を申請するときで、短編アニメもゲームも両方作るのがおもしろいんじゃないかと。
そういうのは自分の発想にはないんだけど、実際にやってみたらおもしろいのかもなと思って、企画に乗った感じですね。
――あらためてアニメ作家の和田さんにとってゲーム開発ってどうでしたか? 『マイエクササイズ』開発当時、ICCの「イン・ア・ゲームスケープ」で土居さんとの講演を聴いたとき、最初の頃は「オープンワールドにしよう」という案があったなど、失礼ながら迷走していた印象もありまして。
土居:最初はキャラクターを3DCGでモデリングして、それで和田さんの過去の作品世界をオープンワールド化して旅していく壮大なものにしていこうとしていたんですよ……。
――それ個人がゲーム開発しようとして、いきなり大作RPGを作ろうとして挫折するやつですよ! 当時は土居さんの案にちょっと和田さんが振り回されてる印象もありました。
和田:振り回されたというよりは、知らないことが多すぎて自分に何ができるのかから考えていたので、そのぶん時間がかかったというのはあるかなあ……と思いますね。
ゲームをどうやって作るかもわからないし、どういう風に作るのが正解かもわからない。僕と土居くんともうひとり、薄羽涼彌さんのほぼ3人で作ったところはあるんですけど、「どういうことができるのか、自分の世界観を保ったままどういうところに落としどころを見つけるのか」とかなり試行錯誤しました。
――『ルビを振るゲーム』でいま話題となっている、あの薄羽さんとも組んでいたんですよね。
土居:薄羽くんは3DCGのアニメーション作家として知っていたんですね。僕が昔フェスティバル・ディレクターを務めていた、新千歳空港国際アニメーション映画祭のコンペに選ばせていただいていた縁です。それから東京藝大「ゲーム学科(仮)」展に薄羽くんが参加しているのを見て、「ゲームにも興味を持っているなら、手伝ってもらえないかな」と思って、僕の方から依頼しました。
――時間が経ってみると、『マイエクササイズ』はゲーム実況映えする変なゲームを作る人たちが集まったチームでもあったんですね。ただ和田さんはどちらかというと、初めてのゲーム開発自体に戸惑っていたと。
和田:言うなれば、なんでもできる状態から始めているので、できることをどう狭めていくかというか、ゲームとして成立させるかに時間を使いました。はたから見たら迷走、って言えるかもしれません。
――模索というべきでしたね。
和田:いやいや……。
土居:迷走でいいですよ(苦笑)。
和田:本当にいろんなことを考えましたよ。
土居:僕が近年のインディーゲームをいろいろ触っていた時期でもあるし、もともとゲームが好きな人間でもあるゆえに、いろんなゲームの例を知っているので、そういう例に当てはめて「オープンワールドにしよう」とか「アドベンチャーゲームにしよう」とか、いろんな例に振り回された感じです。
――ゲームにいろんな可能性がありますから、逆にその可能性に引っ張られたと。
土居:ひとつきっかけがあったとすると、伊藤ガビンさんからの助言です。メディア芸術クリエイター育成支援の補助金はメンター制度も利用できるのですが、そのなかにガビンさんがいました。
伊藤さんは『パラッパラッパー』のシナリオライターをやっているなどゲームにも通じていて。あのゲームはすごくシンプルなゲームじゃないですか。リズムゲームだけど世界観重視で。
そんな伊藤さんから「要素を絞ったほうがいいよ」っていう話をもらったんですね。「いじってみたらおもしろい」くらいのほうがいいよと。その時に、パイロットエピソードのワンシーンに絞り、腹筋をするだけのゲームにするというアイディアが生まれました。
――『マイ エクササイズ』では『Plug & Play』、『KIDS』のPlayables(短編アニメ作家のミヒャエル・フライ&マリオ・フォン・リッケンバッハのチーム)とも組んでいます。短編アニメ作家のゲーム開発ということで、彼らの影響も大きかったですか。
土居:昔からPlayablesのふたりは僕も和田さんも親しい仲だったんですね。そんなとき、ミヒャエル・フライがゲーム開発を始めたのをみて、「自分たちもできるのかも」と思ったんです。
『KIDS』の制作時、スイスの彼らのスタジオを訪問する機会があって、ドローイング・アニメーションの素材を元にゲームを作っていたことに衝撃を受けました。「手描きのアニメの素材をUnityにぶちこめば、ゲームの素材としても使えるんだ」という発見は僕の中でも大きかったんですね。
そこで和田さんの短編アニメ作品を素材として、ゲーム化することで和田さんらしいゲームっていうものを作れるだろうなと思いました。ただ、当時はコードを書ける人がまわりにおらず、薄羽くんと出会うまでに時間がかかったところはありました。
――『マイエクササイズ』がリリースされてからの反応はいかがでしたか。VTuberさんなどいろんな方に実況されていました。
和田:ゲームを遊んでいるリアルな現場は観れないわけなんですけど、実際にどんな反応をもらえるのかなと思っていました。実況者さんがいろいろ取り上げて遊んでくださって、基本的に「何やこれ」みたいな感じの反応でしたけど(笑)。
でもそれが自然な反応だと思うし、それがまた今までと違う層に届いてる感じがあったので、すごく新鮮な驚きではありましたね。
――普段の短編アニメ作品とはまったく違う層の人々だったと思いますし。
土居:パブリッシャーとしてPlayablesに入ってもらったとき、『Plug & Play』がYouTuber経由ですごく大きく話題になったという彼らの経験があったというんですね。
あの作品は特にリリースするときに特殊な販売戦略があったわけではなく、本当にただリリースしただけとのことです。だったんだけど、ある時、突然YouTuberにピックアップされて、バーッと広がっていったんです。
それでセールスを上げられたというのがあって、『マイエクササイズ』もYouTuberに刺さることだけを考えていました。
――意外とチームでバズを狙う戦略があったんですね。
土居:ありました。なんだけど、すごく意外だったのが最終的に日本で一番売れたんです。海外のYouTuberはぜんぜん反応してくれなくて、日本のYouTuberやVTuberばかりが反応してくれました。これは完全に意外でしたね。当時は、日本のインディゲームのマーケットは海外に比べると弱い印象があったので。
――ところで……和田さんはゲーム実況を観たことはございますか?
和田:いや、初めて観たくらいです。『マイエクササイズ』がなかったら、見ることはなかっただろうなという感じなんですけど(笑)。
――まあ……少しお話をうかがったところ、和田さんはそうしたカルチャーから遠い印象がありますね。
和田:ゲーム自体が複雑なものじゃないし、言ったらボタンを押すだけなので「実況として成り立つのか?」と思ってましたけど、いろいろ反応してくれて嬉しかったですね。
腹筋から動物との出会いへパラダイムシフト
――『いきものさん』はどういう形で東映アニメーションによる連続アニメになったんでしょうか。
土居:シリーズの資金調達の仕組みが次第に分かってきて、企画書を作ってしかるべきところに送りはじめました。ただ、当初の売り込み先は海外でした。
ところがいま同席している高田さんが、ある日突然ニューディアーの問い合わせフォームに「東映アニメーションの高田です。企画を考えませんか?」みたいな意味の分からないメールが……。
――いやわかるでしょう(笑)。大企業からいい話が舞い込んで来てるじゃないですか。
高田:(苦笑)
土居:高田さんはニューディアーが過去にやっていた上映会に来ていただいたりしてたみたいで、であれば、『いきものさん』の企画、どうですかと。
高田伸治氏(以下、高田):東映アニメーションの方針のひとつにテレビシリーズで続いているような『ONE PIECE』や「プリキュア」とは違う、新企画にも力を入れるというものがあり、そこの開発を中心に行う部署に配属されたのがきっかけで色々考え始めました。
僕は昔からアートアニメーションに趣味を持っていたので、そういう自分の好きなところから土居さんにお声がけしました。和田さんのこれまでの作品も拝見していて、DVDも持っています。なので和田淳とやれるなら是非、ということで『いきものさん』の企画を通していった、というのがざっくりとした流れですね。
――じゃあ高田さんの嗜好も強い企画だったんですね。
高田:最初(企画を)上にあげたときは、「なんだよこれ……これをうちでやるの……?」って反応でしたね。
――まあ『ONE PIECE』など取り扱っている企業が、ハライチ澤部風な主人公のアニメ企画に対してその反応はわからなくもありません。逆にどうやって上層部を説得できたかが気になります。
高田:(困惑しながら)いや、これどうやって説得したかな? 僕も別のインタビューで振り返ってみたんですけどあんまり覚えてなくて。ほんとにトントン拍子に進んだんですよ。
――えええええ?
高田:でもひとつ理由として『マイエクササイズ』がありますね。「こういうゲームが出ていて、YouTubeでもゲーム実況の再生数を取れていて、若い人も観ています!」という。
――ここで腹筋ゲーとしてのバズりが役に立つとは!
高田:あとはショートアニメの機運が高まっていた頃だったんですね。『PUI PUI モルカー』のように短い尺だけど、ちゃんと作家性も発揮できて、アニメとして成立している先行事例がちょっとずつ出てきたタイミングで、会社としても新規IP開発に力を入れていたので、その隙間に入り込んだかたちで、企画が実現しました。
――まさかのモルカー(など)が『いきものさん』企画を牽引してくれるとは……。
土居:高田さんは『THE FIRST SLAM DUNK』のアシスタントプロデューサーもやっていて、それから『いきものさん』に流れた方なんですよ。
――それはまた大都市から離島に移住したかのような温度差!
高田:(笑)。
土居:(苦笑)まあフィジカルなスポーツからフィジカルな腹筋のゲーム原作アニメに来た繋がりがあるんじゃないですか。
高田:使う筋肉はまったく違いましたね(笑)。
――和田さんとしても、キャリアで連続アニメを手掛けるのは初めてですよね。
和田:オリジナルのものとしては初めてですね。『マイエクササイズ』と違い、短いアニメをシリーズものとして作るというのはもともと企画としてやりたいことだったので、それが結果的にいまシリーズとしてテレビで放送されているというのは、ある種、夢が叶ったわけです。これは自分としても本当にすごいことなんです。
土居:『呪術廻戦』などが放映されている枠のおしりで、まさか和田さんの作品が深夜アニメでデビューするとは予期してなかったですね。
和田:そもそも子供向けを想定してたからね(笑)。まさかの深夜放送でした。
――寝ている時間ですからね。
高田:MBSのプロデューサーの亀井博司さんは現代アートがとても好きな方なんです。本人もおっしゃっていたんですけど、アニメ業界で一番、現代アートを買って所持してる方だと思います。なので『いきものさん』のような商業アニメとは違う表現に理解のある人で助かりました。
――亀井さんは「基礎から学べる現代アート」という著書も執筆されているなど、アニメ・放送業界を考えると特異な活動をしている印象がありますね。プロデューサーレベルでこのような人は少なくないのでしょうか。
土居:いわゆる「アニメ」のプロデューサーでも、同じ世代は趣味も近かったりします。深夜アニメのオープニングやエンディングを短編アニメーション作家が手掛けるケースも近年非常に多いです。
以前は短編アニメと商業アニメのように離れていた領域が、同じアニメーションという名のもとに繋がっている作品が出てきていると思います。
どうして芸人とハルヒの声優『いきものさん』
――「いきものさん」は声優のキャスティングが異質ですよね。犬役が男性ブランコさんで少年役がヨネダ2000さんと、なんというかインターネットのめんどうなお笑いファン的なセレクトというか。
土居:とりあえず僕と高田さんがかなりお笑い好きだっていうのが前提にあって。男性ブランコを提案したのは高田さんで、ヨネダ2000が僕ですね。
――彼らをキャスティングした理由はなんでしょうか。
高田:男性ブランコさんはネタもそうですが、本人の出で立ちも『いきものさん』に近いものを感じるというか。いがぐり少年と犬の哀愁も感じさせつつ、そこにユーモアもあるみたいなところで、和田さんの描かれているこれまでの作品と一見、芸風が近しいものがあり、「男性ブランコいいんじゃないかな~」とずっと言ってたんですね。
土居:ヨネダ2000の誠さんを選んだのは、やっぱり日本のアニメの伝統として「少年キャラは女性が声を当てる」というのがあります。その中で、女性の芸人さんで誰かいい人がいないかという時に、ヨネダ2000さんが思い当たりました。
――少年キャラ……。実質、内山信二さんに声を当てている雰囲気というか。
土居:(無視して)『いきものさん』という作品のフォーマットがヨネダ2000さんの漫才のフォーマットにかなり似ているなと。いがぐりの少年の想像を犬がお手伝いするように、誠さんの想像を愛さんがお手伝いするような、世界観の近さがハマったのもあります。
――和田さんは芸人さんが声優にキャスティングされたことについてどうでしたか。
和田:基本的に僕の過去の作品では、声優は自分でやっているんです。誰かに声をお願いすることがなかったので、『いきものさん』ではその部分については期待もあり不安もありという感じでした。
いがぐり少年と犬という関係性は決まっていたし、声のイメージもありました。特に犬の方は低い声がいいというのは決まっていたので、そこに合う人でいまのおふたりが候補に挙がってきました。声のイメージや、テレビで見る人となりが作品とあうんじゃないかなあ、と感じました。
土居:和田さんがそもそもお笑い好きというのもあります。松本人志の影響下にあるという。そういうのもあって、『いきものさん』を放映するときに和田さんの映像をお笑い映像として文脈化したかったという意図もあります。
――松本さんの影響下……。ある世代以上のお笑いファンにとってはなんだか苦い響きです。
和田:子供のころに『ダウンタウンのごっつええ感じ』を観ていましたけど、明確に影響があるのは『VISUALBUM』かなと思いますね。ネタもそうだし、映像の魅力もそうだし、間の作り方、カットの割り方とかだいぶ影響を受けているかなと思います。
――『VISUALBUM』ではどのコントが一番印象的でしたか?
和田:間の作り方でいうと、『システムキッチン』(※)ですね。
※松本が演じる不動産屋が、浜田が演じる客に物件の紹介をする不条理なコント。台本なしの即興で行われたという
和田:あれも例えばメガネを外して投げ捨てるところとか、なんでもないところなんですけど、それを繰り返し見せることでそのキャラクター性を際立たせることができるんだな、などとても勉強になります。単純にふたりのやりとりの間もおもしろいし、自分の作品にもかなり影響を受けてるんじゃないかなと思いますね。
――ところで最近の松本人志さんはどう思いますか……?
和田:(少し考えながら)……なんだろう……しっかりとしたネタとしては『キングオブコントの会』とかで、コントを観れるのが唯一で……(少し間を開けて)……毎回怖いんですよね。観るのが。
――ああ……。
和田:今の松本人志を知るのが怖いんですよね。
――もう少し言うと、映画を撮り始めたりしたあたりはどう思ってましたか。90年代の活躍を考えるとキツくなっていく時期というか。
和田:いやもう、松本さんを観続けるのは確定なんですよ。ゆるぎない信者だから(笑)。
ただ映画は、テレビでやってたコントの規模のほうがよかったんじゃないかと。映画の『大日本人』を観た時、なんか思った感じじゃなかったんで「そんなはずはない」と2回目を観に行ったんですよ。
――信仰が崩壊するギリギリじゃないですか。
土居:間違ったものを観てしまったと(笑)。
――お話を戻しまして、『いきものさん』では副音声でも不思議なキャスティングを行っていますよね。
土居:副音声は高田さんのアイディアなんですよ。でも収録するまで、誰もイメージができなくて。
高田:そうですね(笑)。本当に誰も正解がわからないまま突入していったので。
――競馬実況の小屋敷彰吾さんの起用も謎ですし、人気YouTuber東海オンエアのメンバー・しばゆーさんと虫眼鏡さんの起用も謎で。
高田:東海オンエアさんの出演には理由があって。
宣伝を担当している同僚の亀山(恭一)が元UUUMで、東海オンエアのバディをやっていたんですよ。激動の時代をともに戦っていた経験もあって、彼らの人となりを亀山から聴いていたし、東海オンエアはYouTuberとしてはもちろんトップですが、お笑いとの親和性も高い印象です。なので『いきものさん』の副音声にもハマるんじゃないかなと思いました。
――YouTuber起用ということでシバターやへずまりゅう、所沢のタイソンをキャスティングする方向に行かなくてよかったですよ。
土居:(無視して)副音声というものがアイディアとして出てきたのは、それこそ『マイ エクササイズ』における実況というのが大きいですね。
『いきものさん』はいつもの和田さんの短編作品と比較するとテレビ用に「わからなさ」がマイルドになっています。とはいえ、「これをどういう風に観ればいいんだろう」という導きが、ツッコミのようなかたちで必要だろうと思いました。
『マイエクササイズ』の場合、ゲームなのでボタンを押せばその世界のキャラクターとプレイヤーとが自動的に繋がれます。でも、映像だと繋げるためのきっかけが必要で、そのとき、副音声という仕掛けは非常におもしろいことになるんじゃないかと。
――やはり副音声で驚いたのは、「ハルヒ」の平野綾さんと杉田智和さんのキャスティングですよ。
高田:声を収録しているスタジオが楽音舎さんというところなんです。そこは京都アニメーション作品のアフレコを行なうスタジオでもあるんですよね。「副音声をどうするか?」という会議をしているなか、キャスティングを担当している杉山(好美)さんが「ハルヒ」の音響制作担当をやっていたことを知り、「じゃあ一発ブチ上げたいね」みたいな話をして、実現したんです。
土居:『いきものさん』は2020年代の日常系アニメですからね。そのDNAを継いでいるということですよ。
――さすがに「ハルヒ」や『のんのんびより』とは塩基配列が違いすぎますよ。実際におふたりの演技はいかがでした?
土居:芸人さんやYouTuberさんとはまた違うアプローチで、声が入ることで一気に「キャラ」として立つんですよね。声優という仕事のすごさを改めて認識しました。
――和田さんは平野さん、杉田さんが副音声を担当されると聞いてどうでした?
和田:「ハルヒ」を知らないんですよ。
――えええええ!
和田:ブチ上げるもなにも、僕からしたら「知らないふたりが来た」と。声優やってらっしゃるのは知ってましたけど。
ただ、実際に音入れに立ち合いましたが、芸人さんや東海オンエアさんや小屋敷さんとまた違う声で勝負している方という感じで、とても感動しました。新たな一面を観た、という感じでしたね。
――改めてなんですけど、和田さんは日本の深夜アニメや劇場用の長編アニメなどはあまり観ないほうですか?
和田:ほとんど観ていないと思います。『THE FIRST SLAM DUNK』や『呪術廻戦』とかは観ていますけど、「ハルヒ」とかは……。
――恐縮ながらアニメ・マンガ・ゲームが絡んだいわゆるオタクカルチャーからかなり距離がある方が、このあたりのライターをやっていると珍しいくらいでして。
和田:いま「『ハルヒ』の主演コンビが」って聴いて、「あっ、主演やったんや」と。男性ブランコやヨネダ2000はドキドキしましたけど。「ハルヒ」のふたりにそういう意味のドキドキはなかったですね。
――平野さんや杉田さんのお名前も、この副音声の仕事で初めて知ったくらいと。
和田:平野さんは最近ドラマを見ていたので知っていましたけど、声はぜんぜんわからないですね。
なぜかプロデューサーも声優参加している謎
――ここまで豪華な主演声優や副音声参加声優の話だったんですけど、6話の「イヌの話」で土居さんと高田さん自身が声優もやってますよね。
土居:その他にキャスティングの杉山さんと音響監督の滝野(ますみ)さんも声優をやっていますから(笑)。その場にいた全員に声優をやらせるみたいな。
――一瞬、声優の予算を男性ブランコさんや「ハルヒ」コンビに使い切ったのかと心配してしまって……。
高田:大丈夫です。ちゃんと予算は確保してるんで(笑)!
土居:そもそも、主演ふたり以外のキャラは和田さんがぜんぶやっていますしね。その延長線上です。
――商業アニメで声優を関係者が演じているってすごい話ですよ。著名な主演声優との落差も相まって。和田さん自身が男性ブランコさんと共演して声優もやるみたいな形も異質ですし。
土居:M・ナイト・シャマランみたいなもんですよね。
和田:何ですか? シャマランって。
土居:『シックス・センス』とかの監督です。なんか、重要な役柄として自分がでてくるんですよ。
和田:「北野武みたいなもんですね」って言ってくれたらわかったんですけど。
――言われてみれば、和田さんの作品は自分で監督と主演もする北野武さんの映画みたいなところありますね。
土居:シャマランじゃなくて武にしましょう(笑)。
――北野武監督も新作の『首』を公開しますしね。大変恐縮ながら、せっかくなので土居さんは犬のキャラの演技をいま行ってもらうことは可能でしょうか?
土居:僕はもう今回ゴールデン・レトリーバーの声を担当したことで、声優データベースにも掲載されるプロになってしまったので、ちゃんとした設備がないとできませんね。本当に声優が演じるブースってやばいんですよ。外の音が何も聞こえないし、「もう……やるしかない」っていう状況に追い込まれてしまう。あれ、慣れてないと大変ですよね。
――「バウバウ!」って言ってもらうのは簡単なことと思うのは素人なのでしょうか。
土居:僕はすぐ終わりましたけど、高田さんは10テイクくらい撮ってましたね。
高田:上手くできなかったです。普通に。
――ちなみに高田さん、演じてもらうことはできますか?
高田:いいですよ!全然! ううーわん わん
土居:……。
和田:……。
高田:みたいな演技でした。
――棒読みの犬の鳴き声を生まれて初めて聞きました。
高田:ボーダーコリーの鳴き声ですね。
和田:地獄のような時間でしたよ。
――和田さんは高田さん、土居さんの演技についていかがでしたか?
和田:ほんとは僕が全イヌをやるって言ってたんです。でもあまりに声質が似てるので、犬の種類も違うから変えたほうがいいだろうということで、急遽その場にいる高田さんや土居くんや、周りにいるスタッフにやってもらったところがあって。
――そんな事情が。『いきものさん』以外でなかなか起きない出来事でしょうね。
和田:結果、「高田さんは今後声優はできないだろう」とわかりました。
――それは分かります。
和田:ただ、ああいうノリで一体感は生まれるものですね。
高田:楽しかったですね。
和田:みんな演技は良かったですよ。ブースに入るとすごく視線を感じながら、急かされながらやらされる感じがあるので、どうしたって緊張するしわからなくなるけど、しっかり犬を演じてくれました。
でも高田さんはね、上手い下手じゃなくて、なんか意味なく怒ってるんですよね。怒るようなシーンじゃないのに怒ってるんですよ。
土居:狂犬みたいになっちゃってる。
和田:だから物語を読めていないっていう。声優どころかプロデューサーとしてもどうなんだというところがあるんです。
――高田さん大丈夫ですか? めちゃめちゃに言われてますけど。
高田:犬の引き出しが僕にはなかったですね。
――いや、たぶん別の引き出しのような気がします。
和田:男性ブランコもヨネダ2000もそうですけど、声優をほぼ初めてやるってかたちだったと思うんです。
でも『いきものさん』は声優のイメージとかけ離れた内容だったと思うんですよ。「あ」とか「え」とか、いわゆる言葉じゃなく喃語みたいなことを言わされているので。
そういう戸惑いはあると思いますし、達成感はもしかしたら感じていないかもしれないのですが、普段は自分一人でそういう言葉ではない音を発声している僕にとっては、いろんな人が関わって、そういう言葉を発してくれるのは、自分にとってすごく新鮮ですし、うれしい。『いきものさん』をやることで、新たな引き出しを開けてもらえているので、単純に楽しいなという感じはありますね。
――ありがとうございます。『いきものさん』はいろんなクリエイティブや、アニメやゲームの文脈が混在する、静かなカオスなのが分かりました。みんな観よう! 『いきものさん』!
土居:バウッ!(ゴールデンレトリバーの演技)
――いま演じるんかい!
葛西祝はビデオゲームをはじめ、さまざまなジャンルを横断したテキストを手掛ける「ジャンル複合ライティング」として活動中だが考えてみたらお笑い関係のジャンル横断はやったことない。公式サイトはこちら。