ゲーム音楽ディスクステーション#17:音楽ゲーム、レトロ、分類不能の怪作までさまざまな力作が揃い踏み。2024年のベストアルバム!
任天堂がゲーム音楽サブスクを始めた2024年のベストを選出
2024年は新刊『ゲーム音楽はどこから来たのか』執筆に追われるなど多忙を極め、ついに本連載を一度も更新できませんでした。しかし、その間にももちろん、ゲーム音楽周辺には数多くの動きがありました。毎年恒例の年末ベストアルバム選出をもって、その総括に代えさせていただきます。
任天堂が電撃的にゲーム音楽のサブスクリプションサービス「Nintendo Music」をスタートしたのは、本年のゲーム音楽界隈における最大の話題だったと思います。いよいよサブスクがゲーム音楽の本流になってきたかと思わせる出来事でしたが、皆さんのゲーム音楽ライフはいかがでしたか。われわれ『ゲーム音楽ディスクガイド』執筆陣にとっては、以下の音楽アルバムたちが最も印象に残る一年でした。
『ゲーム音楽ディスクガイド』クルーが選ぶ2024年ベストアルバム
ウォルト・ディズニー・ジャパンの協力のもと、f4samuraiが開発・運営し、2020年にアニプレックスより配信されたモバイルゲーム『ディズニー ツイステッドワンダーランド』。サービス開始から4年、同作のサントラが満を持して登場した。2024年時点で200曲以上制作されている楽曲から149曲をCD4枚組に収める。全BGMの作編曲と、テーマソング「Piece of my world」(歌:Night Ravens)や「Absolutely Beautiful」などの挿入歌の作詞/ヴォーカル・ディレクションを手がける人物が、ミュージシャン/アレンジャー/劇伴作曲家として幅広く活動する尾澤拓実だ。
アリス・クーパー、浅倉大介、芸能山城組などに影響を受けた尾澤は、デジタル・ロック・ユニット GANASIA(ガネーシア)で90年代に活動し、トルバドールレコードのコンピレーションアルバムへの参加や、『ロックマン8 メタルヒーローズ』の主題歌などを担当。2000年にはカプコン・セルピュータレーベルよりアルバム『TechnoroiD』でソロデビューを果たす。その後、バンドサポートやユニット活動を経てアーティストへの楽曲提供や、舞台・映像音楽の作曲活動を本格化させ、織田かおり、南里侑香、松岡侑李などの作編曲や、『おおかみかくし』、『緋弾のアリア』、『ピリオドキューブ ~鳥籠のアマデウス~』、『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』などの音楽を担当。ヴォーカリスト、シトとのユニットReReGRAPHICSでも活動し、ダークでソリッドな曲想で存在感を示している。
『ツイステ』は尾澤の豊富なキャリアのなかでも屈指の長期プロジェクトとなり、イマジネーションをフル稼働させる場となった。尾澤はインスパイア元であるディズニー映画の世界観や雰囲気と絶妙な距離感を保ち、「『悪』ではなく、『イタズラっぽい』感じを意識しながら、活動初期から得意とするエレクトロ・ロックや、ゴシック/シンフォニック・ロックを混ぜ合わせ、ディズニー・ヴィランズ(悪役たち)にインスパイアされたキャラクターが織りなす、妖しく華やかで心躍るダークファンタジーを表現していく。サントラ第2弾がまたれる。――糸田屯
これまで『スタンドマイヒーローズ』、『オンエア!』、『魔法使いの約束』などを送り出してきたcolyは本作において、今年5月のローンチよりひと月も先行する形で6枚のサウンドトラックを一挙に配信するという異例の施策を投じた。そこにクレジットとして載っていたのは、Dirty Androids、Yamajet、good-cool、Feryquitous……といった音ゲーファンにはあまりにも馴染み深い顔ぶれ。加えて『D4DJ Groovy Mix』、『アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ』ほかアニメシーンでも幅広く活躍するy0c1e、『DanceRail』に楽曲提供経歴のあるCriminal Code、「グランツーリスモ」シリーズに携わるIsamu OhiraやMaki Mannamiといった面々も。さらに各盤を聴いていくと、アルバムごとに音楽的なコンセプトが一貫していることに気がつく。一体このコンテンツは何なんだ。どんな構想のもと、なぜこんなにも尖った楽曲たちが集まっているのだ。サービスインを迎えた当初は、半ば謎解きのような心持ちでアプリを起動したのを覚えている。
『ブレイクマイケース』は、カフェバーを運営しながら裏の顔としてさまざまな“代行”サービスを提供する「Aporia」を舞台に、多様な人間関係と情動を描くアドベンチャーゲームだ。ゲームの根幹には、『LUMINES』ライクなサウンド同期型の3マッチパズル(公式では「グルーヴマッチパズル」と呼称)が組み込まれている。そのBGMこそが先行配信された楽曲群であった。登場キャラクターたちは6つの部署にわかれて所属しており、パズルメニューへのアクセスには部署 → 個人 → 楽曲という画面フローが敷かれている。先行配信された6枚は、それぞれのチームに対応したプレイリストになっていたというわけだ。
各楽曲はパズルステージのベースとなっているだけでなく、チームやキャラクターの色を描く演出としても効いている。たとえば「Aporia」の経営業務全般を担う「本部」では、共通テーマにDirty Androidsのニューディスコ「Friday Holic」、部長・皇坂逢の専用曲に同氏のディスコハウス「Flash of Night」、補佐・城瀬由鶴にはYamajetのジャジーハウス「Gold Licence」、オーナー・須王芦佳にはgood-coolのシンセファンク「Rolling Star」といった采配。組織の基盤であり中枢が、王道の四つ打ちディスコやハウスで固められているという構図だ。この安心感と高揚感どちらもを内包する音楽性は、そのまま彼らが作り上げるカフェバーの雰囲気にも通ずる。
また“代行”業務の主たるキャストである「交際部」は、トリップホップにニュージャックスウィング、プラグンビー、ジャジー、ローファイといずれも落ち着いたヒップホップがテーマ。リラックスした印象を与えながらも、レイドバックビートやトラップビートの揺らぎとわずかな緊張感がやみつきのスパイスに。ほかにも「管理部」はプロ集団らしい技巧派なジャズ、「強行部」はフォンクやリディムなどハードなEDM、「交渉部」はインテリジェント系のテクノやドラムンベース、「特務部」は冷静さの中に熱が籠るロックと、各部の特色が音楽ジャンルによって鮮やかに表象されている。
各キャラクターのパーソナルソング、継続的に新規実装されるイベント楽曲、竹内アンナが歌うメインテーマ、その主題をアレンジしたシステムBGM、パズルギミックに付する効果音の細部まで、音への強いこだわりを感じさせる『ブレイクマイケース』。翌年3月にはDJイベントの開催決定も報じられた。音楽ファンならばぜひ「Aporia」を訪れてほしい。きっと温かく、鮮烈に、そしてゴージャスに、あなたを迎え入れるだろう。――魚屋スイソ
すべての人類が「人間スコア」なる評点で判断され”区別”(差別)される世界で、最低スコアを持つ主人公のジョバンニは、天才不良少年・カムパネルラとともに闘争と逃走の旅に出る。宮沢賢治『銀河鉄道の夜』×アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』×ディストピアホラーSFという魅力的な趣向は、『NEEDY GIRL OVERDOSE』のWSS playgroundと『クロエのレクイエム』で知られるブリキの時計が共同で構築したものだ。
本作を音楽面で彩ったのは、ああああ、Aiobahn、DYES IWASAKI(FAKE TYPE.)、RD-Sounds、ななしのちよ(ブリキの時計)といった若手~中堅コンポーザー陣だ。なおマスタリングはRoughSketchの名でも知られるuno(IOSYS)が担当している。
特筆すべきはゲーム内の要所を押さえる10作を本作に書き下ろした「ああああ」だ。音楽ゲーム方面の活動で主に知られ、楽曲提供を果たしたアーケード作は『pop'n music』、『jubeat』、『MÚSECA』、『SOUND VOLTEX』、『CHUNITHM』、『maima』、『オンゲキ』、アプリ系でも『VOEZ』、『Arcaea』、『Dynamix』、『TAKUMI³』、『Wonder Parade』、『KALPA』ほか日韓台英から香港までメジャー~インディーズを問わず枚挙にいとまがない。BMS方面では梅干茶漬け・翡乃イスカとのユニット"ああ…翡翠茶漬け…"の一員として競作大会「G2R2014」に制作した「僕たちの旅とエピローグ。」をはじめ多数の作品をリリース。また音楽ゲームの外でも、ケモ召喚アドベンチャー『でびるコネクショん』を筆頭格とするケモノ系インディーゲームを中心にBGMを提供してきた。
そんな彼が最新の楽曲提供作となる『少年期の終り』で披露したのは、これまでに各方面で培ってきたポストチップチューン成分のまさに集大成。チップサウンドを高密度に詰め込みながらその緩急に哀愁を漂わせるタイトルテーマ「Giovanni Stylus」、主人公の能力にあたるハッキングのテーマ曲「Hacking」など堂々の高速テクノポップ~デジタルフュージョンで、銀河鉄道を巡る奇妙なジュブナイル冒険譚を修飾している。――市村圭
ゾウノアシゲームズ開発の『スゴイツヨイトウフ』は、バンダイナムコエンターテインメントとバンダイナムコスタジオが2022年に開催した「第1回GYAAR Studio インディーゲームコンテスト」の入賞作品。躍動するとうふを操り、ときに油揚げや厚揚げなどに形態を変えながら、消費期限が切れる前にお椀へ飛び込む。とうふの知識も身につく、単純明快にしてパワフルなアクションゲームである。ゾウノアシゲームズのコアクリエイター、トモぞヴPが「音楽には、ゲーム体験をより鮮烈な記憶として残す力があると考えています。ゲーム本体がとうふだとすれば、音楽は調味料だと言えるでしょう。とうふを食べきっても調味料は残るように、音楽は単体でもゲーム本来の文脈を離れるほどに強い力を持つのです」と綴るように、永松亮による音楽もコク深い。
永松は2006年から2023年にかけて任天堂に在籍し、数々のタイトルの音楽制作に携わった経歴を持つ。『スーパーマリオギャラクシー 2』では大規模オーケストラの録音を経験し、『スプラトゥーン2』では From Bottom、カレントリップ、ω-3などゲーム内バンド/ユニットの楽曲も多数手がけ、変則的な楽器編成や変拍子の多用した曲想を交えながらゲームに新風を吹き込んだ。『スゴイツヨイトウフ』は、2023年5月に音楽・映像制作会社「RHミュージック」を立ちあげた永松の独立後初となるゲームであり、かねてから映像制作も手がける永松は随所のムービー(とうふの製造工程)の撮影・編集も担当。シンフォニックスコアとともにスペクタクルに魅せてゆく。
ヘヴィなギターリフと「トーフ!」の連呼が強烈なアンセム調のメインテーマを筆頭に、高揚感と脱力感が交互にやってくる楽曲が目白押し。とうふ屋のラッパ(リード笛)やエアホーン(レゲエホーン)も大活躍である。ステージやボスBGMはクラシックゲームの牧歌的な雰囲気を漂わせながら、プログ・ロック的なヒネりを多分に効かせており、トリッキーで手強さ満点。「風の音とかなって緊張感高いボス前の曲」、「磨いて砕いてぶっ潰す!うーんいい響きだ」、「あー煮込まれるよ!豆が!気持ち良さげ」といった曲タイトルからも、永松のセンスが怪しく光る。「再現性の枠から解き放たれた斬新でユニークなエンタメ」を創作モットーに掲げ、ジャンルにとらわれない永松の面目躍如たる快作といえよう。耳でも味わい尽くし、とうふになれ。――糸田屯
ジオラマ・クレイアニメのような世界で、バンドキッズたちがギターを奏で、タイムトラベルする巨大な手が街を叩き潰すリズムアドベンチャー系音楽ゲーム『Starstruck 時をつなぐ手』。「MOTHER」シリーズや『moon』はじめラブデリック作品の跡目を継ぐかのような本作の楽曲をメインで担当したのは、日本では衒学的怪作として知られる『YIIK:ポストモダンRPG』のディレクター/コンポーザー、アンドリュー・アランソンだ。
青春×音楽ゲームという切り口はiNiS『ギタルマン』のオルタナティブロックからRayark『VOEZ』のネオアコースティックまで種々の音楽傾向が試みられてきたが、本作では尺の制限のない類の音ゲーながら短尺にめまぐるしい展開を詰め込んだ「The New Potential」を代表として、生楽器録音にこだわったサイケデリックロック~プログレを主体に構成される。
ただしアンドリューが本作で示した引き出しはこれに留まらない。The Softiesかあるいはカーペンターズかといわんばかりの本格ソフトロックを聴かせる「Enter the Center」や「Break the Mold」、圧巻のヴォーカルパワーで魅せるソウル「Praise The Mold」のほか、ドリームポップ、ポストロック、ときにはチップチューンまでも交える変幻自在のアルバムである。
思えば、本作の制作陣がリスペクトを隠さない永遠の名作『moon』もまた、多分野のコンポーザーを招聘してのオールジャンル・オムニバス盤としての顔を有していた。本作のBGMが示す多芸さは、そのような趣向をオマージュしたものと捉えることもできそうだ。――市村圭
手前味噌で恐縮だが、わたくし糸田屯とライターのタナカハルカの共同監修による『海外ゲーム音楽ガイドブック』が、11月15日にDU BOOKSから刊行された。本書の制作には丸2年をかけ、多くの方々の協力を得て取り組んできた。アルバムレビュー、コラム、コンポーザーインタビューを通して、海外ゲーム音楽ディグの新たなキッカケとなれば幸甚である。年末年始のお供にいかがだろうか。
そうしたこともあり2024年は、海外ゲーム音楽シーンという沃野を改めて見つめ直す年になった。なかでも忘れがたい一作として推挙したいタイトルが、Hadoque開発の探索型2Dアクション『Ultros』である。宇宙空間を漂う巨大な子宮「サルコファガス」を舞台に、南米風のサイケデリックなアートスタイル、宇宙的恐怖、タイムループSFなどの要素が、未知の生態系が発達する極彩色の異空間に放り込まれている。スウェーデン出身のRatvaderことオスカー・シドフ・ライデリウスは、パズルゲーム『見性(Kenshō)』やアクションADV『The Gunk』などの音楽を手がけ、アンビエント・ミュージックと室内楽をミックスした作風に長じる。『Hotline Miami』で世間にその名を轟かせたアートデザイナー/コンポーザーのEl Huervoことニクラス・オーケルブラド(Ratvaderとは盟友である)や、「SteamWorld」シリーズのペル・カーンドラービーら気鋭クリエイター陣と取り組んだ本作は、足かけ7年の長期プロジェクトとなった。
豊富なフィールドレコーディング経験を持つRatvaderは、本作の根幹にある自然環境のテーマを音楽やサウンドデザインにも息づかせたいという思いが高じて、ペルーの熱帯雨林でフィールドレコーディングを実施。現地ミュージシャンの協力のもと録音された水笛や骨笛などの伝統楽器の響きが、生命の息吹を思わせるチェロの低音とともに聴き手を夢幻の境地へと誘う。さらにEl Huervoが「Sentient Worm」、「Shadow Sister」などの楽曲にフィーチャリング参加し、アッパーなエレクトロチューン「Instant Gratification」、「Babylon Effect」を提供して呪術的・眩惑的ムードを高めている。総ボリューム3時間の本サントラは、いうなれば幽遠にして超越的な環境音楽であり、音楽による胎内くぐりである。まずはサブキャラクターのテーマ「Gärdners Pilgrimage」を入口に、身をゆだねていただきたい。――糸田屯
モノクロ携帯機playdate用ゲーム。無人島で遊ぶミニゴルフで、アコギと柔らかなシンセ、それにちょっとしたリズムボックスによる電子ラウンジで構成されている。作曲はサム・ウェブスターというカナダの人で、2019年に『グラインドストーン』でVGMデビューし商業音楽の世界へ。それまでは趣味で音楽を作る程度だった。特にゲーム好きと言うわけではなかったが、すでに5つほどの作品を手がけている。音色選びや適度なチープさに郷愁があり、これに愛くるしさが加わればレイモンド・スコットに至りそうなレトロフューチャー感。ミックス、マスタリング、追加プロダクションでニック・ナウスバウムなる人物が手を貸しているのだが、彼もまたドリーミーなレトロシンセの使い手。2人の共同作業によるゲーム然としない曲作りが新鮮。――井上尚昭
ピクセル全開のレトロ&カートゥンなビジュアルでかっとばす、90年代ドリフトレーシングの鮮やかな発展型。つまりは『リッジレーサー』や『デイトナUSA』、あるいは『チョロQ』あたりの旨味を手際よく拾い上げ、新感覚へと昇華させることに成功しているゲームである。音楽についてもそこは同様で、冒頭の数曲を聴けばすぐ、初期『リッジ』や『デイトナ』に出てきそうなアーリーレイヴやクラブハウスが、現代的なセンスと技量で巧みに再構築されていることに気づかされるだろう。『リッジ』が好きなら3曲目「Uncommon Knight」あたりでニヤリとさせられるに違いない。
ファンク、ロック、フュージョンまで幅を広げていく中盤以降を聴き進めれば、単なるノスタルジーやモノマネで終わらない確かな構成力に唸らされるはずだ。音楽性だけでなく、音の質感もまた90年代半ばのアーケード基板に寄せているのが心憎い。くぐもりつつもハリのあるショートサンプル音色が、気持ちローファイかつほどよくハーシュなサウンドとともに突き抜ける。あの時代のアーケード音源に特有の質感を、久々に味わわせてもらった。
全31曲のうち大半を作曲したRoBKTAはロンドン在住のイタリア人コンポーザー。ゲーム音楽を制作するのは実質的に今回が初めてだが、ゲーム音楽の職業的リミキサーとしては長年活動しており、ゲームと無関係なオリジナル作品においても90s国産レーシングゲーム音楽の継承には特に注力してきた。本作以前にもこれに近い路線のオリジナル作品をいくつか公開しているので、そちらもぜひ聴いてみてほしい。――hally
90年代的アクションゲーム音楽の継承者として昨今目覚ましい活躍を見せているのが、ポルトガル出身のアメリカ人コンポーザー、ティー・ロペスである。CD-ROM時代の「ソニック」サウンドを鮮やかに現代へと蘇らせた『ソニックマニア』(2017)を皮切りに、『メタルスラッグ』から『ベアナックル』までさまざまな90s作品の続編に名を連ねる彼は、いまや押しも押されもせぬこの方面の名手となりつつある。
90sサウンドの再現となると誰もがローファイ感に訴えがちだが、彼は決してそれをしない。むしろ「あの時代のハイファイ」を追究することで、余人が並び立つことのできない領域を開拓したと言っていいだろう。その手腕がひときわ冴える作品のひとつに『ミュータント タートルズ:シュレッダーの復讐』(2022)がある。もし90年代末あたりにCD-ROM搭載機種でKONAMI版「TMNT」の新作が出ていたらきっとこんなサウンドで楽しませてくれたに違いない──そんな「ありえたかもしれない過去」を見事に射抜いた傑作だった。
そして、そのほぼ全曲をファミコンアレンジしたのが本アルバムとなる。9割がたのアレンジを手がけたのは『ドーナツ・ドド』(2022)で一躍時の人となったショーン・バイローだ(他にジェイク・カウフマン、ボタンマスター、アナマナグチ、山岸継司、冨田朋也がスポット参加)。つまり90年代CD-ROMサウンドの名手が80年代ファミコンサウンドの達人にバトンを託すという、ちょっとほかでは見られない構図になっているのである。往時のKONAMIが同作をファミコンに移植したならきっとやり遂げたであろうクオリティ以上の音を、バイローはさも当然のごとくに実現してみせる。その手際の鮮やかさと細やかな音さばきには脱帽するしかない。
KONAMIのファミコンサウンド再現ということになると、どうしても往年のジェイク・カウフマンやChibi-techらを思い出さずにはいられないところだが、情熱志向な両者と比べるなら、バイローならではの境地は抑制の効いたテクニシャンぶりにあるといえそうだ。彼は驚くべき生真面目さで「ファミコンならではの心地よさ」を追い込んでおり、それは往時のKONAMI流ファミコンサウンドにより近いものを感じさせる。
※余談だが、日本のゲームメディアで『ドーナツ・ドド』の音楽を最初に評価したのは、実は本連載だったりする。いまだ誰もそれに気づいていないので、この機にちょっとだけ自慢させてください。――hally
元任天堂のサウンドスタッフとしてファミコン『メトロイド』、『Dr.マリオ』、『MOTHER』(鈴木慶一との共作)やゲームボーイのローンチタイトル『スーパーマリオランド』などの重要作の楽曲を手がけながら、これらソフトのプラットフォームとなるゲームハードの音源開発でもその才能を発揮したクリエイター、たなかひろかず(田中宏和)。任天堂退社後もゲームを軸にしつつも多岐にわたるクリエイティブに携わり、とりわけ音楽家としての活躍はアニメ『ポケットモンスター』主題歌群の作曲などで世の多くの人に知られるところだろう。
彼の長年にわたる作曲活動の中で、1981年から2010年までのデモテープをコンパイルしたCD『MORE LOST TAPES』は、2021年リリースのデモテープ集『LOST TAPES』(1980~90年代作より構成)の続編にあたる。約30年近くに渡って残された約400のプライベートデモテープから、親交あるミュージシャン佐藤優介の監修のもと厳選・編集した50曲の未発表音源集だ。その中にはゲーム音楽に限らずアニメ作品への提供楽曲用のスケッチ的な習作も収録されており、そこには“音楽家”たなかひろかずのイメージの源泉を覗き込むような楽しみがある。完成前の音源ゆえにトラックによってはリズムパートのみ最終的に採用されたものや、部分的にメロディなどが改変され完成楽曲とは大きく印象が異なる断片なども含まれるが、そこに創作における試行錯誤やクリエイターの視点を読み解く楽しみがあるのもデモ集の魅力たるポイントだろう。
またコンパイルにあたり音源を厳選した、佐藤によるミュージシャン視点も内包した選択も単なるデモテイクの羅列に終わることなく、リスニング作品としてのクオリティを担保する重要な役割を果たしている。そして『MORE LOST TAPE』に続いて発表されたアナログLP『LOST TAPES 17』(2024年9月25日発売)も合わせて推薦したいフィジカルリリースだ。
本作はアブストラクト(抽象的)な音像の楽曲に特化し上記CDと前作のデモ集「LOST TAPES」からピックアップされた楽曲を中心に構成した(CD未発表曲2曲を含む)世界展開を前提とヴァイナル(レコード)オンリー企画。CHILL、アンビエントといった近年の世界的な音楽トレンドの潮流を意識した好企画で、楽曲の魅力は勿論だがコンセプトと選曲、ヴァイナルというリリース形態のパッケージングで海外にも一石を投じるプロダクトを形にしたレーベルのSUPER FUJI DISCSのアプローチには今後、他の国内レーベルも大いに参考にすべき点が多いのではないだろうか。
完成した楽曲が磨かれた宝石だとするならば、本稿紹介の音源はその原石にあたる。原石には磨かれた宝石にはない独特の素朴な味わいと可能性が秘められている。可能性の輝きに心を遊ばせるようなリスニング体験はきっとリスナーに新鮮な驚きをもたらすことだろう。――DJフクタケ
KICK THE CAN CREWのMCUによく似ているが、その後輩を自称するラッパー、MC8bitとDJ SHOGOによるチップサウンドのHIP HOP=CHIP HOPを標榜するユニット、FAMILY CONTINE。彼らのライブレパートリーとして人気のナムコ『マッピー』BGM(作曲:大野木宜幸)+アニソンクラシック「ラムのラブソグ」を引用したトラックのラップ楽曲が公式という形で音源リリースが実現したのは実に喜ばしいことだ。
本作は2022年2月よりユニバーサルのパチスロ『SLOTマッピー』のBGMにも採用されており、一部ファンの間では遊技機サントラとして注目されていた楽曲でもある。そのトラックはKICK THE CAN CREWやKREVAのソロワークスなども手がけるDJ SHOGOが担当。原曲の8bitサウンドによる愛らしい印象を損なうことなく、フロア映えと歌モノの要素を的確な音像に落とし込む手腕は流石の一言に尽きる。またリリック(歌詞)に関しても元ネタゲームのフィーチャーを言葉遊びも巧みに織り込み(「いつかはきみの花婿」の「はなむこ」と「ナムコ」を掛けるなど)テクニカルなラップ(かつPOPなラブソング)に落とし込むMC8bitの仕事は非常に高度で、まさにメジャー級のクオリティと言って差し支えないレベルだ。
かつてVGMの音盤化黎明期にビクター『ビデオ・ゲーム・グラフィティ』にて試みられたナムコ作品のヴォーカルアレンジの正統後継者的なアプローチとプロダクトの完成度は、往年のゲーム音楽ファンから現行のリスナーまで幅広く受け入れられる仕上がりであると断言できる。――DJフクタケ
毎年多数出る中国・Hypergryph『アークナイツ』(2019〜)のイベント用歌ものの1つ。作曲は同シリーズですでに幾つもの提供歴がある米国Hexany Audioのエリック・カストロとデヴィッド・リン。歌唱は中国系アメリカ人のアダイ・ソングで、同シリーズ3曲目の参加となる。過去2曲は英語詞だったが、今作で初めて中国語歌唱を披露した。アダイは、2018年にテンセントミュージックのコンペティションで賞を取って世に出てきた人で、自己名義アルバムや映画/テレビドラマへの歌曲提供など活動を広げてきた。幼少期にヴァイオリンを習ったが、ギターやキーボードなどは独学で身につけ、ソングライティングもこなすサウンドプロデューサーでもある。楽曲公開は2024年6月。梅雨時の湿度の高さを感じると同時にホリデーシーズンも思わせるサウンドメイキングで、アラン・パーソンズ風の浮遊シンセとメランコリックなエレピや、進行に殆ど変化がない、ポリス「見つめていたい」方式の参照に、80sトレンドが滲み出る。――井上尚昭
新譜紹介コーナー
締めくくりはオススメ新譜紹介で。みなさま良いお年を!
シュールに描かれたカートゥーン的世界で、ひたすらにゅるにゅる手を伸ばしまくる、なんともフリーキーなオープンワールド作品。ダブを主体とするBGM群もそんなテイストが如実に反映されている。にゅるにゅる・ぐにゃぐにゃ感で満たされたシンセ音やフィルタリングにそれが具象化されている一方で、リズム隊は油断なくタイトにまとめられているので、結果として現れ出るのは掴み所なさと骨太さが両立する不思議なサウンドである。それを顕著に表象するのが最初の2曲だ。タイトル画面を飾るゆるふわドープな「Swuung」は、まったりした王道ダブと思わせておいて、後からアンニュイな情感で巧みに盛り上げていく手腕が巧みだ。
もうひとつはゲーム序盤で聴くことのできる、おとぼけジャズファンク「Pickin' Up」。こちらは半醒半睡のフラフラっぷりに絶妙なグルーヴを見出したかのような仕上がりで、困ったことに普通にかっこいい。
いかにもオープンワールドなアンビエンス曲も少なくないが、本作ではやはりダブ系楽曲の仕上がりが群を抜いている。その手腕のおかげで、ぐにゃぐにゃ加減のなかに得も言われぬ退廃感が生まれており、それがこのゲームの世界感を見事に射抜いている。
作曲のルパート・コール(イギリス)は映像音楽のアカデミックな経歴を持ち、主にそちらのフィールドで活動してきた。ゲームのサウンドトラックを手がけるようになったのはここ5年ほどで、これは4作目にあたる。過去に手がけたゲーム音楽はいずれも映像音楽志向あるいはアンビエンス志向に徹していたが、本作で発揮したダブの才覚こそ彼ならではのものだろう。この方向でのさらなる躍進を期待したいところだ(そんなに需要はないだろうけども)。――hally