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R.I.P. エルメート・パスコアールNo. 330

エルメートの音楽的遺産を受け継いだ者たちによる拡がり by 齊藤聡

Text by Akira Saito 齊藤聡

筆者がエルメート・パスコアールの音楽を意識したのは1995年頃のこと。同年に発売されたガイドブック『200CD 21世紀へのジャズ』(立風書房)に紹介されていた『Festa Dos Deuses』(1992年)に興味を持ち、レコード店でCDを探し続けた。ネットはまだ発展前の時代で、それしか方法がなかった。

エルメート独特の喜びに満ちた曲にも魅せられた。矢野顕子『ELEPHANT HOTEL』(1994年)に収録された<PIPOCA>にはなんども口ずさんでしまう愉しさがあった。また多楽器奏者ミシェル・ポルタルとアコーディオンのリシャール・ガリアーノが組んだ『Blow Up!』(1997年)やガリアーノの『Laurita』(1995年)において取り上げられた<Leo, Estante Num Instante>は跳躍する旋律をもち、まるでダンスだ。

いうまでもなくその前からエルメートは傑出した存在だったわけであり、「Live Under the Sky ‘79」において共演者の渡辺貞夫を呆れさせた逸話など、あとで知ることになった。エルメートは、90年代のインタビューにおいて「行きたいけどもう行けないだろうね」といった発言をしており(『ジャズライフ』掲載)、落胆したことも記憶にある。だが、21世紀に入ってからエルメートはなんども来日し、そのたびに日本のリスナーを爆発的に増やしたわけである。

来日したグルッポのメンバーは個性的な面々。アンドレ・マルケス(ピアノ)は理知的な彩りを与え、イチベレ・ズヴァルギ(ベース)はサウンドをしっかりと支え、ジョタ・ぺ(サックス)は愉しさと力強さをもって推進力となる。おのおのがグルッポの中でカラーを出しつつ、グルッポ体験を自身の音楽の発展に注ぎ込んできた。

アンドレ・マルケスがジョン・パティトゥッチ(ベース)、ブライアン・ブレイド(ドラムス)と組んだエルメート曲集『Viva Hermeto』(2015年)は、ピアノトリオという典型的なジャズ・フォーマットに技巧、強さ、愉しさを詰め込んだ大傑作だ。狂騒的に浮かれ果てて執拗に転調する中でもアンドレの軸はまったくぶれることがない。2019年にグルッポで来日した際、アンドレはピアノソロのコンサートも演った(代々木上原のMUSICASA)。アンドレは、ソロであってもエルメートのフレーズとともに光り輝いていた。

イチベレ・ズヴァルギはグルッポでは職人的なサポートの役割に徹する印象がある。それとは対照的に、かれの「Colectivo Musicos Online」による『tocam Hermeto Pascoal』(2022年)ではベースプレイが際立っていることに驚かされる。なにしろエルメートとの共演を始めたのが1977年、まだ20代のときである。偉大なサウンドへの貢献とリーダーとしての個性の確立とは両立したはずだ。

ジョタ・ぺの初リーダー作『JOTA P.』(2012年)から受ける印象は、どちらかといえばダークな色合いもある都会的なジャズだ。そのころのアンドレとの共演音源を聴いても、やはりその印象は変わらない。一方で、近作『Baile dos Língua Preta』(2023年)は1曲でエルメートをゲストに迎えつつ、骨太で愉快な「エルメート+ジョタ・ぺ」サウンドを展開している。

エルメート最後の来日となった2023年の「FESTIVAL de FRUE 2023」を観たとき、この巨人も体力的に落ちてきたのかなと思える場面があった。実際、近くの掛川駅で電車を待つエルメートは車椅子に乗っていた。

だが、エルメートの音楽は再生産ではなく別のかたちで受け継がれている。それは、グルッポのメンバーだけによるものではない。板橋文夫(ピアノ)がエルメートの曲ばかりを演奏したライヴ(2016年、東京琉球館)は素晴らしいもので、しかも同時に板橋文夫サウンドでもあった。平井庸一(ギター)がエルメートとアラン・ホールズワース(ギター)のサウンドの融合を指向したという『パスコアール・プロジェクト』(2014年)など、じつにユニークな試みもある。多様性はもとよりエルメートの音楽を特徴づけるものではなかったか。エルメートの音楽的遺産を受け継いだ者たちによる拡がりを受け取ること、それがいまエルメートを聴くということである。

筆者にとって最愛のエルメートのアルバムはピアノソロ『Por Diferentes Caminhos』(1988年)だ。どういうわけか、<Sintetizando De Verdade>の中にポルタルやガリアーノが演った<Leo, Estante Num Instante>が聴こえてくる。エルメートの音楽はなんど聴いても新鮮な発見があるのだ。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。linktr.ee/akirasaito

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