「メタバース」という言葉が流行る以前から、「VR睡眠」と呼ばれる文化が存在している。大多数の人には信じ難いことかもしれないが、VR世界の中では、睡眠を取ることを目的としてVR世界にログインしているユーザーが一定数存在する。ゲームをしながらそのまま“寝落ち”をしてしまう感覚とは少し異なり、VR世界で友人と一緒に過ごし、そのままVR世界で一緒に眠るのである。
VRヘビーユーザーにとってはVR睡眠が当たり前となっており、毎日のようにVR世界で睡眠を取っている。VR睡眠にはメリットもあれば、デメリットとなる部分もある。彼らがVR睡眠に惹きつけられる理由はなんだろうか。
●メリット1 さまざまな場所での睡眠
VR睡眠は場所を選ばない。VRの世界に一度入ってしまえば、さまざまな場所で睡眠が可能である。ネット環境下であれば、VR世界に構築されたさまざまな空間に一瞬で移動することができ、自分好みの場所で睡眠を取ることができるのである。具体的には、
・現実では存在しない幻想的な空間
・自然に囲まれた空間
・宇宙空間や深海
・広々としたおしゃれな家の一室
・乗り物の中
など、あらゆる空間が存在している。
●メリット2 友人や恋人と一緒に睡眠
VR睡眠では、自宅で一人でいながらも、VR空間内で友達や恋人と一緒に眠れるというメリットがある。修学旅行や誰かとお泊まりをしている気分を味わうことができる。現実世界でのお泊まり会は、場所や時間を細かく合わせる必要があるが、VR睡眠ではそれらを機にする必要がない。また、起きたときも誰かがいるという安心感があり、一人で眠るのが寂しい人にとっては特におすすめかもしれない。
●デメリット VR機器が睡眠に最適化されていない
VR睡眠の大きなデメリットは、VR機器が睡眠に最適化されていないことだ。現在、販売されているほとんどのVR機器は、汗や熱がこもりやすく、重さや大きさが装着ストレスになったり、寝ている間にVR機器がズレてしまうことがある。慣れてない場合、満足な睡眠を取ることは難しいというのも現実問題としてある。
多くの研究によると、現代人の睡眠不足の原因の1つはスマートフォンと言われており、電子機器からの光は、睡眠を促進する天然ホルモンであるメラトニンの生成を抑制する。では、VR睡眠は睡眠の質にどのような影響を与えるのだろうか。
筆者は、VRを使用して穏やかで落ち着く空間に身を置くことが、リラックスしてストレスを解消するのに役立つと考えており、睡眠にもいい影響を与えるものととらえている。
さまざまな研究によると、バーチャルリアリティをリラクゼーション法と併用すると、睡眠を促進し、睡眠の質を向上させることができる。ある研究によると、VRは不眠症の症状のある10代の若者の睡眠の改善に効果があった。 また、睡眠障害のない10代の若者に対しても睡眠の質の改善が見られている。
韓国では、集中治療室の患者に対するVRの効果を調査した研究で、VR瞑想が患者の睡眠の質にプラスの影響を与えるということが報告されている。
ロイヤルメルボルン工科大学では、Inter-Dreamと呼ばれる仮想子守唄VRツールが作成された。これはメディアアートの組み合わせであり、アンビエント・ミュージックと万華鏡のようなビジュアルを組み合わせて眠気を誘発する。Inter-Dreamを体験するには、VRヘッドセットと一緒にEEGヘッドセットを着用する必要がある。音、視覚、嗅覚、味覚、触覚などのフィードバックを通し、脳波がデジタル空間で制御される。
Inter-Dreamのユーザーの睡眠の研究から、VRのような技術が就寝前の認知覚醒を大幅に低下させることを発見された。Inter-Dreamが回復的な安らぎと認知的静けさを促進すると研究者は示している。
筆者自身もVRChat内のVR睡眠ができそうな空間で、友人とVR睡眠をしてみた。やることは、VR HMDを装着したまま眠るだけだ。
二度にわたってVR睡眠を試みたが、HMDを装着したまま寝返りをうつことが難しく寝付けなかった。また、筆者自身は普段横向きやうつ伏せで寝ることが多いため、より睡眠のしずらさを感じた。また、装着感がどうしても気になってしまい、長時間寝付けないと逆にストレスになりそうだった。普段仰向けでじっと眠りにつける方にとっては楽かもしれない。感覚としては友人や恋人との寝落ち電話に近かった。とはいえ冷静に実際にやったことを振り返ると、おっさん同士がVRで添い寝しているだけである。
2021年には、「VR睡眠」にバーチャル美少女(VTuberと研究者) 5人が挑戦。朝まで8.5時間美少女が寝るだけという長時間ライブ配信を行った。その配信アーカイブや、見所をダイジェストでまとめた動画も閲覧可能となっている。
実際にVR睡眠を行っている方からは「睡眠の質が上がった」という声もあり、普段しっかり寝られない方々から注目も集まっている。また、VR睡眠を単なる睡眠目的としてではなく、コミュニケーションの一つとしても活用している人も多い。遠くに住む知り合いと話をしながら、好きなキャラクターの姿のまま寝落ちする事で、現実を忘れて熟睡したり、修学旅行のような楽しさを体験できる。慣れないうちは、すぐに快眠とはいかないと思われるが、非日常の楽しみとして一度体験してみるのもいいだろう。
齊藤大将
Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/】
エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。
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