第3軍 (日本軍)
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第3軍 | |
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創設 | 1904年(明治37年)5月1日 |
廃止 | 1906年(明治39年)1月26日 |
再編成 | 1938年(昭和13年)1月 |
廃止 | 1945年(昭和20年) |
所属政体 | 大日本帝国 |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
部隊編制単位 | 軍 |
所在地 | 満洲/満洲 |
通称号/略称 | 岩 |
最終上級単位 | 満洲軍/第1方面軍 |
最終位置 |
満洲帝國間島省延吉市 (現・ 中華人民共和国吉林省延辺朝鮮族自治州) |
戦歴 |
日露戦争 [旅順攻囲戦/奉天会戦] 十五年戦争[日満国境守備] 大東亜戦争(第二次世界大戦) [満洲作戦/ソ連対日参戦] |
第3軍は日露戦争に当って1904年(明治37年)5月に編成されたものと、日中戦争期の1938年(昭和13年)1月に編成されたものとに分かれる。前者は乃木希典大将が指揮した部隊で、満洲軍に所属し日露戦争の終結とともに解隊された。後者は関東軍の指揮下にあって太平洋戦争(大東亜戦争)後解隊された。
日露戦争における第3軍
[編集]日露戦争において1904年(明治37年)5月29日に編成され、戦後の1906年(明治39年)1月26日に解散した。
第3軍の人事
[編集]- 司令官
- 乃木希典 大将
- 参謀長
- 砲兵部長 豊島陽蔵 少将
- 工兵部長 榊原昇造 少将
- 経理部長 吉田丈治
- 軍医部長 落合泰蔵
- 参謀副長
- 作戦参謀 白井二郎
- 情報参謀 山岡熊治
- 兵站参謀 井上幾太郎
- 参謀 津野田是重
- 参謀 安原啓太郎
- 参謀 菅野尚一
- 高級副官
- 管理部長 渡辺満太郎
- 兵站監
- 兵站参謀長
最終の所属部隊
[編集]日中戦争における第3軍
[編集]日中戦争における第3軍は、第1方面軍の指揮下、主に満洲東部、日本本国(植民地朝鮮。現・朝鮮民主主義人民共和国)およびソ連と国境を接する間島省琿春県正面の守備に当っていた。
司令官 | 陸士 | 期間 |
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山田乙三中将 | 14期 | 1938年(昭和13年)1月8日 - 1938年(昭和13年)12月10日 |
多田駿中将 | 15期 | 1938年(昭和13年)12月10日 - 1939年(昭和14年)9月12日 |
尾高亀蔵中将 | 16期 | 1939年(昭和14年)9月12日 - 1941年(昭和16年)3月1日 |
河辺正三中将 | 19期 | 1941年(昭和16年)3月1日 - 1942年(昭和17年)8月17日 |
内山英太郎中将 | 21期 | 1942年(昭和17年)8月17日 - 1944年(昭和19年)2月7日 |
根本博中将 | 23期 | 1944年(昭和19年)2月7日 - 1944年(昭和19年)11月22日 |
村上啓作中将 | 22期 | 1944年(昭和19年)11月22日 - 終戦 |
司令官 | 陸士 | 期間 |
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中村明人少将 | 22期 | 1938年(昭和13年)1月20日 - 1938年(昭和13年)4月14日 |
鈴木貞一少将 | 22期 | 1938年(昭和13年)4月14日 - 1938年(昭和13年)12月10日 |
前田正実少将 | 25期 | 1938年(昭和13年)12月10日 - 1940年(昭和15年)3月9日 |
上村利道少将 | 22期 | 1949年(昭和15年)3月9日 - 1941年(昭和16年)4月1日 |
沼田多稼蔵中将 | 24期 | 1941年(昭和16年)4月1日 - 1942年(昭和17年)7月1日 |
土居明夫少将 | 29期 | 1942年(昭和17年)7月1日 - 1943年(昭和18年)3月11日 |
高嶋辰彦少将 | 30期 | 1943年(昭和18年)3月日 - 1944年(昭和19年)12月16日 |
池谷半二郎大佐 | 33期 | 1944年(昭和19年)12月16日 - 終戦 |
最終司令部構成
[編集]- 司令官:村上啓作中将
- 参謀長:池谷半二郎少将
- 高級参謀:細川直知中佐
- 高級副官:広瀬三郎中佐
- 兵器部長:南義人少将
- 経理部長:矢野誠一主計少将
- 軍医部長:新田太郎軍医少将
- 獣医部長:杉浦陳重獣医中佐
所属部隊
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1943年(昭和18年)当時[編集] |
終戦時[編集]
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