青柳俊彦
青柳 俊彦(あおやぎ としひこ、1953年〈昭和28年〉8月19日 - )は、日本の経営者。九州旅客鉄道代表取締役会長[1]。
あおやぎ としひこ 青柳 俊彦 | |
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生誕 |
1953年8月19日(71歳) 日本・佐賀県鳥栖市 |
国籍 | 日本 |
出身校 | 東京大学工学部精密機械工学科 |
職業 | 九州旅客鉄道代表取締役会長 |
略歴
編集- 1953年(昭和28年)8月19日 - 佐賀県出身の両親の元、鳥栖市に生まれる[2]。祖父は国鉄の技術職員、父は国鉄病院の勤務医であり[3]、門司病院のある福岡県門司市(現在の北九州市門司区)で小学校まで幼少期を過ごす[1]。
- 1966年(昭和41年)3月 - 北九州市立清見小学校卒[4]。
- 1972年(昭和47年) 3月 - ラ・サール高等学校卒[5]。
- 1977年(昭和52年)
- 1987年(昭和62年) 4月 - 国鉄分割民営化に伴い九州旅客鉄道株式会社総合企画本部経営管理室副長に就任[1]し、門司に帰郷。
- 1988年(昭和63年) 4月 - 同社同本部システム委員会事務局副長[1]。
- 1989年(平成 1年) 5月 - 同社同本部システム開発本部副長[1]。
- 1991年(平成 3年)10月 - 同社同本部システム運用課長[1]。
- 1992年(平成 4年) 3月 - 同社技術・運行本部運輸部担当課長[1]。
- 1993年(平成 5年) 4月 - 同社同本部運輸部輸送課長[1]。
- 1995年(平成 7年) 4月 - 同社同本部運輸部長付担当課長[1]。
- 1998年(平成10年) 6月 - 同社同本部運輸部長[1]。
- 2001年(平成13年) 4月 - 同社鉄道事業本部運輸部長[1]。
- 2004年(平成16年) 6月 - 同社鹿児島支社長[1]。
- 2005年(平成17年) 6月 - 同社取締役鹿児島支社長[1]。
- 2006年(平成18年) 5月 - 同社取締役鉄道事業本部副本部長[1]。
- 2008年(平成20年) 6月 - 同社常務取締役鉄道事業本部長[1]。
- 2012年(平成24年) 6月 - 同社専務取締役鉄道事業本部長[1]。
- 2013年(平成25年) 6月 - 同社代表取締役専務鉄道事業本部長[1]。
- 2014年(平成26年) 6月 - 同社代表取締役社長[1]。
- 2022年 (令和4年) 4月 - 同社代表取締役会長
人物
編集門司港駅の重要文化財指定や復原事業に深く関与している[4]。
息子もJR九州で勤務している[6]。
脚注
編集- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t “JR九州/大株主の政府、青柳俊彦専務社長昇格承認 略歴付” (日本語). (2014年5月20日) 2014年8月27日閲覧。
- ^ “九州新幹線問題 JR九州青柳社長に聞く”. サガテレビ. 2024年1月1日閲覧。
- ^ “上場会社トップインタビュー「創」九州旅客鉄道株式会社” (日本語). JPX 日本取引所グループ. (2016年10月25日) 2020年12月27日閲覧。
- ^ a b “Find.もじこうの人 vol.9 場所:門司港駅貴賓室”. Find.もじこうの人 (門司港レトロインフォメーション).
- ^ ラ・サール(下) 真っ白な本 仲間と記す大切な物語 産経ニュース、2019年4月14日閲覧。
- ^ “「ニコニコ超会議」参加も JR九州・青柳俊彦社長と向谷実の“意外な共通点””. AERA dot.. 2024年1月1日閲覧。
関連項目
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