読谷山洋司
読谷山 洋司(よみやま ようじ、1964年〈昭和39年〉2月20日[1] - )は、日本の政治家、総務官僚。宮崎県延岡市長(2期)。
読谷山 洋司 よみやま ようじ | |
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生年月日 | 1964年2月20日(60歳) |
出生地 | 日本 宮崎県延岡市緑ケ丘 |
出身校 | 東京大学経済学部 |
所属政党 | 無所属 |
公式サイト | よみやま(読谷山)洋司 公式サイト |
第27代 延岡市長 | |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 2018年2月6日 - 現職 |
経歴
編集宮崎県延岡市緑ケ丘生まれ。延岡市立緑ヶ丘小学校卒業。延岡市立南中学校3年生の時に、父親の転勤で東京都へ転居。芝中学校・高等学校卒業。1986年(昭和61年)3月、東京大学経済学部卒業。同年4月、自治省に入省[2]。
2005年(平成17年)、愛媛県総務部長に就任。2008年(平成20年)、内閣府参事官及び内閣官房内閣参事官に就任。2010年(平成22年)、岡山市副市長に就任。
2012年(平成24年)1月、岡山市副市長及び総務省を辞職し、延岡市に帰郷。行政書士として県民の相談に応じるほか事業者の支援などを行う[3]。2015年(平成27年)、長崎県立大学経済学部教授に就任。
2016年(平成28年)、第24回参議院議員通常選挙宮崎県選挙区に向けた自民党県連の候補予定者の公募に2度応募するも選ばれなかった[4]。同年7月の参院選に民進党と社民党の推薦を受けて無所属で出馬し落選。
2017年(平成29年)1月27日、翌年に任期満了する延岡市長選挙に立候補する意向を表明[4]。
2018年(平成30年)1月28日に行われた延岡市長選挙で、前職の首藤正治市長の事実上の後継指名を受けた元県職員の永山英也を567票差で破り初当選を果たした。永山は自民党延岡支部・公明党・民進党・連合宮崎など500超の団体の推薦を集めて組織戦を展開し、盤石の布陣で臨んだが及ばなかった[5][6]。2月26日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。
※当日有権者数:104,500人 最終投票率:49.68%(前回比:pts)
候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
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読谷山洋司 | 53 | 無所属 | 新 | 26,094票 | 50.55% | |
永山英也 | 60 | 無所属 | 新 | 25,527票 | 49.45% | (推薦)自民党延岡支部・公明党・民進党・連合宮崎 |
2022年(令和4年)1月23日の市長選挙で、自民・公明の推薦を受けた元県議の内田理佐を破り、再選[7]。
※当日有権者数:100,444人 最終投票率:55.98%(前回比:+6.3pts)
候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
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読谷山洋司 | 57 | 無所属 | 現 | 31,760票 | 56.87% | |
内田理佐 | 47 | 無所属 | 新 | 24,088票 | 43.13% | (推薦)自民党・公明党 |
市政
編集脚注
編集- ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、434頁。
- ^ 延岡市長 読谷山 洋司(よみやま ようじ)延岡市役所
- ^ 略歴 | よみやま(読谷山)洋司 公式サイト
- ^ a b “延岡市長選 読谷山氏が立候補表明 /宮崎”. 毎日新聞 (2017年1月28日). 2018年3月23日閲覧。
- ^ “【宮崎】読谷山氏が567票差で初当選 延岡市長選”. 西日本新聞 (2018年1月30日). 2018年3月23日閲覧。
- ^ “延岡市長選 永山氏出馬表明 前県総合政策部長 /宮崎”. 毎日新聞 (2017年4月2日). 2018年3月23日閲覧。
- ^ “宮崎市は新市長へ、延岡市は再び現職 それぞれに意欲 選挙から一夜”. 朝日新聞. (2022年1月25日) 2022年2月6日閲覧。
- ^ 延岡市パートナーシップ宣誓制度 令和3年4月26日(月曜)スタート!延岡市
- ^ “延岡市で同性パートナーシップ証明制度がスタート、延岡城跡のライトアップも”. OUT JAPAN. (2021年4月30日) 2021年5月3日閲覧。
外部リンク
編集- よみやま(読谷山)洋司 公式サイト
- よみやま洋司 (yoji.yomiyama) - Facebook
- よみやま洋司後援会 (1233243713421164) - Facebook
- よみやま洋司ちゃんねる - YouTubeチャンネル
- 延岡市長 読谷山 洋司(よみやま ようじ)延岡市役所