佐々木明

日本のプロスキーヤー

佐々木 明(ささき あきら、1981年9月26日 - )は、日本のプロスキーヤー実業家。ゴーグル・アパレルブランドEMUSIを所有する有限会社AKスクエアの社長である。元妻は山本美憂

佐々木明

人物

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北海道大野町(現:北海道北斗市)出身。北海道の北照高校から日本体育大学体育学部体育学科出身。

日体大2年次にソルトレークシティーオリンピックに初出場、のちトリノ五輪バンクーバー五輪ソチ五輪と4大会連続日本代表。

アルペンスキー・ワールドカップで日本人最多の3回表彰台に立った(2019年1月現在)。

2014年ソチオリンピックの終了後には、より自然とつながる山岳スキーへ転向。

2019年北海道の民放5局とNHK札幌放送局による共同キャンペーン『One Hokkaido Project』のキャンペーンソングに参加[1]。MVにも参加している[2]

2022年3月アルペンスキー競技に現役復帰を公表。2026年のミラノ・コルティナダンペッツォオリンピックを視野に入れ、2023年シーズンから全日本スキー連盟や国際スキー連盟(FIS)の公認レースに出場する。シーズンが重複しない山岳スキーとの両立も目指す。

使用マテリアル

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スキー: サロモン

ブーツ: サロモン

ウェアー: ノースフェイス

ゴーグル: エムシ

キャップ: ニューエラ

スポンサー

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Mt.石井スポーツ

戦績 (FISワールドカップ スラローム)

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02/03シーズン
第5戦 ウェンゲン スイス 2位
第7戦 シュラドミング オーストリア 8位
第8戦 ヨンピョン 韓国 17位
第9戦 志賀高原 日本 6位
03/04シーズン
第1戦 パークシティ アメリカ 12位
第4戦 シャモニー フランス 9位
第7戦 シュラドミング オーストリア 17位
第8戦 アーデルボーデン スイス 7位
第9戦 サンアントン オーストリア 13位
第10戦 クラニスカ・ゴラ スロベニア 4位
第11戦 セストリエール イタリア 5位
04/05シーズン
第1戦 ビーバークリーク アメリカ 12位
第2戦 セストリエール イタリア 5位
第3戦 フラッハウ オーストリア 10位
第5戦 ウェンゲン スイス 9位
第7戦 シュラドミング オーストリア 23位
第9戦 レンツェルハイド スイス 12位
05/06シーズン
第1戦 ビーバークリーク アメリカ 4位
第2戦 マドンナ・ディ・カムピリオ イタリア 14位
第3戦 クラニスカ・ゴラ スロベニア 14位
第6戦 キッツビューエル オーストリア 14位
第7戦 シュラドミング 2位
第8戦 志賀高原 日本 2位
第9戦 6位
第10戦 オーレ スウェーデン 9位
06/07シーズン
第3戦 アルタバディア イタリア 7位
第4戦 アーデルボーデン スイス 14位
第9戦 クラニスカ・ゴラ スロベニア 7位
07/08シーズン
第1戦 ライターアルム オーストリア 22位
第2戦 バート・クラインキルヒハイム 22位
第3戦 アルタバディア イタリア 10位
第4戦 アーデルボーデン スイス 26位
第6戦 キッツビューエル オーストリア 16位
第7戦 シュラドミング 10位
第9戦 サグレブ クロアチア 7位
08/09シーズン
第9戦 クラニスカ・ゴラ スロベニア 15位
09/10シーズン
第2戦 アルタバディア イタリア 16位
第3戦 ザグレブ クロアチア 15位
第4戦 アーデルボーデン スイス 21位
第7戦 シュラドミング オーストリア 9位
第9戦 ガルミッシュ・パルテンキルヒェン ドイツ 11位
10/11シーズン
第3戦 ザグレブ クロアチア 26位
第4戦 アーデルボーデン スイス 26位
第6戦 キッツビューエル オーストリア 24位
12/13シーズン
第6戦 ウェンゲン スイス 24位
第7戦 キッツビューエル オーストリア 16位
13/14シーズン
第7戦 シュラドミング オーストリア 24位
第8戦 クラニスカ・ゴラ スロベニア 22位

戦績 (FISワールドカップ ジャイアント・スラローム)

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04/05シーズン
第1戦 ゾルデン オーストリア 24位

戦績 (世界選手権)

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シーズン 開催地 開催国 種目 順位
00/01シーズン サンアントン オーストリア スラローム 19位
02/03シーズン サンモリッツ スイス スーパージャイアント・スラローム 28位
ジャイアント・スラローム 2本目 途中棄権
スラローム 2本目 途中棄権
04/05シーズン ボルミオ イタリア ジャイアント・スラローム 1本目 途中棄権
スラローム 2本目 途中棄権
06/07シーズン オーレ スウェーデン スーパージャイアント・スラローム 54位
スーパー・コンバインド 36位
ジャイアント・スラローム 28位
スラローム 1本目 途中棄権
08/09シーズン ヴァルディゼール フランス ジャイアント・スラローム 1本目 途中棄権
スラローム 1本目 途中棄権
10/11シーズン ガルミッシュ・パルテンキルヒェン ドイツ 2本目 途中棄権
12/13シーズン シュラドミング オーストリア 19位


戦績 (冬季オリンピック)

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ソルトレイク
男子ジャイアント・スラローム 34位
男子スラローム 1本目 途中棄権
トリノ
ジャイアント・スラローム 1本目 途中棄権
スラローム 2本目 途中棄権
バンクーバー
スラローム 18位
ソチ
スラローム 2本目 途中棄権

所属

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2003年から2006年までガーラ湯沢所属。2006/07シーズンはチームT.C.S.所属でスタートし2007年1月にグローバル・エクステンドスキークラブに所属変更となった(チーム名称変更による)。2007/08シーズンはT.C.S.所属でスタートし2008年2月にPJMスキークラブ(PJMジャパンが母体)に移籍し、2008/09シーズンも引き続き同所属だった。2009/10シーズンは、新設のチームエムシ所属でスタートした。

経歴

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ジュニア時代から将来を嘱望されていた。2003年1月のW杯回転ウェンゲン大会で、65番目というアルペンスキーでは絶望的とも言える遅いスタート順(W杯では、一般的にはFISポイントの上位選手からスタートする。スタートが遅くなるほどコースが荒れるため、早いスタート順のほうが有利になる)から、自身初となる2本目進出(7位)を決める。そして迎えた2本目、攻めの滑りでラップタイムを刻み、トップと0.04秒差の2位に飛び込んだ。この表彰台は、日本人では岡部哲也川端絵美木村公宣に続く4人目の快挙であった。また、この2位入賞は、現在でも岡部哲也と並び日本人最高位タイとして記録されている。

この入賞で勢いづいた佐々木は同シーズン、シュラドミング大会で8位、志賀高原大会で6位と、3回の1桁入賞を果たす。翌シーズン以降回転競技の第1シードに定着。

2004/05シーズンには、日本勢がこれまで歯が立たなかった大回転ゾルデン大会で24位に入り、ポイントを獲得。

トリノオリンピックが開かれる2005/06シーズンもシーズン序盤から好調を維持し、ワールドカップ回転第7戦シュラドミング大会で2位に入り、3シーズンぶり2度目の表彰台に立った。

トリノオリンピックでは、回転競技で1回目は視界不良もあり、滑りに精彩を欠いて、8位に留まった。2回目はスタート直後に片足旗門不通過してしまい途中棄権と揮わなかった。大回転にも出場したが、こちらは1回目途中棄権となっている。

五輪後、W杯回転第8戦志賀高原大会で、自身3度目の2位に入賞。この表彰台は、日本国内で開催されたW杯での日本人初の表彰台であった。翌日の第9戦でも6位入賞を果たし、日本人2人目のトップ7入りを果たした。この日は、日本体育大学の先輩皆川賢太郎も7位に入賞し、国内開催のW杯で初の、日本人ダブル入賞となった。

07シーズンは、欧州でも記録的な暖冬の影響で、コースの状態が悪く、不利な状況がシーズンを通して続いた。結果、7位入賞を2回記録したものの、種目別ランキング23位となり、第1シードから陥落してしまった。4月5日野沢温泉で行われた全日本選手権回転に出場し、初優勝。例年、全日本選手権は3月に予定されており、佐々木はワールドカップを転戦しているため出場できないが、天候不良の影響で4月に順延されたことにより、出場が可能となった。

また、道具にもこだわりを見せ、スキーはメーカーから来るテストスキーを何度も試して、自分にあったものだけを使用していた。ウェア、ヘルメット、グローブ、ストック、バックルなどは特注品。佐々木オリジナルブランドのゴーグル、『EMUSI』(アイヌ語で「刀」の意)を立ち上げ、自ら会社の社長に就任している。

2006/07シーズンからアルペン複合競技にも参戦する意向であるため、2005/06シーズンから滑降スーパー大回転にも出場している。

2006年4月レスリング選手の山本美憂と入籍[3](2011年に離婚)。7月、ブリザード(板)、テクニカ(ブーツ)、マーカー(ビンディング)との契約を発表。8月、ガーラ湯沢と契約を解消。

2007/08シーズンはトップ10に3回、クロアチアザグレブ大会では7位に入ったものの、種目別ランキングでは23位に終わった。シーズン終了後スキー、ブーツ、ビンディングの前契約メーカーであるサロモンと再び契約したことを発表した。今後はオーストリア選手に絞ってサポートしていくというブリザード社の方針があったためと専門誌スキージャーナルで明かしている。

スキー技術

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佐々木の特徴は柔らかい下肢を活かした、他のどの選手よりも深い「内傾角」である。高速化する現在のスラローム競技は、カービングスキーの性能を活かし、深く内側に身体を倒して遠心力を最大限に利用する滑りが求められる。佐々木はスピードを落とさずポールをクリアするために、他の選手と比べても明らかに深い内傾角を作り、ターンしていく。その技術は左ターンのときに最も発揮される。内側の手を雪面につけ、体をぎりぎりまで倒してポールをクリアしていく。安定性には劣るが、より早くターンすることが可能になる。 誰よりもアグレッシブで型破りな佐々木の滑りは欧州でも人気が高く、ファンクラブも出来ているほどである。また、多くのアルペン選手が怪我を恐れて敬遠しがちな、フリーライドスキーにも好んで取り組む(ただしそのフリーライドスキーの最中の負傷で戦線離脱したことがある)。

脚注

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  1. ^ 北海道の歌、参加歌手|One Hokkaido project”. one-hokkaido.jp. 2020年7月10日閲覧。
  2. ^ YouTube”. www.youtube.com. 2020年7月10日閲覧。
  3. ^ スキーの佐々木が入籍 元女子レスの山本さんと”. 47NEWS (2006年5月8日). 2012年9月10日閲覧。

外部リンク

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