伊集院町
伊集院町(いじゅういんちょう)は、鹿児島県の西部、薩摩半島の中北部に位置した町。
いじゅういんちょう 伊集院町 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
廃止日 | 2005年5月1日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 東市来町、伊集院町、日吉町、吹上町 → 日置市 | ||||
現在の自治体 | 日置市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 九州地方 | ||||
都道府県 | 鹿児島県 | ||||
郡 | 日置郡 | ||||
市町村コード | 46363-9 | ||||
面積 | 55.83 km2 | ||||
総人口 |
24,139人 (2005年4月1日) | ||||
隣接自治体 | 鹿児島市、東市来町、日吉町 | ||||
町の木 | イス | ||||
町の花 | ウメ | ||||
伊集院町役場 | |||||
所在地 |
〒899-2592 鹿児島県日置郡伊集院町郡一丁目100番地 | ||||
外部リンク | 伊集院町 | ||||
座標 | 北緯31度38分01秒 東経130度24分09秒 / 北緯31.63372度 東経130.40244度座標: 北緯31度38分01秒 東経130度24分09秒 / 北緯31.63372度 東経130.40244度 | ||||
ウィキプロジェクト |
1889年の町村制施行に伴い、中伊集院村(なかいじゅういんむら)として発足し、1922年に町制施行、1956年に下伊集院村の一部を編入した。2005年5月1日に、東市来町・日吉町・吹上町と合併し、日置市となり、自治体としては消滅した。
地理
編集鹿児島県の西部、日置郡の中央部に位置した。町のほとんどが山間地帯であったが、町の中央部の盆地に市街地が形成されていた。日置市となった現在でも日置市役所が置かれている中心市街地となっている。
地名は伊集院氏が伊集院(1889年の町村制施行時の下伊集院村、中伊集院村、上伊集院村の区域にあたる)を領有していたことに由来する。
- 河川:神之川、谷口川
大字
編集伊集院町は1889年の町村制施行時には江戸期の藩政村が大字となり、飯牟礼、猪鹿倉、大田、恋之原、郡、古城、下谷口、清藤、竹之山、土橋、徳重、中川の12大字より構成された。
1956年に下伊集院村のうち上神殿、下神殿、桑畑、野田、麦生田、寺脇(下伊集院村大字寺脇の一部)の6大字が伊集院町に編入された。1979年には妙円寺団地の区域に妙円寺一丁目、妙円寺二丁目、妙円寺三丁目が設置された。また、1997年には大字郡の一部より郡一丁目及び郡二丁目が設置されている[1]。
これらは現在の日置市伊集院町飯牟礼、伊集院町猪鹿倉、伊集院町猪鹿倉一丁目、伊集院町大田、伊集院町上神殿、伊集院町桑畑、伊集院町恋之原、伊集院町郡、伊集院町郡一丁目、伊集院町郡二丁目、伊集院町古城、伊集院町下神殿、伊集院町下谷口、伊集院町清藤、伊集院町竹之山、伊集院町土橋、伊集院町寺脇、伊集院町徳重、伊集院町徳重一丁目、伊集院町徳重二丁目、伊集院町徳重三丁目、伊集院町中川、伊集院町野田、伊集院町妙円寺一丁目、伊集院町妙円寺二丁目、伊集院町妙円寺三丁目、伊集院町麦生田にあたる。
歴史
編集姉妹都市・提携都市
編集国内
編集地域
編集教育
編集高等学校
編集-
日章学園鹿児島育英館高等学校
中学校
編集小学校
編集-
伊集院町立土橋小学校
-
伊集院町立伊集院北小学校
交通
編集- 最寄り空港は鹿児島空港
鉄道
編集バス
編集道路
編集- 高速道路
- 国道
- 主要地方道
- 一般県道
- 広域農道
歴代町長
編集- 中伊集院村村長[2]
- 有馬源二:1889年(明治22年)4月1日〜1892年(明治25年)12月4日
- 井尻雄吾:1892年(明治25年)12月5日〜1900年(明治33年)12月17日
- 前田太郎:1900年(明治33年)12月18日〜1916年(大正5年)12月17日
- 鳥取宗次郎:1916年(大正5年)12月18日〜1918年(大正7年)12月21日
- 上村清蔵:1918年(大正7年)12月26日〜1922年(大正11年)4月1日
- 伊集院町長
著名な出身者
編集名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
編集特産品
編集脚注
編集- ^ 平成9年鹿児島県告示第810号(字の区域の設定及び廃止、平成9年5月14日付鹿児島県告示第1211号所収)
- ^ 『伊集院町志』113コマ
- ^ 令和3年5月16日執行 日置市長選挙公報
- ^ 九州電力大田発電所本館 - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2013年3月30日閲覧。