ハリガネムシ
ハリガネムシ(針金虫)とは、類線形動物門ハリガネムシ綱(線形虫綱)ハリガネムシ目に属する生物の総称。
ハリガネムシ | ||||||||||||
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ハリガネムシの一種 Paragordius tricuspidatus
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分類 | ||||||||||||
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学名 | ||||||||||||
Gordioidea Rauther, 1930[1] | ||||||||||||
英名 | ||||||||||||
horsehair worms, Gordian worms |
概要
編集ミミズなどとは異なり体に伸縮性がなく、のたうち回るような特徴的な動き方をする。体は左右対称で、種類によっては体長数 cmから1 mに達し、直径は1 - 3 mmと細長い。内部には袋状の体腔がある。表面はクチクラで覆われていて体節はない。また、クチクラで覆われているため乾燥すると針金のように硬くなることからこの名がついた。
カマキリ[注 1][4]やカマドウマ[5]・バッタ[4]・キリギリス[4]・ゴミムシ[4]・コオロギ[4]・ミズスマシ[要出典]・ゲンゴロウ[4]などといった昆虫類の寄生虫として知られている。地方によっては「ゼンマイ」とも呼ばれる。アメリカでは馬の毛が水に落ちてハリガネムシになる、という俗信からhorsehair wormという俗称がある[6]。
世界中で記載されているのは326種(2014年時点)であるが、実際には2,000種以上いるといわれている。[要出典]日本では14種(2014年時点)が記載されている[7]。
なお、茶色で体節の目立つ、ジャガイモや大根などの害虫として知られている「ハリガネムシ」は、コメツキムシの仲間[注 2]の幼虫である。
生活史
編集水生生物であるが、生活史の一部を昆虫類に寄生して過ごす。
オスとメスが水の中でどのように相手を捜し当てるかは不明だが、雄雌が出会うと巻き付き合い、オスは二叉になった先端の内側にある孔から精泡(精子の詰まった嚢)を出し、メスも先端を開いて精泡を吸い込み受精させる[8]。メスは糸くずのような卵塊(受精卵の塊)を大量に生む[8]。
1、2か月かけて卵から孵化した幼生は川底でうごめき、濾過摂食者の水生昆虫[注 3]が取り込む。幼生は身体の先端に付いたノコギリで腸管の中を進み、腹の中で「シスト」の状態になる[8]。「シスト」は自分で殻を作って休眠した状態であり、-30℃の冷凍下でも死なない[8]。
水生昆虫(カゲロウ・ユスリカなど)が羽化して陸に飛び[5]、カマキリ[4]・カマドウマなどの陸上生物に捕食されると寄生し、2 - 3か月の間に腹の中で成長する[5]。まれに何らかの要因でシストもしくは幼生のまま水辺近くの草の露に排出され、それを草ごと摂取したバッタやコオロギなどの草食性昆虫に偶発的に寄生することもある。また、寄生された昆虫は生殖機能を失う。成虫になったハリガネムシは宿主の脳にある種のタンパク質を注入し、宿主を操作して水に飛び込ませる[9]。宿主が魚やカエルなどの捕食者に食べられた場合は共に死んでしまうが[10]、その前に宿主の尻から脱出すると、池や沼、流れの緩やかな川などの水中で自由生活し、交尾・産卵を行う。
カワゲラをはじめとする水生昆虫類から幼生および成体が見つかることがある[要出典]。また、昆虫ではなくイワナなどの魚の内臓に寄生する場合もある[要出典]。
ヒトへの寄生例が数十例あるようだが、いずれも偶発的事象と見られている。ハリガネムシを手に乗せると、爪の間から体内に潜り込むと言われることがあるが、全くの俗説で、成虫があらためて寄生生活にはいることはない。
生態系にて果たす役割
編集寄生虫であるハリガネムシが河川に飛び込ませた宿主であるカマドウマやキリギリス類は、イワナやヤマメ、アマゴなど、渓流に住む河川性サケ科魚類の貴重なエネルギー源となっている[11]。神戸大学大学院理学研究科准教授の佐藤拓哉らによる調査結果では、渓流のサケ科の魚が年間に得る総エネルギー量の約6割を、秋の3か月程度に川に飛び込む寄生されたカマドウマで占めている[12][13][14]。カマドウマなど陸の虫が川の中に入ってくることで、川の水生昆虫はあまり食べられなくなり、水生昆虫類の餌である藻の現存量が減り、落ち葉の分解速度が促進される[11][10]。カマドウマを飛び込ませないようにすると魚は水生昆虫を食べるようになり、その結果藻が増え、落ち葉の分解が遅れ、生態系が変わってしまった[10][15]。佐藤らは、ハリガネムシのような寄生虫が森林と河川の生態系に影響をおよぼしていることを、世界で初めて実証した[13][10]。
なお、このような経緯の中でハリガネムシも一緒に魚に食われる例もあるが、その数は少ないという[16]。これは宿主昆虫が水中に入ってすぐに脱出が行われることにより、またいったんは喰われた場合も口や鰓から脱出することも出来るので、宿主と共に喰われてしまう例は少ないらしい。その点でハリガネムシの受ける害は多くない。さらに宿主昆虫を魚が食うことで水生昆虫が減少しないことは、ハリガネムシにとっては翌年に生まれた幼生が侵入する中間宿主が多数存在することを意味するので、むしろ利益となると思われる。
ハリガネムシが寄生する昆虫が川に落ちるのは、主にゴミムシに寄生する北海道では6-7月頃がピークで、本州では秋である[17]。
また、ハリガネムシに操られたカマキリは水面の反射光に含まれる水平偏光に誘引されることで水に飛び込むことが判っているが、道路のアスファルトも同様の反射光を発生させる。このため、秋に道路上で死ぬカマキリが多いのは、ハリガネムシに寄生された一部のカマキリが水面と間違えてアスファルトを目指すためと考えられている[18][19]。
分類
編集- Acutogordius Heinze, 1952
- Gordius Linnaeus, 1758
- Gordius ogatai Inoue, 1952 オガタハリガネムシ
- Gordius robustus Leidy, 1851 フトハリガネムシ
Chordodidae May, 1919
- Beatogordius Heinze, 1934
- Gordionus Müller, 1927
- Parachordodes Camerano, 1897
- Paragordionus Heinze, 1935
- Semigordionus Heinze, 1952
- Paragordiinae Heinze, 1935
- Pseudogordius Yeh and Jordan, 1957
- Pseudogordius tanganykae Yeh et Jordan, 1957 タンガニーカハリガネムシ
- Digordius Kirjanova, 1950
- Paragordius Camerano, 1897
- Progordius Kirjanova, 1950
- Pseudogordius Yeh and Jordan, 1957
- Chordodinae Heinze, 1935
- Chordodes Creplin, 1847
- Chordodes japonensis Inoue, 1979 ニホンザラハリガネムシ[21]
- Dacochordodes Capuse, 1965
- Euchordodes Heinze, 1937
- Lanochordodes Kirjanova, 1950
- Neochordodes Carvalho, 1942
- Noteochordodes Miralles and Villalobos, 2000
- Pantachordodes Heinze, 1954
- Pseudochordodes Carvalho, 1942
- Spinochordodes Kirjanova, 1950
- Chordodes Creplin, 1847
脚注
編集注釈
編集- ^ 特にハラビロカマキリに寄生する例が多い[2]。ニホンザラハリガネムシ Chordodes japonensis の場合、オオカマキリ(草地性)やコカマキリ(地表付近に多い)への寄生例は確認されておらず、生田緑地(神奈川県川崎市多摩区)における調査では樹上性の高いハラビロカマキリ(およびムネアカハラビロカマキリ)への寄生が確認されている[3]。
- ^ マルクビクシコメツキ・クロクシコメツキ・クシコメツキ・トビイロムナボソコメツキ・コガネコメツキなど。
- ^ フタバカゲロウなど[4]カゲロウ・カワゲラの幼虫やトビケラの幼虫、ユスリカの幼虫(アカムシ)などCITEREF坂本照正高坂和彦井上巌1991。
出典
編集- ^ a b “Gordioidea in ITIS”. 2016年7月18日閲覧。
- ^ 間野隆裕 & 宇野総一 2014, p. 46.
- ^ 川島逸郎 et al. 2017, p. 24.
- ^ a b c d e f g h 「ハリガネムシ」 。コトバンクより2020年10月22日閲覧。
- ^ a b c 川端裕人「「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第2回 まるで寄生獣!寄生虫ハリガネムシの恐るべき一生」『Webナショジオ』日経ナショナルジオグラフィック社(ナショナルジオグラフィック 日本語版)、2014年11月5日、5面。オリジナルの2020年10月22日時点におけるアーカイブ。2020年10月22日閲覧。
- ^ https://entomology.ca.uky.edu/ef613
- ^ 川端裕人「「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第2回 まるで寄生獣!寄生虫ハリガネムシの恐るべき一生」『Webナショジオ』日経ナショナルジオグラフィック社(ナショナルジオグラフィック 日本語版)、2014年11月5日、3面。オリジナルの2020年10月22日時点におけるアーカイブ。2020年10月22日閲覧。
- ^ a b c d 川端裕人「「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第2回 まるで寄生獣!寄生虫ハリガネムシの恐るべき一生」『Webナショジオ』日経ナショナルジオグラフィック社(ナショナルジオグラフィック 日本語版)、2014年11月5日、4面。オリジナルの2020年10月22日時点におけるアーカイブ。2020年10月22日閲覧。
- ^ 川端裕人「「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第3回 寄生虫ハリガネムシはどうやって宿主の心を操るのか」『Webナショジオ』日経ナショナルジオグラフィック社(ナショナルジオグラフィック 日本語版)、2014年11月6日。2015年3月26日閲覧。
- ^ a b c d 川端裕人「「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第4回 世界初! 寄生虫が異なる生態系をつなぐことを証明」『Webナショジオ』日経ナショナルジオグラフィック社(ナショナルジオグラフィック 日本語版)、2014年11月7日。2015年3月26日閲覧。
- ^ a b 佐藤拓哉 (2013年). “森と川をつなぐ細い糸:寄生者による宿主操作が生態系間相互作用を駆動する”. 日本学術振興会. 2015年3月26日閲覧。
- ^ 川端裕人「「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第1回 カマドウマの心を操る寄生虫ハリガネムシの謎に迫る」『Webナショジオ』日経ナショナルジオグラフィック社(ナショナルジオグラフィック 日本語版)、2014年11月4日。2015年3月26日閲覧。
- ^ a b “Nematomorph parasites drive energy flow through a riparian ecosystem”. Ecology (Ecological Society of America) 92 (1): 201-207. (1 2011).
- ^ 「ハリガネムシ 生態系の黒幕 昆虫操り、イワナのエサに 京大など解明」読売新聞大阪朝刊、2011年5月16日、19頁。
- ^ 「寄生生物、巧みな支配 宿主を改造・死のダイブに導く」朝日新聞東京朝刊、2013年3月4日、24頁。
- ^ 以降、小澤(2016),p.28-32
- ^ 川端裕人「「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第5回 なんと生き物の半分近くは寄生虫!?」『Webナショジオ』日経ナショナルジオグラフィック社(ナショナルジオグラフィック 日本語版)、2014年11月10日。2015年3月26日閲覧。
- ^ Yuna Sawada, Nozomu Sato, Takeshi Osawa, Kazuma Matsumoto, Ming-Chung Chiu, Ryuichi Okada, Midori Sakura, Takuya Sato (2024). A potential evolutionary trap for the extended phenotype of a nematomorph parasite. PNAS Nexus, 3, 10, 464. doi:10.1093/pnasnexus/pgae464.
- ^ “アスファルト上で死ぬカマキリ、寄生虫に操られていた 京大など解明”. 毎日新聞. (2024年11月13日)
- ^ “暫定新寄生虫和名表”. 2016年7月18日閲覧。
- ^ “目黒寄生虫館ニュース Chordodes japonensis INOUE,ニホンザラハリガネムシの寄生するカマキリ”. 2016年7月18日閲覧。
関連書籍
編集- 小澤 祥司『ゾンビ・パラサイト ホストを操る寄生生物たち』岩波書店〈岩波科学ライブラリー〉、2016年12月6日。ISBN 9784000296564。
- 五十嵐 進『苫小牧研究林のハリガネムシ研究協力』35号、北方森林保全技術、2018年2月28日、10-14頁。 NCID AA11393691 。2020年10月19日閲覧。
- 下江俊光, 橋口正大, 斎藤哲郎, 森重和久, 頓宮廉正「犬から吐出されたハリガネムシGordius sp.の日本における第1例」『岡山大学医療技術短期大学部紀要』第4巻、岡山大学医療技術短期大学部、1994年1月、23-25頁、doi:10.18926/11864、ISSN 0917-4494、NAID 120002313799、2022年6月1日閲覧。
- IRDB:03245/0004043988 - 布村昇「No.403 ハリガネムシ」『とやまサイエンストピックス』第403号、富山市科学博物館、2011年10月1日、2024年8月17日閲覧。
- IRDB:03245/0004044198 - 井上 巌「富山市科学文化センター所蔵のハリガネムシの調査結果」『富山市科学文化センター研究報告』第17号、富山市科学文化センター、1994年3月25日、101-103頁、ISSN 0387-9089、NAID 120006632051、2022年6月1日閲覧。
参考文献
編集- 坂本照正、高坂和彦、井上巌「ハリガネムシの研究 飲料水からの検出事例に関する考察」『日本水処理生物学会誌』第27巻第2号、日本水処理生物学会、1991年12月25日、47-52頁、doi:10.2521/jswtb.27.2_47、2020年10月22日閲覧。
- 間野隆裕、宇野総一「豊田市におけるハラビロカマキリとムネアカハラビロカマキリの分布動態と形態について」『矢作川研究』第18号、豊田市矢作川研究所、 日本:愛知県豊田市、2014年3月、41-48頁、2020年10月22日閲覧。
- 川島逸郎、永井一雄、堀内慈恵、高梨沙織「川崎市生田緑地に産するニホンザラハリガネムシ Chordodes japonensis Inoue (類線形動物門: ハリガネムシ目: コルドデス科) の記録」『川崎市青少年科学館紀要』第27号、川崎市青少年科学館、 日本:神奈川県川崎市多摩区、2017年3月31日、23-24頁、2020年10月22日閲覧。