はまゆり (列車)
東日本旅客鉄道が運行している快速列車
はまゆりは、東日本旅客鉄道が盛岡駅 - 釜石駅間を東北本線・釜石線経由で運転する快速列車である。
はまゆり | |
---|---|
盛岡駅に停車中の快速「はまゆり」 (2007年3月) | |
概要 | |
種類 | 快速列車 |
現況 | 運行中 |
地域 | 岩手県 |
前身 | 急行「陸中」 |
運行開始 | 2002年12月1日 |
運行終了 | 2011年3月11日(宮古 → 釜石間) |
運営者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
路線 | |
起点 | 盛岡駅 |
終点 | 釜石駅 |
営業距離 | 125.5 km (78.0 mi)(盛岡 - 釜石間) |
列車番号 |
3620D+号数 但し、53号は5523D(東北本線内)→3623D(釜石線内)、54号は3624D(釜石線内)→5524D(東北本線内) |
使用路線 | 東北本線・釜石線 |
車内サービス | |
クラス | 普通車 |
座席 |
普通車指定席:1号車 普通車自由席:2・3号車 |
技術 | |
車両 |
キハ110系気動車 (盛岡車両センター) |
軌間 | 1,067 mm |
電化 |
交流20,000 V・50 Hz(盛岡 - 花巻間)[注 1] 非電化(花巻 - 釜石間) |
概要
編集雑多な系統が存在した東北地方の急行列車が国鉄末期に「陸中」に整理され、それが快速列車に格下げされたものである。その名残として東日本大震災以前は上り1本のみ宮古発だった。
急行時代のアコモ改善策として回転リクライニングシートのキハ110形・111形・112形0番台が導入され、快速格下げ後もそのまま使用されている。ただし快速化後、のちにセミクロスシートの車両との混結となった。
運行概況
編集朝から夕方にかけて1日3往復、盛岡 - 釜石間で運転されている。
かつて3・4号であった1往復は、2023年3月18日のダイヤ改正で53・54号となり、東北本線内が各駅停車に変更された。
停車駅
編集東北本線盛岡駅側より記載。釜石行きが奇数号(1・53・5号)、盛岡行きが偶数号(2・54・6号)となる。
盛岡駅 - (※) - 矢幅駅 - (※) - 花巻駅 - 新花巻駅 - 土沢駅 - 宮守駅 -(鱒沢駅)- 遠野駅 -(岩手上郷駅)- 松倉駅 - 小佐野駅 - 釜石駅
- 53・54号は東北本線内(※:盛岡 - 花巻間)各駅停車。詳細は「東北本線#駅一覧」を参照。
- 鱒沢駅には5・6号のみ停車。
- 岩手上郷駅には53・6号のみ停車。
使用車両
編集- 基本的に3号車と2号車は0番台(リクライニングシート車)。1号車にも0番台が入ることもある。まれに2号車が0番台、3号車が100番台ということがあるが、この場合は全車自由席として運転される(指定券の発売も中止される)。
- 繁忙期は4両(自由席1・2号車、指定席3・4号車)で運転。この場合、1号車は100番台、3・4号車は0番台となる(2号車は0番台・100番台のどちらかが使用される)。
釜石線優等列車沿革
編集- 1959年(昭和34年)7月1日:盛岡駅 - 釜石駅間を運転する準急列車「はやちね」が3両で運転開始[1]。
- 1961年(昭和36年):12月26日上野駅 - 宮古駅間を運転する急行列車「陸中」が運転開始(常磐線)経由。1等車連結。ただし、花巻駅より準急列車に格下げ。
- 1965年(昭和40年):盛岡駅発着で東北本線・釜石線・山田線経由で運転する循環準急列車「五葉」・「そとやま」と仙台駅 - 弘前駅間を東北本線・釜石線・山田線・花輪線経由で運転する準急列車「さんりく」が運転開始。
- なお、「五葉」・「そとやま」については、通り順でいわゆる外回り・内回りで運転された。
- 盛岡駅→宮古駅→釜石駅→遠野駅→花巻駅→盛岡駅(外回り)「そとやま」
- 盛岡駅→花巻駅→遠野駅→釜石駅→宮古駅→盛岡駅(内回り)「五葉」
- なお、「五葉」・「そとやま」については、通り順でいわゆる外回り・内回りで運転された。
- 1966年(昭和41年)
- 3月:準急列車廃止に伴い、「はやちね」・「五葉」・「そとやま」・「さんりく」が急行列車に昇格。
- 10月:「さんりく」の系統を宮古駅で分割し、仙台駅 - 宮古駅間を「陸中」、宮古駅 - 弘前駅を「よねしろ」とする。また、「陸中」の上野駅発着を終了。
- 1968年(昭和43年)10月1日:この日にダイヤ改正(ヨンサントオ)が行われた際、急行「陸中」は仙台駅 - 秋田駅間を釜石線・山田線・花輪線を経由し、13時間半かけて走るという遠回り列車(最短経路の北上線経由で同区間を結んだ急行「きたかみ」だと、仙台駅 - 秋田駅間の所要時間は3分の1の4時間半だった)であったが、当時の東北地区の多層建て列車の分割・併結の複雑怪奇さを象徴するような列車ともなった。
- その概略を下り列車で示すと、仙台駅を発車した時の「陸中」は青森行きの「くりこま1号」、大船渡線の盛行きの「むろね」とまず併結して運転されるが、一ノ関駅で大船渡線への「むろね」を切り離し、その代わりに同じ路線からきた「さかり」を併結、続く花巻駅で「くりこま1号」・「さかり」と分かれ、釜石線・山田線を走って盛岡駅へ向かい、盛岡駅で今度は上野駅から弘前駅まで行く「みちのく」と併結、花輪線を走って大館駅で「みちのく」と別れ、代わりに青森駅から来た「むつ」と併結して終点秋田駅に到着するといった具合である。分割・併結をする相手の列車も、その他の場所[どこ?]でまた別の列車と分割・併結を行っていたため、全体像の把握は非常に難解なものとなった。
分割・併合駅 | 運行列車 | 分割される列車 | 併合される列車 |
---|---|---|---|
仙台 | 陸中、くりこま1号、むろね | なし | くりこま1号(仙台発)
むろね(仙台発) |
一ノ関 | むろね(盛行) | さかり(盛発) | |
陸中、くりこま1号、さかり | |||
花巻 | くりこま1号(青森行)
さかり(青森行) |
なし | |
陸中 | |||
(釜石線・山田線経由) | |||
盛岡 | なし | みちのく(上野発) | |
陸中、みちのく | |||
大館 | みちのく(弘前行) | むつ(青森発、秋田行) | |
陸中、むつ | |||
秋田 |
- 1970年(昭和45年):仙台駅 - 釜石駅の急行列車として「さんりく」が運転開始。
- 1972年(昭和47年):急行「さんりく」が廃止。
- 1978年(昭和53年)10月2日:釜石線・山田線急行の停車駅の状況(列車によって停車駅は異なる)
- 1982年(昭和57年)11月15日:東北新幹線開業に伴い、以下のとおり系統整理を行う。
- 1985年(昭和60年)3月14日:急行「陸中」盛岡駅発着となる。また、新花巻駅にも停車。
- 1986年(昭和61年)11月1日:急行「はやちね」廃止[2]。
- 1989年(平成元年):「ロマン銀河鉄道SL'89」運転。遠野青年会議所の企画で、花巻駅 - 遠野駅間の団体列車扱い。
- 1990年(平成2年):
- 「ロマン銀河鉄道SL'90」運転。花巻駅 - 釜石駅間。上り列車の陸中大橋駅 - 足ヶ瀬駅間はのDE10形ディーゼル機関車重連が前補機となり、そのあとにD51形がぶら下がる形で運転された。
- 3月10日:急行「陸中」3往復のうち、2往復にキハ110系を投入。
- 11月14日:12時22分ごろ、釜石線土沢駅構内で盛岡発釜石行き急行「陸中3号」(キハ110系気動車3両編成)が、盛岡客車区(現・盛岡車両センター)での給油忘れによる燃料切れで約2時間半の立ち往生。駅員がガソリンスタンドに手配したドラム缶と手動ポンプで給油。負傷者なし。
- 1991年(平成3年):
- 1992年(平成4年):急行「銀河ドリーム号」の運転終了。
- 1995年(平成7年)12月1日:「陸中5号」の釜石駅 - 宮古駅間を普通列車に格下げ。
- 1998年(平成10年):土沢駅に「陸中」全列車が停車(JR東日本ホテルチェーン「フォルクローロいわて東和」が駅の近くにオープンしたため)。
- 2001年(平成13年)12月1日:急行「陸中5号」(釜石・宮古行き)を格下げし、快速「はまゆり」運転開始(鱒沢駅に停車)。同時に「陸中」「はまゆり」の3号車が指定席となり、全車禁煙となる(これまでは2号車が喫煙車であった)。
- 2002年(平成14年)12月1日:急行「陸中」を廃止し、すべて快速「はまゆり」とする[3]。
- 2004年(平成16年)11月:臨時急行「陸中」が運転され宮古駅 - 仙台駅間をリバイバル運転。
- 2005年(平成17年)12月10日:快速「はまゆり2号」が足ケ瀬駅・平倉駅・岩手上郷駅・青笹駅にも停車。
- 2009年(平成21年)3月14日:快速「はまゆり」全列車が矢幅駅に停車開始。また、快速「はまゆり2号」は時刻変更で再び足ヶ瀬駅・平倉駅・岩手上郷駅・青笹駅が通過となる。
- 2011年(平成23年)3月11日:快速「はまゆり」が東日本大震災で運休。4月7日に盛岡駅 - 釜石駅で全車自由席で運転再開。
- 2021年(令和3年)3月13日:快速「はまゆり」全列車が松倉駅停車となる[4]。
- 2023年(令和3年)3月18日:快速「はまゆり」3号と4号を53号と54号に変更、東北本線内盛岡 - 花巻間全駅停車化。
脚注
編集注釈
編集- ^ 但し、気動車を使用。