We are
HOMEMAKERS.
2012年10月、瀬戸内海の小豆島にやってきました。小豆島は海と山の美しい自然に恵まれた、瀬戸内海で2番目に大きな島です。島の真ん中あたりにある「肥土山(ひとやま)」という里山の集落で暮らしています。
HOMEMAKERSは三村拓洋・ひかりが2013年にはじめたオーガニック農園です。集落の中に点在するいくつかの小さな畑で、年間100種類以上の野菜を育てています。築130年になる古い農村民家を改修し、毎週土曜日はカフェを開いています。
自分たちが暮らす場所、働く場所をつくりあげていくことは、私たちにとって何よりも楽しい時間。自分たちが毎日過ごす拠点=HOMEを快適で楽しい場にする、そしてそこにいろんな人たちを招き、食卓を囲み、いい時間を共に過ごす、それこそが私たちの大切にしたいこと。
自分たちの手で
つくる暮らし
小豆島に来る前、30代前半だった私たちは核家族、共働きで、子どもを毎日保育園に預けて通勤という都会にはよくあるスタイル。お金に困ることもなく、お店や遊ぶ場所もすぐ近くにたくさんある快適な生活でした。でも、せわしない毎日、消費する毎日になんとなく違和感を感じ、豊かに生きるってなんだろうとしばしば考えたり。
そんな中で、日本を襲った大きな震災、家族の体調不良など、いろいろなことが重なった2011年。よし、生き方を変えよう!と決心。
働いてお金を稼いで消費する、仕事と暮らしが別々、そういう生き方じゃなくて、
欲しいもの、必要なものはなるべく自分たちの手でつくる、働くことと暮らすことが近い生き方をしよう。
かつてアメリカで主婦のことを“HOMEMAKER”と呼んだ時代がありました。家でいろいろつくるのが仕事という意味です。食べ物、洋服、家具、家など身の回りのモノをいろいろつくる。暮らしに必要なものを自分たちの手でつくる生活が送れたら、きっと人生は豊かになるだろう。そんな気持ちを胸に2013年6月、夫婦でHOMEMAKERS(ホームメイカーズ)を立ち上げました。
みんなで囲む
おいしい食卓
小豆島で暮らすようになってからは、家族や仲間と食卓を囲むことがとても多くなりました。朝ごはんは家族と、昼ごはんは働く仲間と、夜ごはんは家族とだったり仲間とだったり。みんなと一緒に食べる、食べるだけじゃなくて料理するのも一緒に。
テーブルには、自分たちが育てた野菜の料理、瀬戸内海の魚介、島でつくられた醤油や塩、友人がつくった調味料も。
みんなでおいしいごはんを食べておいしいお酒を飲んでるとき、ふと「幸せだなぁ」と思うときがあります。自分たちの手でつくる豊かで楽しい食卓。私たちが大切にしたいのはそういう場と時間がある暮らし。
HOMEMAKERS
TEAM野菜を愛するゆかいな仲間たち
三村 拓洋
Takuhiro Mimura
HOMEMAKERS代表
1976年奈良県生まれ。名古屋大学で建築学を専攻。卒業後は大須のカフェで働いた後、造園会社で設計や現場監督を務める。2012年に小豆島に移住し、翌2013年にHOMEMAKERS設立。
イネ科の草抜きとナバナの収穫と傾斜圃場での畝立て作業をこよなく愛し、その分野において至高の域を目指す偏愛FARMER。偏愛とは自己満足の帰結であり、自己満足とは自らを楽しませることである。自分を楽しませることは夢の本質であり、夢を実現させることは自由を獲得することである*。よって農楽的帰納法により「Farmer is Freedom」という問題の証明にたどり着く。(*森博嗣『夢の叶えたかを知っていますか?』より一部要約)
週末のカフェでは自ら編み出したトライアングルカレーを創作する。ホールスパイスとは種そのものであり、即ち多種多様な野菜の種はホールスパイスになりうる。この壮大なスパイスマトリックスを完成させるべく日々精進を重ねる。
三村 ひかり
Hikari Mimura
畑のカメラマン
1979年愛知県生まれ。名古屋大学および同大学院で建築学を専攻。卒業後、地図をつくる会社、インターネットの会社で働く。2013年4月からマガジンハウスのウェブマガジン『コロカル』にて『小豆島日記』を連載中。
HOMEMAKERSでは、WEBのメンテナンスや出荷管理、メディア対応をそつなくこなす敏腕COOとして活躍するが、仲間からは会長と呼ばれ、実質的にはHOMRMAKERSのボスであり、ミディ=クロリアン値も多め。その絶大なるフォースの力で野菜の出荷作業を完全にコントロールしているが、まれに集荷の時間ギリギリに追い込まれるときがあり、苛立ちが沸点に達するとダークサイドに堕ちる。その際フォース・ライトニングを乱射し、周りのメンバーに喝を入れるが、野菜の品質に影響を及ぼすことは無いので心配は無用である。日常生活においては日々の畑仕事の風景や野菜、仲間や家族の写真を撮ることをライフワークとする穏やかな島のおばちゃんであり、仲間と「小豆島カメラ」の活動を続けている。
高野 真也
Shinya Takano
農場長
本職はオリーブ農家。お酒と野菜をこよなく愛す反面、甘い食べ物には拒絶反応を示す。畑では耕耘、畝立てに始まり、支柱やトンネルを等間隔に美しく設置することに生きがいを見出す元建築士。反面たねまき作業は老眼を理由に頑として携わろうとしない頑固な永遠のバイク野郎でもある。対極からなる2面性を併せ持つが、基本的には福山雅治似の爽やかな笑顔で何でもこなしてくれる頼れる兄貴。オリーブ栽培で稼いでかつての愛機、アエルマッキに再びまたがるのが夢である。
高野 夕希子
Yukiko Takano
野菜出荷調整主任、カフェクルー
本職はオリーブ農家。前職は左官職人。また本人は謙遜するが、瀬戸内で活躍する左官アーティストでもある。HOMEMAKERSでは彼女の作品が至るところに見られ、新たな小豆島の観光スポットとして超ニッチなポテンシャルを秘めている。
野菜の出荷日では自らの感性を頼りに野菜を仕分けていく。座右の銘は「適当」。「いい加減なのよワタシわ」といつも謙遜するが、程よくこなされていくその仕事ぶりに仲間の信頼も厚い。
山田 清美
Kiyomi Yamada
苗部長、カフェパティシエ
あらゆる種と会話が出来るシードインタープリター。種まきをしながら自らの心も浄化するという稀有な特技を持つ。仕上がった苗を畑へ定植するタイミングには非常に厳格。定植の遅延は厳禁。これもひとえに苗への愛深きゆえである。
カフェではパティシエとしても活躍。HOMEMAKERSで取れた野菜やフルーツを使ったケーキが得意。各週毎に新しいケーキを生み出し、同じケーキはほぼほぼ食べることが出来ない、まさに一期一会のケーキは近所のマダムの心を鷲掴みにして離さない。
渡辺 宣
Sen Watanabe
まかない料理長
野菜をこよなく愛すベジタブルラバーズ。元バンドマン。その後ずっと独学で料理と向き合い、親しみ、多くの仲間とお客さまをもてなしてきた。賄いにおいて、収穫出来た野菜を使い切ることは、海南大付属の神宗一郎が毎日500本のシューティングを己に課す姿勢と同義である。またシンプルに仕上げられた野菜料理の裏では野菜の味を存分に引き出すテクニックが駆使されており、往年のジョン・ストックトンがチームメイトのポテンシャルを存分に引き出すべく駆使したボールさばきのそれとやはり同義である。
畑ではパワー系農場長を支える良き女房役である。
HISTORY私たちの物語
2012年10月
小豆島の祖父の家へ家族で移住、自宅リノベーション開始
それまで勤めていた会社を夫婦そろって辞めて、いざ小豆島へ。築100年以上の農村古民家に暮らしながら、片付けと改修スタート。
2013年4月
新規就農、有機農園『よしむら農園』で研修
小豆島に引っ越してきてから数日後には、祖父が残してくれた畑の土をおこし、種をまき、苗を植えました。半年後の春、本格的に農業をしようと新規就農登録し、香川の有機農園『よしむら農園』で研修開始。
2013年6月
『HOMEMAKERS』設立、野菜の販売開始
『HOMEMAKERS』を正式にスタート。
とにかく育てた野菜を販売してみようとオンラインショップをオープン。
2014年2月22日
『HOMEMAKERS Farm & Cafe』オープン
小豆島に引っ越してきてから約1年半後、
改修がようやく完了した自宅の一部をカフェとしてオープン。
2016年4月
野菜の出荷作業場『Nakamura ナカムラ』改修
母屋の隣にある、ぼろぼろで床も壁も朽ちていた蔵を野菜の出荷作業場として改修。
野菜出荷作業が少しずつ快適に。
2017年2月
作業場『Tschumi チュミ』改修
蔵の隣にあったプレハブ小屋を解体し、
屋根を新たに設置し半屋外の作業場として改修した。
2017年3月
農業用倉庫『Fujimori フジモリ』新築
屋根がくずれぼろぼろだったたばこの乾燥小屋を解体し、
新たに農業用の倉庫をつくった。
2018年10月
育苗ハウス『Barragan バラガン』新築
苗を育てる専用のビニールハウスを友人と新築。それまでは野菜の栽培と一緒に行っていたけど、専用にすることで、虫の侵入を防ぎ、管理もしっかりできるようになり、強い苗を育てられるように。
2018年12月
アメリカ西海岸の暮らしと文化を体感する旅
ポートランド、バークレー、ロサンゼルスなどを15日間かけて巡った。滞在はAirbnbで。憧れのレストラン、シェ・パニーズや各地のファーマーズマーケット、オーガニックストアへ。いいなと思う働き方、文化がたくさんあった。
2019年11月
生姜の収穫量1トン越え
2018年秋から高知県の『刈谷農園』へ研修に行き、生姜栽培について改めて学ぶ。
2019年シーズンは初めて生姜の収穫量が1トンを越えた。