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桂ざこばさん急死 一番弟子・桂塩鯛が悼む「『ざこば』は永久欠番でいいんとちゃいますか」

スポーツ報知
桂ざこばさんが亡くなって一夜明け、ざこばさんが席亭だった大阪の「動楽亭」の出番前に、亡き師匠について初めて取材対応した一番弟子・桂塩鯛(カメラ・筒井政也)

 上方の人気落語家・桂ざこばさんのぜん息での急死から一夜明けた13日、筆頭弟子の桂塩鯛(しおだい)がスポーツ報知などの取材に初めて応じた。

 塩鯛はこの日、ざこばさんが席亭だった大阪・動物園前の寄席小屋「動楽亭」で中トリを務めた。出番前、塩鯛は「突然のことだったんで、ただただ驚いているだけ。残念としか言いようがない」とガックリした表情。自身は2019年に“人食いバクテリア”の感染症で「五分五分」と言われるぐらい生死の境をさまよったこともあり「僕の方が(亡くなるのが)早いと思っていた」。回復して入院中に、ざこばさんが見舞いに来て「何やお前、元気やないか! 心配して損した」と笑っていたという。

 死因になったぜん息は「若い時から持ってはった」といい、2017年に脳こうそくを患ってからは禁煙したが「もっと早くに止めなアカンかった…」と悔やんだ。最後に会ったのは昨年9月。電話の会話はあったが「おしゃべりするのも、しんどいので…」と、贈り物をするなどにとどめていたという。亡きがらとは昨晩対面。「寝ているようでした」と話した。

 1977年にざこばさんが朝丸時代に一番弟子として入門。塩鯛は69歳で年齢もそれほど離れておらず「師匠ですけど、師匠の方は『同志や』みたいな。一本気で優しくて、ウソが付けなくて。入門して本当によかったですね。後の弟子もそう思っているはず」と、しんみり。「ざこば」は2代目の芸名だが「“永久欠番”でいいんとちゃいますか? 米朝師匠もそうですし」と、唯一無二と言われる看板の大きさに敬意を示した。

 「動楽亭」の出番では、20分以上にわたり、ざこばさんとの思い出話を披露。「長命筋で、お母さんは103歳(まで生きた)。90歳の時に酒飲んで暴れたけど、そのDNAを師匠が継いだのかな」と笑わせた。

 駆け出し時代は「『師匠』と呼ぶな。『お兄さん』と呼べ」と言われ、「私のことは(前名の)都丸(とまる)さん、都丸くん。呼び捨てはほとんどしなかった。気遣いされる方でした」と人柄をしのんだ。ネタは、ざこばさんが晩年に「笠碁」とともに集中して演じていた、ケチな酒飲みが主人公の「上燗屋(じょうかんや)」を披露し、天国の師匠に笑いを捧げた。

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