'); document.write('
'); document.write('

“虎ハンター”小林邦昭ヒストリー<13>「凱旋帰国。衝撃のタイガーマスク」 

スポーツ報知
凱旋帰国した当時の小林邦昭(写真は本人提供)

 1980年代前半に初代タイガーマスクと激闘を展開し“虎ハンター”と呼ばれた小林邦昭氏(64)が2000年4月21日に引退してから今年で20年となった。1972年10月に旗揚げ間もない新日本プロレスに入門。タイガーマスクとの抗争、全日本プロレスでは三沢光晴の2代目タイガーマスクと対戦、さらに平成に入ってからは新日マットで反選手会同盟、平成維震軍で活躍した。WEB報知では、「“虎ハンター”小林邦昭ヒストリー」と題し、記憶に残る名選手のレスラー人生を辿る連載を展開する。第13回は「凱旋帰国 衝撃のタイガーマスク」(福留 崇広)

 1982年10月8日、後楽園ホール。「闘魂シリーズ」開幕戦で26歳の小林邦昭は、メキシコからロサンゼルスへの海外武者修行を経て2年ぶりに新日本プロレスへ凱旋帰国した。帰国前にロスでグラン浜田から「凄いぞ」と言われたタイガーマスク。会場に行くと、2年前とは風景が一変していることを小林は感じた。

 「2年前より明らかに会場に子供のファンが増えていたんです。あれ?なんでかなって思いましたね」

 試合は、第6試合で木戸修と組んで、ジョニー・ロンドス、シルバー・ハリケーンと闘い、試合ではメキシコで身につけた新たな必殺技「フィッシャーマンズ・スープレックス」を公開し、背骨折りでハリケーンを破った。2年ぶりの日本の試合で小林は、それまで日本人レスラーで誰も身につけたことのない「マーシャルアーツ」と呼ばれた米国の空手家、キックボクサーらが着用していたパンタロン姿でリングに登場した。色は赤だった。

 「日本に帰った時に新しい自分のスタイルを披露しなければいけないと思っていました。それで日本で初めて赤のパンタロンを履いたんです。ただ、試合前は直前まで、それまでの前座時代で履いていた黒のショートタイツにするか赤のパンタロンを履くか悩んでいました。何しろ、日本では誰もやっていないスタイルですから、“こんなのを履いてリングに上がったら猪木さんが怒るかな”とか“お客さんは、どう見るのかな”って迷ってました」

 黒のショートタイツか赤のパンタロンか。控室で直前まで迷っていた小林に1人のレスラーが背中を押した。

 「どうしようかな?って迷っていた時に荒川真さんが“小林、いいから長いのを履いて行け!”って言ってくれたんです。荒川さんの一言で背中を押されたように“じゃあ、いいや。赤で行こう”って決断し赤のパンタロンでリングに上がったんです」

 荒川は、入門で小林より3か月早い先輩レスラーで、明るい性格で後輩からの人望も厚く当時は道場でコーチを務めていた。試合では、力道山を思わせる黒のロングタイツ姿で「前座の力道山」と呼ばれ、ストロングスタイルを標榜する新日本プロレスの中で客席を笑わせる「ひょうきんプロレス」で独自の世界観を見せていた。そんな荒川の言葉で赤のパンタロンを選び、以後、このスタイルが「マーシャルアーツ」スタイルとして小林の代名詞ともなる。ただ、思い切って決断した赤のパンタロンのお披露目試合では客席の反応は微妙だった。

 「お客さんは、赤のパンタロンをコスチュームだと思っていたみたいで、リングアナが僕をコールしても脱がないから、試合が始まった途端に客が笑ったんです。あの笑い声は今でも覚えていますよ。“何ていうスタイルでリングに上がっているんだよ”ってクスクス笑っていました。その反応を感じて内心、“これは、やめておけばよかった”って思いましたけど、でも、そのインパクトが強かったのか、そこから定着しました。試合が終わって控室に戻ったら、猪木さんに怒られるかなと思ったんですけど“お前のスタイルだからな”って尊重してくれました。猪木さんは、昔から自分で考えて表現することは推奨してくれてましたから、この時も僕が自分自身で考えたことを尊重してくれたんだと思います」

 赤のパンタロン姿のお披露目となった凱旋帰国を終え、タイガーマスクが登場したのは、この直後だった。マーチン・ジョーンズとのシングルマッチ。小林は、初めて見るタイガーマスクの試合に驚愕した。

 「最初の後楽園で初めてタイガーの試合を見た時に、これはすごいと思いました。びっくりしました。あんな動きをやるレスラーは過去にいないと思いました」

 タイガーマスクの正体の佐山サトルは、1年後輩でメキシコでの武者修行時代は、先に佐山が現地で活躍し、同じアパートで暮らしていた。その後、佐山はフロリダ州タンパのカール・ゴッチの自宅でトレーニングを積み英国へ転戦し「サミー・リー」のリングネームで旋風を巻き起こし、81年4月23日、虎の覆面をかぶり凱旋した。

 「佐山からタイガーマスクになりますっていう報告はなかったです。この日も試合前に控室で顔は合わなかったですね。佐山は、他の選手とは別に時間をずらして会場入りしていたようで、会うことはなかったですね。だから、リングの試合が久しぶりに佐山を見た時だったんですが、メキシコの時よりも速さとキレが凄くなっていて、何よりお客さんの歓声が凄くて、本当にびっくりしました。浜田さんが“凄い、凄い”って言っていた言葉は本当というかそれ以上だなって思いました」

 小林は、「闘魂シリーズ」を前にシリーズ中の10月26日、大阪府立体育会館でタイガーマスクが持つWWF世界ジュニアヘビー級王座への挑戦が発表されていた。想像以上の凄さだったタイガーと、どれだけの試合ができるのか不安が募ったという。そんな思いを吹っ切る事件が凱旋帰国初戦の後楽園で起きる。メインイベントにメキシコ遠征から帰ってきた長州力が帰国初戦のリングに立っていた。(続く。敬称略)

格闘技

×