年の瀬となり、いよいよ気ぜわしい時期になってきた。流れてくるニュースも、年末の話題も増えてきた。新聞やテレビは「オールドメディア」などと最近は言われるが、それでも年末年始に放送される番組は、SNSでも話題になる。
まずは、大みそかのNHK紅白歌合戦。出場する歌手やグループの発表が大きなニュースとして扱われる。発表されたらされたで、紅白(女性男性に分けて)という合戦ものがもはや時代に即してないという批判や、出場歌手やグループが何を基準に選ばれているのかなど、二次的、三次的なニュースもまたわんさか出てくる。まだまだ、紅白歌合戦が年末の風物詩であることは、疑いようがない。
何度か、インドで年末年始を迎えたことがあるが、日系ホテルに駐在員やその家族がわらわら集まってきて、たくさんの人たちでこの番組を観て、互いにねぎらいながら、時に流行歌や、懐かしい歌を口ずさむさまもまた、それらの地域に住む人々の風物詩である。
さて、その紅白歌合戦をめぐるニュースで、昨年に続き、旧ジャニーズ勢(STARTO ENTERTAINMENT〈スタートエンターテイメント〉)の出場がなくなったという記事を目にした。
例えば朝日新聞の記事によると、NHKとしては旧ジャニーズ問題発覚以降、旧ジャニーズの番組への新規起用を見送る方針があったが、それを2024年10月に撤回し、紅白への出演も念頭にあったと思われたが、スタート社との交渉がまとまらなかったということが述べられている。
NHKの方針のもとになっているのは、NHKの出演者に対する人権尊重のガイドラインであろう。「であろう」と書いたのは、さまざまな記事を探してみても、明確にNHKのどのような方針の、どのようなことに抵触しているのかが明記がないためである。
さらにいえば、このようなガイドラインのもとで10月20日に放送されたNHKスペシャル「ジャニー喜多川 "アイドル帝国"の実像」では、補償が適切なプロセスと対応で行われているのか疑問視されていたので、こちらとも整合性が取れない。
このような矛盾があるにもかかわらず、スマイル社の補償業務の進展などを理由に、NHKは新規の起用を再開する方針を表明したのである。今回の件で、NHKでは人権方針(ガイドライン)が、経営層にも現場にもきちんと理解がされておらず、使われていることもないのではないかという疑問が生じる。
また、NHKの出演者に対する人権尊重のガイドラインには、日付が入っていないのが気になるが、おそらく他の多くの放送局などが、いわゆる旧ジャニーズ問題が注目を集めてから人権方針が策定されたことに鑑みると、同じ時期ではないかと考えられる。なお、TBSグループ人権方針は2023年3月に策定され、さらには旧ジャニーズ問題が英BBCドキュメンタリーで取り上げられて大きく動いた時期に改定されている。ほかの主要な放送各社が策定した人権方針とその時期は以下の通り。
テレビ朝日グループ人権方針(2024年2月に発表)
フジ・メディア・ホールディングス グループ人権方針(2023年11月策定)
日本テレビホールディングス 人権方針(2023年11月策定)
テレビ東京グループ人権方針(2023年11月策定)
放送各社がこのような人権方針を策定し、公表した背景には、国連の人権理事会に設置されている「ビジネスと人権」に関する作業部会が、2023年7月~8月にかけて訪日調査を行った際に、旧ジャニーズの問題についても扱ったことが大きく作用している。誤解をしている人も多いようだが、このビジネスと人権作業部会の訪日調査は、旧ジャニーズの問題のために来日したわけではなく、訪日調査が決定していたところに旧ジャニーズ問題が出てきたため、インタビューの対象になったのであるが、メディアはこぞってこの訪日調査のことを「旧ジャニーズ問題」として取り上げた。
2024年5月に、この訪日調査に基づいた報告書が国連人権理事会に提出され、公表された。旧ジャニーズ問題以外にも、さまざまなことが報告されていた。以下の二つサイトが詳しいので紹介しておく。
【テキスト版】国連ビジネスと人権に関する作業部会2023年訪日調査報告書の概要(ヒューマンライツ大阪)
【日本語訳の公表】国連ビジネスと人権の作業部会による訪日調査最終報告書(ヒューマンライツ・ナウ)
これらのサイトによると、メディアとエンターテインメント業界について、アニメ業界の給与の安さや長時間労働、アイドル業界の性暴力、ハラスメントの問題について言及しているが、それに関連して放送局や出版社、大手広告会社に対し、「影響力を行使する人権尊重責任を果たしていない」と指摘している。
また、旧ジャニーズ問題との関係でも「日本のメディア企業は何十年も隠蔽に関与」などとしている。
報告書の原文を読むと、「主要な放送局や出版社、大手広告会社はビジネス関係において影響力を行使することで人権危機に対処したり、性加害を防止したりすることによって人権を尊重しようとする責任を果たしていません」と指摘されている。つまり、日本のメディアは”Human Rights Violators(人権侵害者)"と見なされたのだ。だが、これについて日本のメディア自身で報じられていることを、これまでのところ私は確認できていない。
すべての作業部会による国別報告書を読めたわけではないが、基本的にメディアには”Human Rights Deffenders”としての役割が期待されている。つまり、被害者の代わりに声を上げる者、人権を護(まも)る者、人権の守護者であるという。
この違いを、日本のメディアはどこまで自覚しているのだろうか?もし、あなたが放送関係者に知り合いがいたら、一度はたずねたことはないだろうか?ニュースで旧ジャニーズ問題を扱いながら、バラエティー番組では、何もなかったように旧ジャニーズタレントを起用しているのではないかと。
放送関係者は、ニュースなどを扱う報道部と、バラエティーなどを扱う制作部・情報部、また、スポンサーなどと向き合う営業部などは同じ会社でも「違う」と説明するのだが、この内輪の論理は対外的には通用しない。
なぜならば、外から見たら一つの会社であるからだ。その会社が、人権方針を出しているのだとすると、すべての業務、すべての番組に人権方針がいきわたっていないといけない。そして、ながらくそのような組織にいるために、経営層も、番組審議会でさえも、報道と制作は違うという内輪の論理に納得する部分があるのだ。ひとつの組織として負っている人権尊重義務は、軽くない。
それで困るのは、スポンサー企業と向き合っている営業だろう。
また、年末にはお笑い番組の話題も盛んになる。今回は、松本人志氏に関する報道があわせてSNSなどでも取りざたされているが、一部報道によると、吉本興業が松本氏の復帰のために、各局を行脚しているとあった。
旧ジャニーズと同様に、この問題はさまざまな人権問題と関連している。そして、吉本興業も株式会社として人権指針を持っている。もし、松本氏が復帰するのだとすれば、吉本興業は自社の人権指針に抵触していないことを踏まえ営業し、各局は自社の人権指針に基づいて出演をさせるかどうかを、視聴者とスポンサー企業に説明しなければならない。
民放では、視聴率がとれないと、スポンサー企業が撤退し、番組が打ち切りになる。けれど、視聴率のまえに、人権でゆれまくる放送局にスポンサーをしたい企業が、これからどれだけ見込めるだろうか。旧ジャニーズ問題にしても、松本氏の問題にしても、グローバルな人権指針をもち、活動しているスポンサー企業ほど、困惑しているといって間違いないだろう。
安易なキャンセルカルチャー、問題があるなら出演させなかったらいいんでしょう、には同意しない。その問題が人権にかかわることであれば、人権方針の、どの部分に基づいているのかを示す必要があると考える。
オールドメディアだと揶揄(やゆ)されている場合ではなく、オールドメディアだからこそ果たさねばならない社会的責任に、真正面から向き合ってほしい。これは、オールドメディアへのエールである。