2016年11月11日

プロローグ

プロローグ





 球琉王国首都リシュ。首都の近くニュータウンにテナントがありました。
 テナントには、一人の専門学生がコロッケを販売しながら住んでいました。

 薄くなりかけた頭と垂れ目をした彼の名前はギルス(疑栖)・フクヤマ。
 親しい人は彼のことをギルスと呼びます。
 彼は今年、晴れて小説専門学校に入学し、テナントでコロッケを販売しながら小説家の勉強をしていくことになりました。

 小説家の卵は大変です。
 今日はコロッケ販売、明日もコロッケ販売。気がついたら今日で35…………
 一応生活費は自分で稼がなくてはいけませんし、閉店後には趣味のなりきりチャット(なりチャ)と作品を書く暇もありません。

 入学してコロッケばかり揚げていた彼では、直木賞や芥川賞なんてとうてい書けません。
 彼が書くことができるのは、本当にいくらかの基本中の基本の同人小説だけ。
 だから生活費を稼ぐのはコロッケのみ!家計はいつも火の車!!

 ただただコロッケを揚げて、少しずつ少しずつ努力を重ねてコロッケの種類を増やしていきました。
 …………あくまで、彼なりに。

 テナントにはちいさな看板がありました。
 看板にはこう、書かれています。



 ギルスのテナント~ニュータウンにあるコロッケ工場~



 ジャーッジャーッジャーッ

 と大きな音を立ててコロッケを揚げる。
 こんがり揚がったコロッケを棚に並べる。
 青空に棚に並べたコロッケを揚げた湯気が映える。
 コロッケを揚げるのは重労働だが、天気の良い時に揚げるのは清々しく、ギルスの癒しの世界の一つだ。

 ただ、これだけに時間をかけていてはいけない。

 手早くひと通りのコロッケを揚げ終わらせると、ギルスはテナントの壁にかけたボードを見て本日の予定を確認する。
 先日、『小説コミラジ』の投稿を終わらせたばかりなので、今日は特にするべきことは何もない。
 
 つまり、今日は好きなだけなりチャしても良いということなんだな。
 すばらしい。

 ギルスの表情は口元が緩んできているが全体的に固く変わらない。
 内心ははちきれんばかりの喜びで満ち溢れているはずだが…………

 昔から動きが鈍く、他人からは膨よかな人間と思われがちだ。
 たいそう失礼なことだ。確かにその通りだが、決して膨よかまではいかないぞ、とギルスは思う。

 口元が緩んだまま、ギルスは先日までの忙しさを思い出す。
 今回は同人小説投稿が重なったので、自分の思い通りになりチャを行うことができない日々が続いてた。
 これを機会にちょっとハメを外そうかと、ギルスは机の上にあるPCの前に座り、チャット部屋を確認する。

 現時点では部屋は満員…………

 今日はどのキャラで行こうか、ギルスが悩んでいた時だった。

 ドンドン、と強めに扉を叩く音がした。

 (むむ、この叩き方は……)

 思い浮かんだのはただ一人。

 「あぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁ?」
 「どうぞ入ってきてください」

 相変わらず何を言っているか分からない。

 扉を開けたのは寂しげな薄髪の初老の男性であった。

 「すっぃぃぃっぃぃぃぃ?」
 「マッシーさん、今日はコロッケ購入ですか?」
 「えぇぇっぇっぇぇぇ……!!」

 そう言うと、薄髪の男性――マッシー(魔士)・カネシロははにかんだように微笑んだ。
 汚れた歯をみせて微笑む姿は、身体に溜まった老廃物を見ているようだ。

 (「乞食」という言葉がこれほどぴったりな人もいないだろうな……)と他愛もないことを考えながら、ギルスは棚に並んでいるコロッケを確認した。

 「…………野菜コロッケなら余裕があります。いくつご入用ですか?」
 「こおぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉっぉっぉ……」
 「……?、五個ですか?大丈夫です」

 在庫はなくなるが、それはそれで仕方がない。また揚げればいいだけのことだ。

 棚から野菜コロッケ持ってくれば、礼と頭を下げられた。

 「いぃぃぃっぃぃっぃぃぃぃぃぃい!!」
 「いつもありがとうございます……」

 コロッケ代金を受け取りながら、ギルスは答えた。

 野菜コロッケはコロッケにおいて基本のコロッケだ。
 これくらい朝飯前にできなくては、独立も難しい。
 だからこそギルスはこの野菜コロッケを何度も揚げて、ようやく納得のいく野菜コロッケを作り揚げることができるようになった。
 けれども何かが足りないのか、うま味を上げる余地はまだ残っている。
 それがギルスには不満であった。

 「けけぇぇぇぇ!!」

 褒められているらしい。
 少し照れくさい。
 ギルスはごまかすように、中途半端な笑みを浮かべた。


 その後、マッシーは奇声しながら帰っていった。

 外を見てみれば日はまだまだ高く、落ちきるまで時間はたっぷりあるだろう。
 (今日は鋼錬のキャラで攻めようか)、他愛のないことを考えながらもギルスの指先はキーボードへ動きだす。

 さて、今日も頑張ろうか。

 かちゃり、とギルスの指先とキーボードが触れ合い、音を立てる。

 絶好のなりチャ日和を告げていた。


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登場人物(2016-11-01 11:01)


Posted by MIYUKI at 11:11│Comments(0)ギルス
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