寡黙な高校教師の妻と過ごす老後
矢崎譲さん(仮名/65歳)は新潟県の高校で、教員として長年勤めてきました。生真面目な性格ですが、コミュニケーションはあまり得意でなく、現役のころも生徒たちからは寡黙で笑わない、怖い先生として認識されていました。授業中以外に生徒たちから他愛ないことで話しかけられる機会などは勤続約40年のあいだにほぼありませんでした。
そんな矢崎さんも65歳で定年退職を迎えました。退職金とこれまでに積み立てた資産が5,000万円あります。年金は、妻のものと合わせて月27万円を受け取れるため、経済的な心配はほぼなく、のんびりと安心した老後を迎えるはずでした。
しかし、現実はその期待とかけ離れていたようで……。
家に居場所がない
仕事という生活の中心がなくなったことで、一日の使い方がわからず、ずっと家にいるという毎日がだんだんと苦しくなってきます。家事の担当はこれまでほとんど妻に任せていたため、一日中家にいても掃除くらいしかできません。長年連れ添った妻とも、いまや関係はすっかり冷え切っており、もはや会話などまったくありません。朝起きても「おはよう」のひと言もありません。一緒にとる食事のタイミングも無言。ひたすら箸で食べ物を繰り返し口に運ぶ作業となっています。矢崎さんは自分の存在が家庭内で疎外されているように感じ始めます。
ある日の午後、矢崎さんはふらりと複合商業施設を訪れました。家で過ごすことに耐えられなくなったのです。日ごろから通い慣れた場所でしたが、書店や雑貨、衣料品店などをぶらぶらとみたり、併設されている映画館で話題の映画を観たり、時間を潰すにはピッタリの場所です。
毎日アテもなく出かけるなかで、複合商業施設内の何気なく立ち寄ったフードコートにてふと気が付いたことがありました。
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