「推し活」「二次創作」「霊感商法」…これらに共通する人間の「心の働き」
認知科学の新概念「プロジェクション」とは?「推す」とは何か。さまざまな人が語っているが、認知科学的には「プロジェクション」と呼ばれる行為そのものではないか――と論じたのが愛知淑徳大学心理学部教授の久保(川合)南海子による『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か (集英社新書)』だ。耳慣れない用語だが、説明を聞くと「なるほど、たしかにオタクはプロジェクションしまくってるな」と思うはずだ。久保氏に訊いた。
銀テ、聖地巡礼、腐女子……すべてプロジェクションで説明できる!?
――プロジェクションとは、どういうものでしょうか。
久保 2015年に認知科学の鈴木宏昭先生によってはじめて提唱された概念です。新しく発見された概念ではありますが、今まで見逃されてきた、当たり前すぎると言っていい心の働きに名前が付いたものです。
心理学や認知科学では、個人が世界をどのように理解していくのかを研究してきました。ただ、人間が外界から情報を受け取って何かを認識し、表象(イメージ)を形成したあとに、その個体が意味づけたことをどのように世界のほうに映し出していくのかという「個人から世界に向けての流れ」があまりフォーカスされてこなかったんですね。「プロジェクション」はそういった「個人が、意味づけたものを、世界にどうやって投射(projection)していくのか」に関心を向けたものです。鈴木先生は「プロジェクションとは、作り出した意味、表象を世界に投射し、物理世界と心理世界に重ね合わせる心の働きを指している」、つまり、こころと世界をつなぐ働きをしているものとして説明しています。
これが「推し」に対して行っていることとどう結びつくのか。たとえばファンは「推し」のライブで降ってきた銀テープの切れ端(銀テ) を大切に持ち帰ってきて、補完したり飾ったりしていますよね。知らない人が見たらただのゴミに見えるかもしれませんが、従来の認知科学では、どちらかというとそうした「銀テープを銀テープとして認識する」というほうを扱ってきました。一方、ファンにとってはその銀テープには「推し」との関係性やライブの思い出が投射されているわけですが、そちらは個人の思い込み、いわば「エラー」として扱われるほうが多かった。
――モノをただのモノ以上のありがたいものとして受け取っているわけですものね。
久保 しかし、私たちはモノや楽曲に自分の思い出を重ね合わせるようなことを日常的にしています。ですからプロジェクションの研究は、むしろこちらを主に扱っていこう、というものになっています。
――ということは、いわゆる「聖地巡礼」も、本来の意味の聖地巡礼もプロジェクションですよね。アニメや宗教上のストーリーを共有していない人が見たら特に何も感じない物理世界のある空間に対して、「これはあの物語の中で○○が××した場所」と特別な意味を見いだしている。
久保 そうですね。推し活に限らず、自分の世界を外界にプロジェクションすることは、人間が受け身で生きていくのではなく、自分自身で自分の生きている世界を編集するという意味合いがあります。自分が好きな対象と自分自身の物語に意味・価値を付けた上で編集するのが「推し活」と言えるかもしれません。
ほかにも、いわゆる腐女子の方々がしている、明示的には男性同士の恋愛要素は描かれていない物語を男性同士の恋愛物語として読み替える二次創作も同様です。腐女子ではない人にとっては奇異な妄想に見えるかもしれませんが、実在するソース(本来のマンガで描かれている友情やライバル関係) を元に、表象(自分が考えた物語)を「既存のもの」に映しだす、という意味でプロジェクションです。