部長、役員経験者が明かす!メガバンクの壮絶すぎる「出世競争」

これぞ究極のサラリーマン社会

究極の「減点主義」で、失敗は許されない
敗者復活もない壮絶なレースの先にあるもの

同期1000人のうち、役員になれるのはたったの10人/30歳までに「勝ち組」と「負け組」が選別され、50歳で同期に役員が誕生したら残りは出向/最終的な「年収格差」は4倍以上……。

高給だし、将来安泰――。そんな軽い気持ちで銀行に入ったら後悔する。メガバンクとはすなわち、究極のサラリーマン社会。エリートバンカーたちのすさまじい出世競争を、部長、役員らが明かす。

宴席でのたった一言で……

佐藤健司氏(仮名)は、いまから数年前、バンカー人生の絶頂にいた。

40代後半。出世レースは同期トップを走り続け、実績も抜群。役職も、すでに役員の待機ポストにまでのぼりつめていた。

本人も、周囲も、誰もが「役員確実」と疑わなかったが、結論を先取りすれば、その夢はかなわずに、失意のままに銀行を去ることになる。

佐藤氏は銀行を去った後、どうしても納得がいかずに旧知の役員に事情を聞いてみたところ、原因ははっきりしていた。たったひとつの些細なミスが、彼のバンカー人生を暗転させていたのだ。

 

それは、業績不振の取引先との宴席でのことだった。佐藤氏が振り返る。

「とにかく湿っぽい会合だったんです。先方の社長は業績が上がらないことに自信を喪失していて、会合中はため息ばかり。しまいには、『最近は、部下たちも私のことをバカにしてくる』などとぼやき始めて、『大丈夫です。社長は立派です』などといくら励ましても、社長はうなだれたままでした。

このとき、私は専務と一緒に同席していたので、『いやぁ、うちの専務も行内では「必要ありまセンム」なんて言われていますよ』なんて、場を盛り上げようと冗談も言いました。専務も察してくれた風で、

『なにも言い返せまセンム』などと応じてくれて、その場はやっと笑いに包まれました。しかし、実はこれが専務の逆鱗に触れていたんです」

メガバンクの人事部が各行員についてまとめている評価シートには、毎年の査定結果を記載している「表」のシートとは別に、「裏」のシートが存在する。

そこには、「ギャンブルが好き」「酒を飲むと態度が変わる」など、行員の性格や趣味、クセに関する細かいプライベートが記載され、その内容は新卒時から積み重ねて上書きされていく。

メガバンクでは出世の階段をのぼるほど、能力はいずれも優秀なので甲乙をつけがたくなる。そのため、部長、役員などの幹部人事を決める時にこそ、この「裏シート」が決定的な判断材料として使われるようになる。佐藤氏が続ける。

「あの一言で、私の裏シートには決定的なバツがついてしまったんです。さらに、私を役員に引き上げるかどうかを話し合う役員会では、怒りが収まらない専務が念押しするように、『彼はお酒が入るとなにをするかわからない。役員にするにはリスクが大きすぎる』と強硬に反対したそうです。

それから間もなく私は出向を命じられ、銀行を去ることになった」

ひとつでも失敗すれば、そこでサラリーマン人生は終わり。銀行員の出世競争が、「究極の減点主義」と言われるのはそのためである。

「当然、行内のどこかでミスが発生した途端、壮絶な責任のなすり付け合いが勃発します」

と言う松井直樹氏(仮名)には、忘れられない光景がある。

松井氏のいる海外支店で5億円の損害が発生するミスが起きた際、ミスをしたのは現地採用の外国人行員だったが、日本人幹部にもその責任を負わせる必要があった。

本来であれば、支店長か副支店長が責任を負うべきところが、彼らは「私は関係ない」の一点張り。挙げ句の果て、支店の課長が直前の人事異動で日本に帰国してその場にいなかったため、その課長にすべての責任をなすりつけることを、支店長、副支店長が共謀して決めてしまったのである。

松井氏が凄惨な光景を目にしたのは、その直後のことだった。

「課長は自分が詰め腹を切らされるという噂を聞きつけた途端、架空の出張の予定を作って、東京から大急ぎで現地に飛んで戻ってきたんです。そして、支店で資料をかき集めると、『自分は無罪だ』と言いながら、それを立証できるメモなどがないか必死に探し始めました。

オフィスで課長がファイルを探している姿を横目に、責任逃れした副支店長は『大変だねぇ』と他人事のように言ってきた。課長は役員間違いなしと言われたエースで、性格も温厚な人でした。それがこのときばかりは、『ふざけるな!』と涙目で叫んでいた」

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