私たち人類を含む、あらゆる生物のDNAを自在に改変する驚異の技術「ゲノム編集」。中でも最新にして最強のモデルである「クリスパー(CRISPR)」を巡る特許紛争が激しさを増してきた。
すでに(当事者双方のうち)片方の弁護士費用だけで1,500万ドル(約15億円)を突破した他、もう片方が提出した証拠書類の中に、自ら「技術の盗用」を暴露する(相手方の)内部告発者からのEメールが含まれるなど、早くも泥仕合の様相を呈している。
クリスパーとは何か
「クリスパー」はもともと、大阪大学の研究チームが1980年代後半に、大腸菌のDNA上に発見した奇妙な塩基配列(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC213968/pdf/jbacter00202-0107.pdf)を指す用語だった(クリスパーという名称は、この発見から数年後につけられた)。
ところが2012年頃に欧米の科学者らが、この塩基配列を上手く使うと、従来の「遺伝子組み換え技術」よりも桁違いに高精度で、迅速なDNA(≒遺伝子)改変ができることを実験で証明した。以降、クリスパーは単なる塩基配列というより、この画期的なDNA操作技術を指すようになった。
この技術はDNAに書かれた全遺伝情報(ゲノム)を、まるでワープロで文章を編集するかのように簡単かつ高速に書き変えられることから、「ゲノム編集」とも呼ばれている(ゲノム編集には、実は幾つか種類があるが、それらの中でもクリスパーは最も有力視されている)。
クリスパーはすでに各種農作物や家畜、あるいは養殖魚などの品種改良に応用され、その製品化が刻一刻と迫っている。従来の「遺伝子組み換え作物(GMO)」などとは比べ物にならないほど対象品種が多様で、それを開発するための期間やコストも大幅に圧縮された。このため、今後とも増加し続ける世界人口を養う、食糧増産の切り札になると見られている。
が、それ以上に大きな期待を集めているのが医療への応用だ。
クリスパーなどゲノム編集を「遺伝子治療」や「iPS細胞」など、他の有望な医療技術と組み合わせれば、癌やエイズ、さらにはアルツハイマー病やパーキンソン病など、数々の難病を遺伝子レベルで治療できるとの期待が高まっており、すでに臨床研究も進んでいる。