キリスト教最大のライバル、マニ教とは? 故・森安孝夫氏が描いた「シルクロード」視点のダイナミックな世界史。
今年8月26日に惜しくも他界した歴史学者、森安孝夫氏(1948-2024、大阪大学名誉教授)。一般的な知名度はけっして高くないが、その独自の研究と妥協のない人柄で、一部の歴史ファンから熱く支持され、国際的にも評価される「プロの歴史学者」だった。ここでは、人類社会に対する強い使命感と信念を持った森安氏の著作からそのメッセージを紹介していきたい。
国立大学の教授が権力批判していいんですか?
日本人には馴染み深い「シルクロード」を研究対象としながら、森安氏の名前は、一般にはあまり知られてこなかった。
ユーラシア大陸の砂漠と草原に点在する史料を読み込み、分析したその成果は、おもに学術論文で国内外に発表され、専門の研究者のあいだでは極めて高い評価を得ていた。しかし、概説的な著作が少なく、テレビなどに登場することもほとんどなかったのだ。
そんな森安氏の一般書としてのデビュー作にして話題作『シルクロードと唐帝国』(講談社2007年)の13年後に刊行されたのが、『シルクロード世界史』(講談社選書メチエ、2020年)である。一般書としては2冊目となる本書は、前著に劣らず絶賛されている。
〈本書のような優れた歴史書こそ前近代史の大切さを教えてくれるのである。〉(本村凌二氏「週刊エコノミスト」2021年1月12日号)
〈世界のシルクロード史研究を牽引してきた著者が満を持して刊行した本書は、(中略)今後、世界史の必読書となり、読者を魅了し続けるだろう〉(妹尾達彦氏「日本経済新聞」2020年10月31日)
〈『シルクロード世界史』は必読。(中略)ソグド人・ウイグル人にくわえてマニ教など、聞いたことはあってもほとんど知らない歴史用語の中身が、これでほんとうにわかるはず。〉(岡本隆司氏「中央公論」2024年11月号)
本書は、中国の唐の時代をテーマに掘り下げた前著よりも広い時空間を対象としている。まず、序章のタイトルは「世界史を学ぶ理由」だ。
森安氏によれば、歴史学や歴史関係の著作は、三つに分類される。その三つとは、理科系的歴史学、文科系的歴史学、歴史小説だ。歴史小説にはコミックも含む。
〈理科系的歴史学というのは、史資料に基づいて緻密に論理展開され、他人の検証に十分堪えうる、つまり理科系でいう「追実験」を可能にする学術的論著を指す。〉(『シルクロード世界史』p.24)
しかし、文献史料も考古・美術資料も、ほとんどが偶然に残されたもので、そこから理科系的歴史学で解き明かされる真実は点や線にすぎないから、「歴史」というストーリーを組み立てるには、空白を埋めるための「推論」をせざるをえない。その推論に学問的良心を堅持するのが文科系的歴史学であり、多少の空想や誇張を交えてでも想像力を発揮して作品化するのが歴史小説だという。そしてその上で――、
〈プロの歴史学者の使命とは、理科系的歴史学に7~8割、文科系的歴史学に2~3割の注力をすることであると考えている。すなわち、あくまで理科系的歴史学を基盤にしつつも、ストーリー性のある歴史を構築することである。〉(同書p.26)
ただし、政治的意図から神話や伝説を悪用し、民族の歴史を捏造するような動きは阻止しなければならない、という。