ソグド人と騎馬遊牧民が、世界史を動かした! 信念の歴史学者、故・森安孝夫氏が遺した未来へのメッセージとは。
今年8月26日に惜しくも他界した歴史学者、森安孝夫氏(1948-2024、大阪大学名誉教授)。一般的な知名度はけっして高くないが、その独自の研究と妥協のない人柄で、一部の歴史ファンから熱く支持され、国際的にも評価される「プロの歴史学者」だった。ここでは、人類社会に対する強い使命感と信念を持った森安氏の著作からそのメッセージを紹介していきたい。
シルクロードへの誤解を正す
森安氏の研究の舞台は、シルクロードだった。ユーラシア大陸の砂漠と草原地帯に点在する史料を読み込み、分析することに研究者人生をかけてきたのである。
その成果はおもに学術論文で国内外に発表され、専門の研究者のあいだでは極めて高い評価を得ていたが、概説的な著作が少ないために、一般読書家にはあまり知られてこなかった。
そんな森安氏の一般書としてのデビュー作が、『シルクロードと唐帝国』(講談社2007年、講談社学術文庫2016年)である。講談社創業100周年企画「興亡の世界史」の第5巻として執筆された。
本書ではまず、日本人が抱きがちなシルクロードへの誤解を正している。
シルクロードといえば、ある世代以上の日本人が思い出すのは、1980年代のNHK特集「シルクロード」だろう。心に沁みる喜多郎の音楽、石坂浩二の穏やかなナレーション。「シルクロード・ブーム」の火付け役となったこの番組がつくった、旅情あふれるシルクロードのイメージは大きかった。
しかし森安氏は、まずそれをくつがえす。シルクロードは、ロマンチックな単なる「東西交易路」などではなく、政治・経済・文化交流、そして戦争の現場だった、という。そこでは、漢民族だけでなく、突厥・チベット・ウイグルなどの騎馬遊牧民、さらにソグド人などさまざまな民族や部族が入り乱れ、そこで生じた波動がユーラシアの各地におよんで世界史を動かしてきたというのだ。
まさに世界史の最前線、シルクロード地帯=中央ユーラシアでのヒト、カネ、宗教の動きを丹念に追い、新たな世界史像を構想したのが、森安氏の歴史学なのである。
そして、本書で特に大きく取り上げられるのが、シルクロードの幻の民「ソグド人」の動向だ。