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2020.09.30 17:30

特許切れの技術が次々と用途を生む「魔法の歯車」になれた理由

ハーモニック・ドライブ・システムズ 代表取締役社長 長井 啓

ハーモニック・ドライブ・システムズ 代表取締役社長 長井 啓

先行きの不透明感が高まる世界で、持続的に成長していけるのはどんな企業か。Forbes JAPAN編集部では、金融情報分析を手がけるxenodata lab.の協力のもと、AI技術を用いて「未来の成長企業ランキング」を作成した。2位に選出されたのは、小型の精密減速機で圧倒的な市場シェアを誇るハーモニック・ドライブ・システムズ。数十年前に特許切れしたはずの技術で、いまなお他社の追随を許さない理由とは。代表取締役社長・長井 啓へのインタビューを一部抜粋でお届けする。


「一般の方に広く知ってもらえる機会だから、取り上げてもらえるのはありがたい。ただ、うちはBtoE、つまりエンジニアを向いている会社です。専門誌でなくても、弊社の技術と製品のことを中途半端に書いてもらうと困る。正しく紹介してくれるのであれば……」

インタビューの初っ端、ハーモニック・ドライブ・システムズ(以下ハーモニック)代表取締役社長の長井啓は、取材陣に強くくぎを刺した。

技術に矜持をもつのは当然だ。主力商品のハーモニックドライブは、創業以来50年ひたすら磨き続けてきた技術の結晶。その商品名をそのまま社名に冠したことからもわかるように、技術は同社のレゾンデートルである。

ハーモニックドライブは、一般名称を「波動歯車装置」という減速機だ。減速機は、歯車を使って速度を落とし、小さな力を大きな力に変換する。例えば速度を100分の1に落とせば出力は100倍になる。産業機械などに利用され、モーターの高速回転をトルクに変換する。

その役割を独特の機構で実現したのが波動歯車装置で、ハーモニック・ドライブは、ウェーブ・ジェネレータ、楕円にたわむ薄肉のフレクスプラインと、剛性のある真円のサーキュラ・スプラインの3点の部品で構成されている。楕円の部品と真円の部品がかみ合わされば精緻さに欠ける気がするが、実際は逆だ。通常の歯車で生じるバックラッシュ(かみ合い背面部の隙間)がほぼなくなり、より精緻な動きを可能にする。


ハーモニックドライブは、楕円形のウェーブ・ジェネレータ(波動発生器)と、真円のフレクスプライン(柔歯車)、サーキュラ・スプライン(剛歯車)のわずか3点の部品で構成。産業用ロボットや半導体製造装置だけでなく、宇宙衛星や火星探査機、手術用ロボットなど、小型・軽量かつ高精度が求められる領域で利用されている

この特徴が生きるのが産業用ロボットだ。長井はこう説明する。

「例えば道路を掘る機械が数mm横にズレても大きな問題は生じません。しかし、溶接ロボットが1mmでもズレたりすれば不良品が発生してしまう。さまざまな製品が小さくなるにつれて、産業用ロボットも細かく動いてきちんと止まることを求められるようになり、その要請に応えられるのが、わが社の精密減速機です」

実際、小型精密減速機の世界シェアでハーモニックドライブは約80%を占めるといわれている。大手メーカーがつくる小型産業用ロボットの関節には、ほぼ同社製品が使われている。圧倒的な1強だ。

直近の決算(2020年3月期)は374億8700万円と売り上げを落としたが、株価は好調で、時価総額も5000億円台の高水準を維持している。ロボティクスの普及とともに同社製品の活躍の場がさらに広がると投資家たちに判断されたのだろう。

期待されているのは、従来の産業用ロボットだけではない。新しい用途として注目されているのが医療分野だ。

「医療では体に負担が少ない低侵襲手術のニーズが高まって、手術用ロボットが普及し始めています。おそらく近い将来には、小さなロボットが体内に入って細胞を取ってきたり薬を置いてきたりする時代も来る。ロボットが小型化すれば部品も小型化する。我が社の強みが生きるはずです」

ハーモニックは小型化へのチャレンジを続け、すでに直径5mmの超小型減速機の開発に成功している。実際に触らせてもらったが、もはやそれが歯車なのか判別できないほどの小ささだった。
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文=村上 敬 写真=ヤン・ブース

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