健康を意識しつつも、食の楽しみは減らさない! 料理人・稲田俊輔さんに聞く無理のない食事改善

健康を意識しつつも、食の楽しみは減らさない! 料理人・稲田俊輔さんに聞く無理のない食事改善

「食が毎日の楽しみ!」という方も多いでしょう。とはいえ好きなものを好きなように食べていては栄養のバランスも偏ります。例えば塩分を減らすなど体を気遣った食生活を習慣にして、病気のリスクを軽減させたい。とはいえ減塩メニューばかり食べていては味気ないし、どうすれば食を楽しみながら食生活を改善できるのでしょうか。

今回お話を聞いたのは、人気の南インド料理店「エリックサウス」をはじめ飲食店をプロデュースする料理人の稲田俊輔さん。世界中の食を楽しんできた稲田さんも、健康を省みたことで食の楽しみ方が変わったといいます。プロの料理人としてのノウハウと、自身の経験をもとに「健康を気遣った食事」の考え方について伺いました。

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稲田俊輔
稲田俊輔さん

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県出身。京都大学卒業後、食品メーカー勤務などを経て円相フードサービスの設立に参画。幅広いジャンルで飲食店開発に取り組み、2011年に開店した南インド料理店「エリックサウス」では総料理長として成功に導く。

食に対する好奇心と豊富な知識をもとにした情報発信でも知られ、著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』など多数。

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料理から唯一なくせない「塩」と日本人の味覚バグ

── 食生活の改善をテーマにお話を伺います。日本人の食生活は塩分の摂取量が多めだと言われており、毎日の食事において「減塩」をキーワードに食生活を改善している方も多いと思います。そもそも料理するうえで、塩あるいは塩分はどのような役割を担っているのでしょう。

稲田俊輔さん(以下、稲田):塩が持つ特徴は、料理において「抜くことができない」ことだと思います。人類は料理にさまざまな調味料を使ってきましたが、砂糖や酢、スパイスなどは、もちろんあるに越したことはないけど、抜こうと思ったら抜けるわけです。

ただし、醤油や味噌を抜くならそれだけの塩分を「塩」として足さなければならない。結局、塩だけは抜けないんですね。逆に言うと、あらゆる食材に1%前後の塩を加えたら、もうそれだけで料理として成立するという考え方もできます。

── もし塩を加えずに料理を作るとどうなるのでしょう。

稲田:とても食べにくいものになると思います。塩を抜くことで「素材の味が引き立つ」というイメージがあるかもしれませんが、むしろ逆なんです。野菜をゆでるときも、真水からゆでるのか塩を加えるかで味わいは大きく変わりますよね。塩を加えた方が野菜の持ち味がぐっと前に出てきて、おいしく感じられます。

もっというと、野菜をそのままかじるのと、塩をつけてかじるのでも違います。塩があることで、食材の味をより感じやすくなるんです。プリズムを通った光が七色に分かれるように、塩を通して食材の風味がはっきり分かるという感覚ですね。だからこそ、料理に塩は欠かせないんです。

── 以前X(旧Twitter)で「沖縄味噌汁※」に関して投稿されていましたが、減塩の観点から捉えてみると「沖縄味噌汁」にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

稲田:料理全般に言えることですが、味や香りの要素が増えて複雑になるほど、塩分に頼らなくてもおいしさを出しやすくなります。沖縄味噌汁はまさにそうなのですが、他にも豚汁のような具だくさんの汁物はその効果を感じやすいですね。

味噌でいうと、例えば八丁味噌は酸味や苦味のようなエッジの立った部分も魅力なので、薄めて塩分を下げるとエッジもなくなってつまらなくなってしまいます。一方、沖縄で使われる味噌や九州地方の麦味噌など、麹のきいた淡色系の味噌ははもともと穏やかな味わいが特徴なので、量を減らしても味噌としての持ち味が失われにくく、食材のバリエーションを増やせば満足度をキープできます。減塩料理にも使いやすいと思いますよ。

※ 沖縄味噌汁 … 野菜や豆腐、肉などの具をたっぷりと入れた味噌汁で、沖縄で広く親しまれている料理。


塩分の摂取量は「うまみ」「甘み」でコントロールできる

── 味気なくなりがちな減塩料理をおいしく作るコツはありますか?

稲田:まず大前提として、現代の日本人には塩分の味覚がバグっているところがあるので、それが修正できるとよいのではないかと思います。

── バグ、というと……。

稲田:100年くらい前の日本では、成人男性で1日に4合(約600グラム)のお米を食べたと言われています。反対におかずはほんの少しで、それも味噌で煮た野菜などが多く、ご飯をたくさん食べられるように濃いめの味付けが主流でした。

ところが現代では、お米とおかずの割合が逆転しています。お米はかなり減っているのに対して、おかずの量はかなり増えていて、味付けが薄くなったとはいえ、使われている塩分はそこまで減っていない。普通に考えたらしょっぱいんです。ところが、皆さんおいしいと思って食べていますよね。

── 塩分が多いのにおいしいと感じることがバグなのでしょうか。

稲田:実は「甘み」と「うまみ」が加わると、塩味を感じ取りにくくなるという特徴があります。しょっぱいだけだと食べにくいのですが、甘みとうまみが増すと、塩分が高いままでもバランスよく感じてしまう。分かりやすいのは「すき焼き」ですね。すき焼きから砂糖を抜いたらとてもじゃないけどしょっぱくて食べられない。

ご飯が少なくても美味しく食べられる甘くてしょっぱくてうまみが強い味を、僕は「おかず味」と呼んでいます。それは日本の大衆料理の優れているところでもありますが、まさに「バグ」なのです。このバグを修正すれば、減塩料理をおいしく食べられる舌へと変えていけるはずです。

── 具体的には、どのような方法がありますか。

稲田:例えば「豚肉の生姜焼き」を考えてみましょう。市販の生姜焼きのタレを使うなら、調味料に置き換えると砂糖と醤油がおよそ1対1の重量比で使われています。外食でも同じような味ですね。

それに慣れている人が、バランスはそのままで量だけを減らしても「味が薄いなぁ」と感じてしまいます。やってみてほしいのが「醤油を半分にしたなら砂糖は4分の1、もしくは使わない」という配合。砂糖を使わないことでもし「しょっぱい!」と感じるなら、醤油はもっと減らしてもいいですね。それこそ減塩になります。

── 塩分を減らすにはそれ以上に甘みを減らすんですね。

稲田:豚肉の生姜焼きのレシピもいくつかありますが、一番シンプルなものは「生姜と酒と醤油だけ」です。味つけに生姜を使っていれば生姜焼きになりますし、甘みは玉ねぎなどの具材や豚肉からも出てくるので。

甘くてしょっぱくて味の濃い生姜焼きが好みだったとしても、甘みを加えないシンプルな生姜焼きもアリ……! と思えたらラッキー。どちらかだけではなく、どちらも楽しめる舌へと切り替えていくイメージですね。


食事のバランスを変えて、健康状態の改善を達成した

── ここから後半は稲田さん自身が食生活で心がけていることをお聞きします。まず、ご自身の健康についてこれまでどのように感じていましたか。

稲田:10年ほど前、40歳ごろのことですが、急に太った時期がありました。ただ、年齢的にも代謝が落ちてくる時期ですし「もうおじさんだしな」と開き直ってしまったんですね。ふくよかな料理人が作るものってやっぱりおいしそうだし、それなら太ってもいいかなと。

でもある日、鏡を見て「俺はこのキャラじゃない!」と気付いてしまった(笑)。太り過ぎた姿があまり格好よいものではなくて、それからカロリーを控えつつ、おいしく食べ続けることを考えるようになりました。

── 健康に気を遣う一つのきっかけだったんですね。

稲田:そうかもしれませんね。大きな病気はしなかったものの「全力で走るのがつらいな」「風邪が治りにくくなったな」といった変化は感じていましたし、食べる量も落ち着いてきました。ピーク時は1日に3,000キロカロリーは食べていましたが※、さすがにそんなこともなくなりました。

※ 活動量の少ない成人男性が一日に必要とするエネルギー量は、2200±200kcal程度が目安。食事バランスガイド早分かり:農林水産省

ただ、数年前の健康診断で「糖尿病」の診断がおりてしまったんです。「疑いがある」ではなく、治療が必要だと。担当のお医者さんと栄養士さんからは「運動と食事改善を」と言われましたが、運動は苦手なので「まずは食事改善だけでやってみたい!」と宣言したんです。最初はお医者さんもあきれていました。

ただ、薬の服用と並行して食事療法に取り組んで、半年で正常値まで戻すことができました。実際に数値が改善したので、お医者さんにも「すごいですね」と認めてもらえました。

── かなり厳しい食事制限を課したのでしょうか。大変ではありませんでしたか?

稲田:いえ。僕にとっては食事改善も苦ではなかったんですよ。食の楽しみは絶対になくしたくなかったので、あらためて「食」に向き合いながら、自分が本当に食べたいものは何かを考えました。

そのときに浮かんできたのが「野菜」と「汁物」だったんです。肉や魚も好きだけど、それと同じかそれ以上に野菜が好きなんだと気が付いた。それならばと、野菜をメインとした食生活にシフトしてみました。

お店で食べる定食を思い出してほしいのですが、ご飯にメインのお皿、汁物、小鉢やお漬物が付きますよね。量が一番多いのはもちろんメインで、次いでご飯、そして汁物や小鉢。

普通ならメインは肉や魚ですが、僕はここを野菜にしました。それもサラダではたくさんは食べられないので、よく煮込んだ野菜などです。その次に汁物で、お肉などのたんぱく質やご飯は少なめに……と、量のバランスを変えました。

「メインは肉や魚でなければ!」というのは実は思い込みであって、そうじゃなくてもいいのかもしれないと気付けたのは大きな収穫でした。


── どうしても食べたい! という気持ちになったりしませんか?

稲田:なりますよ!(笑) そんなときは我慢せず、食べてしまいます。健康のためと考えると、何かと「オール・オア・ナッシング」になりがちですが、それこそが辛さにつながってしまう。上手にガス抜きしながら、健康な食べ方を続けていくことが大事だなと感じています。

例えば、コッテリした味の料理が食べたいときは、思いきりコッテリしたものを少しだけ用意します。それだけで「よし、食べたぞ!」と気持ちが落ち着きますよ。

僕はスイーツも大好きなので「甘いものが食べたい!」と思うことも多いのですが、変に気を遣って「甘さ控えめ」で我慢してモヤモヤするより、ガツンと甘いものを少しだけ。インドや中東にはびっくりするくらい甘いお菓子があって、それなら少しだけでも「甘いものを食べた!」という満足感がスゴイんです。

── 食生活を変えたことで、健康以外の面で生活に変化はありましたか。

稲田:さっき生姜焼きの例でお話ししたような「これもアリ」なものが増えましたね。例えば鶏肉なら、もちろんジューシーなモモ肉は今でも大好きですが、ムネ肉にはモモ肉とは違ったおいしさがあることにも気付きました。できるだけモモに似た味わいになりそうな調理法をいくつも試していたことがあったのですが、いつしかムネ肉にしかないおいしさを追求するようになりましたね。

少しパサっとするくらいにしっかりと火を通したムネ肉から、じわじわとしみ出してくるおいしさに気付けたのは、間違いなく食生活を変えたからだと思います。味わい方の幅が広がったことで、食べるときの選択肢も豊かになりました。

自分で料理を作ってみると、味への向き合い方が変わり始める

── 先ほど「おかず味」と味覚のバグの話がありましたが、そういう味を食べ慣れた人が、食と健康のために始められることは何かあるでしょうか。

稲田:「いいお店に行くこと」と「自分で料理を作ること」でしょうか。ここでいう「いいお店」は、食に関心の高い人を相手にして味付けにも気を遣っている高級店のことです。同じ和食でも定食屋と割烹でそれぞれ味付けが違うように、値段が高いお店は素材の味を生かす味付けであったり、ヘルシーなメニューも多い。おかず味を食べ慣れている人にとっては「味の幅を広げる」にも役立ちます。

ただ、それを続けるのは経済的にも難しいですし、そこまで食にどん欲になれない……という人はぜひ自炊にトライしてみて、料理の味と向き合ってほしいです。やはり「おかず味」に慣れているなら、その味を再現するのに調味料がどのくらい必要かを可視化できます。出汁に何を使ったのか、塩をどのくらい入れたのか、といったことによる違いも、自分で作ったからこそ結果としての「味」を理解できます。


── 稲田さんは料理人ということもあり、食にまつわる知識も豊富ですが、食と健康にまつわる情報はどのようにして集めてきたのでしょう。

稲田:仕事柄、食と健康の情報に触れる機会は確かに他の方より多いと思いますし、料理人として自然と身に付いてきたこともあるでしょう。意識しているのは、客観的でエビデンスのある情報に目を慣らしておくことでしょうか。SNSでも栄養や食の安全に関する専門家を積極的にフォローするようにしています。

ただ、根本は義務教育にあったかもしれませんね。給食の時間、テーブルマットに円を六分割した基礎食品群※が書かれていて、毎日その図を見ては「豆は野菜から独立してるんだ」と驚いたりしていた。そこで得られた「血や肉や骨となる」食材はどのようなもので「体の調子を整える」ものは何かといった知識を今でも忠実に実践しているだけかも、と考えることもあります。

※ 六つの基礎食品群については農林水産省「栄養素と食事バランスガイドとの関係」などを参照。

── 食の専門家ではない私たちはエビデンスのある情報にどう触れることができるでしょう。

稲田:糖尿病で通院すると診察の後に栄養士さんからアドバイスをもらうのですが、僕にとっては知っていることがほとんど。栄養士さんも「これはご存じですよね」と笑いつつ、残りの時間はその週に食べたものを話すこともありますが、逆にそれこそ一日の必要カロリーやご飯何グラムのカロリーがどれだけかといった知識は、こうして教えてもらわないと知らない人も多いんだなと感じたんです。

── たしかに栄養士のような専門家と定期的に会話する機会があるといいですね。

稲田:そうですね。エビデンスを持っている専門家の方の知識や情報がもっと手軽に得られるようになったり、専門家につながりやすくなったりするといいですね。それによって社会全体の「食のリテラシー」も向上するし、食べることをもっと楽しめる社会になるのではと感じています。

── そういう意味では、専門家による生活習慣改善のアドバイスがメニューに組み込まれている「フォーネスビジュアス」もその役に立てそうに感じます。味覚のバグから食生活改善の大切さまで興味深いお話をありがとうございました。


この記事では、食生活の改善に役立つ味付けの方法や、無理なく食生活を健康的な方向へシフトする体験、さらに食生活を改善するため正しい知識や情報に触れる大切さについて、料理人の稲田俊輔さんに伺いました。

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どんなアドバイスが受けられるのかは、フォーネスライフの社長である江川尚人さん自らが生活習慣を改善した体験を、健康診断の結果が気になる地主恵亮さんに語っています。こちらもあわせてお読みください。

食習慣の改善アドバイスを受けたことで、どんな変化が?

取材・構成:藤堂真衣
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部