フラミンゴ読書クラブ

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「バスタブで暮らす」読書感想 バスタブから始まる人生の再生物語

「バスタブで暮らす」レビュー バスタブから始まる人生の再生物語

「バスタブで暮らす」レビュー

バスタブで生活するという印象的なタイトルとは裏腹に、とても繊細で、優しくも残酷な物語が展開されるヘビーなライトノベルでした。

「バスタブで暮らす」

現代社会の生きづらさ、何かしっくりこないという感覚を鮮明に描写した文章が印象的な作品でした。

タイトル バスタブで暮らす
作者 四季大雅
出版社 小学館(ガガガ文庫)
発売日 2023年8月18日

あらすじ

磯原めだかは、子供の頃から周囲との感情の違いに戸惑い、欲望や夢を持つこともなく過ごしてきた。そんな彼女がいわゆるブラック企業に就職したことで限界を迎え、実家に戻り、バスタブでの暮らしを始める。

最初はただのバスタブだったが、兄の協力で小型冷蔵庫や防音室、スポットクーラーなどが導入され、次第に快適な秘密基地へと進化していく。そしてゲーム実況やVチューバーとしての活動を始めることで、彼女は再び外の世界との繋がりを見つける。

「バスタブで暮らす」感想

「バスタブで暮らす」というキャッチーなタイトルとは裏腹に、内容は現代社会の生きづらさや自分の居場所を模索する人に深く響くものがある作品でした。

わたしは何にもなりたくない。 わたしは何もほしくない。
わたしは――
そのとき、漠然としていた、人間に対する違和感が、ひとつの言葉に結晶した。
すなわち――
人間は、テンションが高すぎる。

「バスタブで暮らす」より

主人公メダカの視点を通じて描かれるストレスや孤独感はリアルで、作者の比喩的な表現によってさらに鮮やかに伝わってきます。「腎臓のかたちをした漬物石」「鼓の音」など独特な比喩を使いながらも、自身の感覚や経験を思い起こさせる力を持った文章が印象的でした。

コメディとシリアスの絶妙なバランス

メダカの家族は父母兄の4人家族。ガハハと笑う肝っ玉母ちゃん、すぐオナラをする父。家族みんなが明るくユーモアにあふれ、暗くなりがちな物語に彩りを与えます。

特に兄は、バスタブを秘密基地に全力で改造する姿が頼もしくもあり面白くもありました。彼のイタズラ心も良いスパイスになっています。

なぜか、いろいろなことが切なくなる。夏の終わりの匂いの切なさとか、冬の朝のひかりの 透明さとか、夕暮れどきに公園の砂場に片っぽだけ置き去りにされた靴の長い影とか……そういうことにいちいち立ち止まって、動けなくなる。動けないわたしの横を、みんなどんどん通り過ぎていく。みんなどこかにたどり着こうとしている。 

「バスタブで暮らす」より

一方で、メダカ自身が抱える葛藤、ブラック企業でのトラウマ、そして物語後半の軸となる母の病気といったシリアスなテーマも丁寧に描かれています。

心に響く再生の描写

快適なバスタブで、Vチューバーの活動も成功し、バスタブから出られるの?となっていく物語中盤ですが、最終的に主人公はバスタブから出られるのか、それは読んでのお楽しみです。

ふしぎな感覚がおとずれる。わたしのなかに散らばっていた、透明な水晶でできた骨のようなものが、あるべき場所にぴったりとおさまる。目に詰まっていた泥が落ちて、世界の解像度が一段あがる。

「バスタブで暮らす」より

ですが、メダカが自身と向き合った時の、視界が広がるような明るくなるような感覚は、私自身も経験したことのある感覚でした。それが文章でしっかりと描写されており、作者の力量を感じました。

現代社会との接点

東北の大震災やコロナ禍、遠くで起きている戦争、多様性の問題など、近年、私たちが実際に経験した出来事が背景にあるため、物語のリアルさが増していると感じました。まるでメダカたち家族が日本のどこかに住んでいるかのような感覚に陥ります。

この世界では、弱みは強みに裏返るのだと学んだ。人と違う人生を送ってきたことが、そのまま価値になる。「星の砂」みたいな感じで、地獄の土を小瓶に入れて持って帰ってくると、 そこから無限にいい出汁がとれるのだ。早苗ちゃんが残業の果てにようやく脱いだストッキン グとかも、地獄の土の一部なのだ。たぶん。

「バスタブで暮らす」より

また、メダカは自分をテンション低いという割に、物事をよく考えるタイプです。そしてその思考が面白い。言葉には出さないけど、頭の中はいつも何かを考え続けています。

そんな主人公の視点を通じて、世界の大きな出来事が個人にどう影響を与えるのかを考えさせられました。

笑って落ち込んで泣いて、そして前へ進む

この作品は、感情を上げて下げてくる振れ幅の大きな作品でした。つらすぎて、終盤は一度読むのを中断してしまいました。

ハッピーエンドではないけど、バッドエンドでもない。雲間から光が差し込むように、突然、目の前の景色が明るくなり、問題は解決していないけど、前向きになれる。そんな、感覚を味わえる作品でした。

自身の再生物語であると同時に家族の物語でもある、2重構造の物語が楽しめました。

そして、語り口が面白く、ぐいぐい読み進めてしまう、そんな力を持った小説でした。